コレクション2 魔術師グリューネヴァルトの研究所

第5話 素晴らしい情報源です


 大好きな物を買い集めることほど、心を満たす浪費はほかにない。


 花の倉庫には、これまでに集めた趣味の品物があふれかえっている。一人じゃ使い切れないし、自分の部屋に飾りきることもできないが、花にとってはどれも思い出深い品々だ。


 時間のあるときにたまにこの倉庫の中をひととおり眺めて出かけるのは、至福のひと時だった。


「異常なしってことは、何も変わっていないってこと?」


〈そのとおりです。すべてそのまま保存されています〉


 花は電気をつけて、ぐるりと倉庫の中を回った。なるほど、いつもどおりだ。

 この間会社のクビを切られて買いあさり、代わりに部屋にあった使っていないものを持って降りたばかりだからよく覚えている。


 花は満足げににっこりと笑うと倉庫から出た。


 確認もできたことだし、お腹もすいてきたから昼食を食べに行こう。


 外付けの廊下を回って倉庫から一階へ降りる。マンションの外観はすっかり街並みになじんでいた。鉄筋鉄骨の古びた灰色の塗装は見る影もなく、周りにふさわしい赤茶色の瓦とうすいオレンジの壁の建物になっている。

 裏口からマンションの一階へ向かうと、エントランス部分と一階住居はなくなっていて、外装にふさわしい居室や応接間の扉が並んでいた。


 誰か住んでいたらどうしようと気になったが、埃をかぶった廊下から人の気配は感じなかった。


 マンションの一区画、20人分の銀色の郵便受けは消えていて、代わりに「高遠花」と記された大きな郵便受けが。その中を覗き込むと木札が一枚置かれていた。


 木札には掠れた文字が書かれている。幾何学的で見たことのない形、すらすら母国語のようにとははいかないが、なぜか花には読むことができた。


「認定魔術師?」


〈ある魔術師によって身元を保証され、魔術師としての能力の認められた人間を認定魔術師と言います。帝国民は特権階級で木札が与えられており、その木札は認定魔術師用のものです〉


「ふうん、身分が保証されるってことね」


〈はい、おそらくそれは魔術師グリューネヴァルトのものでしょう。マスターも魔術師ですから、持っていて違和感はないはずです〉


 花は頷いて木札を手に取り、首をかしげる。


「でも、その本人は?身分証なんて大事なものなのになんで私の郵便受けに入ってるんだろ」


 シラーはその疑問にすかさず答えた。


〈魔術師グリューネヴァルトは自身の集大成として魔法陣を仕上げた直後、この世を去りました。配偶者も親族も一人もいなかったため、彼の居所は空き家になっています〉


 ああ、と花は頷いた。どおりでこの研究所とやらが埃っぽいわけだ。ごほ、と花がせき込むと、また埃が舞った。


〈一階も掃除しますか? 所有者不在のため、咎められることはないと思いますが〉


「せめて廊下の、通り道だけでもお願い」


〈わかりました。ただ、現在私には外部ツールがありませんので、ロボット掃除機のダストボックスの許容範囲内で掃除をします〉


「よろしく」


 花は埃から逃れるように研究所を後にした。


 外に出ると、中とはうってかわってさわやかな風が花の髪を揺らした。緑の気配を感じる心地よい涼やかな風だった。

 花が大きく深呼吸をすると、はす向かいの家から老女が現れ、陽気に挨拶をした。


「ああ、お嬢さん、どうもこんにちは」


「こんにちは、いい天気ですね」


「まったく、リューバッハはこうでなくっちゃね! 少し前は雨ばかり降って大変だったんだから」


 人懐こそうな様子で老女は花に歩み寄ると花の行き先を身振り手振りで尋ねる。特に行き先を決めていなかった花は、曖昧にうなずいた。


「ああ、南市のほうかね、わたしもそっちにいくんだよ。さあ、一緒にいきましょ」


「ありがとう、おばあさん」


「やだ、おばあさんなんて。バルバラと呼んでちょうだい。まったくそう呼ばれると年食ったみたいに思えちゃう」


「すみません、バルバラ」


「いいのよ」


 バルバラはかわいらしい小さな麦藁帽に、鮮やかな色のそれはそれは長いスカートを履いていた。少しまるまった腰を彼女なりにぐいと正して花の腕を取り、軽く組んで道案内をしてくれる。


 バルバラは非常に噂好きで、近所の人の話を一通りした。残念ながら花には新しい街でいっぱいいっぱいで、とても全部は覚えきれない。きっとシラーが代わりに覚えてくれているだろう。


〈素晴らしい情報源です、マスター〉


 通信機マイクロカムで囁くシラーの言葉に、花はバルバラの話への相槌にまじえてくすくすと笑った。

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