第2話 一部の家電が魔道具になっています
AIシラーは、いわば家庭用超高級お世話係のようなものだった。
〈おはようございます、マスター〉
リビングに這い出るや否やスマホからシラーの声が響く。
「おはよ」
花は短く返事をするとスマホのスリープを解除した。なんでスマホからシラーの声が? という疑問は、まあ高いAIだしな、という回答に収まった。
(なんだこれ、家が西欧の時代劇みたいになってる)
花はぎゅっと目を閉じては開くを繰り返しながらそう思った。
花のマンションはいかにも郊外のベッドタウン仕様で、倉庫付きの2LDKだ。少し前にリフォームされたばかりとはいえこの築古物件を選んだ理由は、広い、そして倉庫付きだから。
そんな愛する我が賃貸住宅の内装を、花が見間違えるはずがない。
スタンダードなベージュ色のフローリングとシンプルでモダンな壁紙、輸入一点ものの激安お買い得カーペット、半日かけて遠征して買ってきたおしゃれなランプに、中古リメイク品の可愛いダイニングテーブル。
半分は記憶のままだった。あくまで、半分にあたる家具類は。
けれど内装の、特に退去時に原状復帰しないといけないような天井や照明、壁紙はすっかり様変わりしている。
「シラー、私、目がおかしくなったかな」
少し間を置いた後、シラーはテレビのスピーカーからこう言った。
〈テレビをご覧ください〉
花は素直に従う。寝起きの頭はまだあまり働いていない。
テレビは白い背景に黒い「C」を映した。
〈ランドルト環の空いている方向は?〉
「あ~、上。——右、ひだーり。うーんわかんない」
二回ほど繰り返すと、ぷつ、とテレビは黒くなった。
〈視力1.2、正常範囲です。モノが二つに見えたり、糸くずのようなものが飛んだりしますか〉
花は首を振った。
〈ないはずの光が見えたり、異物感があることは?〉
また、首を振った。
〈視力に異常はないようです〉
らちが明かない。諦めた花はシンプルなクロスの代わりに大胆な模様の写された壁を撫でる。いい趣味してるじゃん。
「部屋が変わってるけど」
シラーがしたの?と聞こうとして花はやめた。いや、さすがの人工知能もそこまでしないだろう、そもそも壁や床の工事が一朝一夕で終わるとは思えないし。
〈はい、接続先の機能により可能な限り最適化されました。変更箇所を確認しますか?〉
「えっ!」
動揺して花は振り返った。シラーのコアマシンがそっちにおいてあるからだ。そして動揺を隠すようにゆっくり動いて、人をダメにしがちとうわさのソファに深く腰掛ける。
「最適化って、シラーが私のデータを取得するやつじゃないの?」
シラーのコアマシンに表示されていた光のリングが、今度はテレビに表示された。すっかりシラー用のディスプレイになっている。
〈今回の最適化は、接続先の機器のローカライズ機能により行われました。技能情報保護のため、機器のプロパティ情報は消去されています〉
(なんて???)
正直、花には先ほどのシラーの言っていることはさっぱり分からなかった。ともかく、この内装リニューアルを施した原因の機械(そんなもの、家にあったか?)が分からないということは、理解できた。
〈ローカライズ機能により最適化された変更箇所をご覧になりますか?〉
シラーがこれを聞くのは二回目だ。
「お願い」
〈最適化されたものを一覧で表示します〉
一覧は思ったより細かく、多数にわたった。そこで簡単にシラーが解説を挟む。
〈居室の内装以外はほとんど同じです。一部の家電が魔道具になっています〉
花は冷蔵庫からジュースを取り出してグラスに注いだ。確かに冷蔵庫は中の温度がいつもと違い、電気がついていなかった。
またビーズクッションに体を沈めて、テレビ画面に目を向ける。
〈倉庫や居室が現地文化と違和感のないよう変更されています。基準は120歳代の魔術師、男性、見た目年齢は20代のデータが適用されています〉
「ごほっ! 120歳の男性!? 誰!?」
思わず花はジュースでむせた。なんで見知らぬ120の男にあわせにゃならんのだ。
〈マスターの年齢や性別、嗜好にそぐわない内容は極力排除されました。ただ、外出時の利便性を考え、部屋着を1着、男性用標準被服に変換しています〉
はあ~っ、と花は深くため息を吐いた。考えるのはやめた。魔術師なんてAIにそぐわないことも言われるし、まったくニートにAIの刺激は強すぎたのかな、と考える。
とりあえず朝風呂に入ることにした。
「シラー、スマホもってくけどカメラつけないでね」
そう言えばスマホは魔道具やらとにはなっていないみたいだ。持ち歩くものなのでほっとした。
〈ご安心ください。
〈あ、それから、倉庫にあるマスターのコレクションには異常ありません。ご覧になりますか〉
「あとでね!」
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