第13話 十五日目 - 1


 今の魔王様が魔王として君臨する遥か昔、ニールニアという国が、世界の中心として存在した。らしい。


 曰くニールニアの文明は現在よりも発達しており、魔法とは異なる技術も生まれていたとかいないとか。

 複雑な構造を持つ道具が見つかることから、そんな噂が流れはしたものの、しかし使い道が明らかになる物は一つも無かっため、結局はただの噂として話は終わった。


 何故滅んだのか、何が起きたのかすらも明らかではない。

 ともかく何らかの災害によって滅んだニールニアは、現在はただの廃街として息を潜めている。


 そして今、僕らはそんなニールニアの地に立っていた。

 魔族も人間も暮らしていない中立の地として、ここニールニアが、『姫の身柄』と『神威の篭手』の交換場所に選ばれたのだ。

 

「どこも瓦礫だらけだね」


「そうですね。ずっと放置されている場所ですから」


 僕はルネスを閉じ込める移動型の檻を右手に、アーシェルと並んで歩く。

 ガラガラと音を立てる馬車の中では、ルネスが暇そうに外を眺めていた。


 今回の魔王軍は、かなりの大所帯である。

 なんたって四天王全員に参謀のアーシェル、さらには魔王様まで一緒に来ているのだから。

 元々の予定だと、魔王様は城に残るはずだったのだが、魔王様本人の意向ということで、今回のような形になった。


「どうして魔王様も来たのかな……?」


「さぁ?私にも分かりかねます」


 アーシェルから返ってくるのは、興味なさげな答え。

 何を考えているのか分からないのが魔王様だし、悩むだけ無駄かな、とは僕も思うところ。


「……ん?」


 ふと遠くに、大勢の人間が見え始めた。

 どうやらもうすぐ、約束の地点に着くようだ。


 大所帯なのは人間側も同じ――というか、人数だけで言えば、あちらの方が遥かに多い。

 王国直属の騎士団だけではなく、雇われの冒険者もかなり数だった。


 パッと見ではあるが、ガリュウと同じかそれ以上の実力者もかなり含まれている。

 人間側もかなり本気で警戒しているのは間違いない。


「戦力的には、僕と魔王様が居なければ五分五分って感じかな」


「同意です。……むしろ魔王様だけでも十分って話ですけどね」


「確かに」


 未だに決着がつかないのは、「魔王が魔力切れするまで襲い続ける」という人間側のヤケクソな数の暴力を恐れて、魔族側が魔王様を表に出さないようにしているからだ。


 種としての合計戦力で人間に分がある以上、魔王様の死は即ち決着だと言えた。


「……それにしても、ここでの戦闘は勘弁して欲しいな」


「大丈夫ですよ、こっちにはルネスが居ますし。ルネスを渡した後だとしても、わざわざ近くに姫が近くにいる状態で、戦いなんて起こさないでしょう」


「僕も分かってはいるんだけどさ」


「何か不安でもありますか?」


「いや、何かってことは無いよ。……ただ魔王様の存在が既に想定外な訳だし、何が起きてもおかしくないなって」


「……ふむ」


 納得とは違うが、アーシェルも悩むような仕草を見せる。

 もしかすると、一理あるな、程度には理解を示してくれたのだろうか。


「何も無いとは思いますけれど。……一応、これを渡しておきます」


「……それは、回復薬?」


「ええ。昨日完成したばかりの、なけなしの一本です。前に渡した物はもう使ったのでしょう?」


「そうだけど……、でもアーシェルが持っておけば?今あるの、その一本だけなんだよね」


 回復薬など、魔法効果が乗っている物に対して、複製を使うことは出来ない。複製したところで完成するのは、見た目だけの偽物である。


 それは正真正銘、たった一本の貴重な回復薬だった。


「私なんて、戦闘が始まれば逃げ出すだけですし。それにもし私が怪我をしたとしても、貴方が持っていればすぐに助けに来れるじゃないですか」


「まぁ……確かに」


 伸し掛る責任を感じつつも、アーシェルの言葉に間違いはない。


 僕はアーシェルから青色の液体を受け取り、腰に巻いてあるナイフ用のホルスターにそれを仕舞った。

 使う機会が無ければいいのだけど、と僕は思う。





☆彡 ☆彡 ☆彡






 魔族軍と人間軍とが向かい合う。

 

 戦闘はしないと互いに合意しつつも、やはり緊迫した空気は抑えようもなかった。

 僕らはあくまで、細い糸の上に成り立つ静寂にいるだけだと、嫌でも分からされる。どちらかが少しでも不穏さを見せれば、その瞬間に全員が刃を抜くだろう。


 僕は馬車の一体化した檻を開け、ルネスを外に出す。

 瞬間、魔族と人間の両方の注目が僕らへと向かうのを、肌で感じた。


「ルネス姫、平気?」


「ええ。むしろ貴方の方こそ表情が優れないけれど、大丈夫?」


「いやちょっと……視線が、キツくて」


「それは慣れね」


 大勢に見つめられるのがあまり得意ではない僕は、苦笑いを浮かべながらルネスと顔を合わせる。

 僕とは違い全く気にした様子の無いルネスを見ると、流石は王族なのだなと感じた。


「それにしてもルネス姫のお陰で、人間共から色々奪えたよ。これに懲りたら、もう捕まらないようにするんだね」


「……そうね。私もお父様たちには申し訳ないことをしたと思ってる。これからはまた大人しく奥に引っ込んどくわ」


「うん、それがいいね。……多分もう数年の辛抱だから」


「数年?」


「なんとなく、強い勇者が現れるのはそのくらいかなって」


 ティクルの姿を思い浮かべながら、僕はそう話す。

 怪訝そうに僕を見るルネスだが、こんな魔族だらけの場所で口に出来る内容ではなかったので、「はいはい早く降りて」と勢いで誤魔化した。


 僕はルネスの手枷に繋がれた鎖を掴み、そのまま歩き出す。


 この後はルネスの、人間側への引き渡しを担当する、魔族の一人にルネスを預けることになる。


「はい、これ鎖。しっかりと頼んだよ」


「お任せくださいませ、ユーリシュ様」


 彼は野蛮なタイプでも無いので、そう心配する必要もないのだろうが、しかしルネスから離れるのは不安だった。

 とはいえ僕が不安を見せても、ルネスには悪影響しかないので、僕は長閑に笑いかけることにした。


「じゃあね、ルネス姫。もう会わないことを祈ってる」


「ええ、気をつけるわ。貴方もその『数年』が経つまで、死なないようにね」


「分かってるよ」


 僕はルネスの後ろ姿を見つめる。彼女の服装はもうボロボロだったが、しかしその歩く姿は姫そのもの。

 四天王としてルネスと共に過ごしたこの一週間は、やはり奇跡そのものだったのだと理解した。


 軽口のように口にした「もう会わない」という言葉は、恐らく冗談にはならない。この別れは、きっと本当に、最期と変わらないような別れなのだ。


「あぁ、ユーリシュ。一つ言い忘れてたわ」


 正面から聞こえたルネスの声に、僕ははっと顔を上げる。

 ルネスは立ち止まり、振り向き、無愛想に僕を見ていた。


「……色々、ありがとね」


 ぐっと息が詰まり、胸が苦しくなった。

 滅多に本心を見せない彼女が、まさか僕にお礼を告げるとは、と。


 なんて言葉を返すか悩む。

 どういたしましてとか、気にしないでとか、そんなありきたりな選択肢を見比べながら、僕は結局、始まりを貫くことにした。


「お礼を言われることなんてしてないよ?……僕は四天王として、姫様を利用出来るだけ利用しただけだから。僕に向ける言葉としては、お門違いだね」


「……そう。まぁなんだって良いわ」


 ふん、と鼻を鳴らすルネスに、彼女らしいなと僕は笑う。

 そしてそのまま、魔族と人間の中央へと向かう彼女を見送った。


 僕は魔族軍の中心に立つ、魔王様の元と戻っていく。

 魔王様の両サイドには既に、僕以外の四天王が分かれて立っていたので、僕もその中へと混じった。

 

 魔王様の左側には、四天王グヴェンとパリクの二人が。

 そして右側にはザザミエと僕が並ぶ形になる。


 近づくと、ザザミエが僕に下衆びた笑みを向けていることに気づいた。


「なぁユーリシュ、なんであの姫を壊さなかったんだ?俺なんて、外から見てるだけでゾクゾクして仕方なかったぜ?」


「煩いザザミエ。お前と話すと不快になるから黙れ」


「ギャハハ、相変わらずつれねぇなぁお前は」


 この男は僕が特に嫌う人物ではあるが、正直他の二人の四天王も大して変わらないのが現実。

 各々で人間の殺し方こそ違えど、心底殺しを楽しんでいる部分に違いはなかった。

 

 この場では僕が異端だと分かっているので、敢えて口にすることはしないが、僕が彼らと愛想よく接するのは無理だ。


「なんにせよ、無事に仕事が終わってよかったなぁ。てっきりお前は、今回の任務中に魔王様に殺されるモンかと思ってたぜ」


「……」


 魔王様の傍で、よくもそこまでギャーギャーと騒げるものだなと感心しつつ、僕は静かに睨みつけた。

 同時に小声で発動させた『複製魔法』で、左手にナイフを握る。


 これは脅し。

 まだ何かを口にするなら、その首にコレを刺すという、無言の威圧をザザミエに向けた。


「あー?……分かった分かった。もう何も言わねぇから、それ仕舞え」


 これを冗談だと思うほど馬鹿ではなかったらしく、ザザミエはひらひらと手を振り、そして視線を僕ではなく、魔族と人間の中央に立つ者たちへと変えた。


 僕もまた、同じく中央に意識を向ける。


「……ルネス」

 

 するとそこには、ルネスの鎖を握った僕の部下と、『神威の篭手』を手にした人間が向かい合っている、という光景が見えた。


 まさに交換を行う、その直前といった様子。


 僕はほっと息を吐く。

 何だかんだとルネスを守るために頑張っては来たが、結局ルネスが魔王城に居る時点で、それは安全とは程遠いのだ。

 何かの拍子にルネスが殺されてもおかしくない、という不安は、常に僕について回っていた訳である。


 故にやっと肩の荷が降りたような開放感を、僕はしみじみと感じていた。


 ルネスとの別れは寂しいが、しかしそれは仕方のないこと。

 本来僕らは、会話をすることすら許されない関係なのだから。


 そんな何処か気が抜けた僕に。

 ふと、魔王様の声が届いた。



「……四天王。貴様ら全員に命令だ」



 突如響いたその不穏な言葉に、僕は恐る恐る振り向く。

 一文字目が聞こえた瞬間から、心臓を握り掴まれるような悪寒を感じさせられた。


 命令。

 それは意見反論を一切認めないときにのみ、魔王様が口にする言葉だ。


 何か余計な言葉を返せば、問答無用に殺される。

 それが魔王様の「命令」。

 

 このタイミングで一体言われるのかなど、僕にはまるで想像がつかない。

 しかし僕にとってプラスに働く命令だとは思えなかった。


 あわよくば撤回してくれと僕は願うが、しかしその口から飛び出た言葉は――








「……あの女。人間共に返した直後、取り押さえて首を刎ねろ」







――思いつく限り、最悪の命令だった。









 視界が真っ白に染まる。


 音が聞こえなくなる。


 五感が崩れて、世界を上手く認識出来なくなった。








 ルネスの首を刎ねろ、と。

 この男はそう言ったのか。

 

「ギャハハ、魔王様は流石だなぁ。確かに一度返しちまえば取引は終わりだし、嘘はついてねぇわ」


「…………それ楽しそ」


「了、解」


 三人はこともなげに笑みを浮かべる。

 しかし僕は動けなかった。

 

 ルネスを、殺す?

 何故?

 意味が分からない。

 思考が追いつかない。


「……え?」


 つまり『神威の篭手』を受け取って、ルネスを人間に返すと。

 次の瞬間にこの三人が、ルネスに襲いかかる……ということか?


「――――っ」

 

 巫山戯んなよ、そんなことさせるか。


 でも、どうすればいい。

 この場には四天王全員と、魔王様がいる。

 僕一人が力づくでどうにか出来る状況とは程遠い。


 探す。

 ルネスを救う方法は何かないのか。


――考えろ。


 必死に頭を回す最中にも、時間は進んでいく。

 

――考えろ。


 時間が無い。


――考えろ。


 『神威の篭手』を受け取った。


――考えろ。


 ルネスの鎖を、人間に渡した。


――考え、ろ。


 そしてルネスが、人間の側へと、歩き出して。





「あ……これ、」


 ……もう、詰んでる。

 無意識に頭が、答えを出してしまった。




 地面を踏み込む音がして振り向くと、僕の横にいたはずの四天王たちが、既に三人とも消えていた。

 彼らがどこに行ったのかなど、予想を立てる必要もなく明白。同時に中央の方で血飛沫が吹き上がる。


「……ルネス!?」

 

 いや、ルネスの血ではない。

 ルネスを受け取るために立っていた人間の男が、首を失って倒れていた。


 どうやら男を殺ったのはパリクのようで、彼の手の上には生首が見える。

 ザザミエとグヴェンの二人もそのすぐ傍に立っており、ルネスをいつでも殺せる状態を確保していた。


 巨体を誇るグヴェンがルネスの動きを押さえつけ、ザザミエは人間に見せつけるが如く、手にした剣を空に掲げる。


「よお悪ぃな人間共!!俺たちこれから姫様を殺しまぁぁぁぁす!!」


 ザザミエの宣言を聞いて、人間たちが慌てるのが見えた。

 剣を抜き、既に構えている者もチラホラと居るが――


「おっと動くなよ!!動いた瞬間、この赤髪の頭が飛んでくぜ!?……まぁ動かなくても結局飛ぶけどなぁ!!ギャハハ!!」


 組み伏せられたルネスの姿に、誰も動けずにいた。

 彼らの視線は騎士団の団長と思われる人物に向かうが、しかしその団長本人もまた判断しあぐねている。


 そりゃそうだ。

 ザザミエは遊んでいるだけで、ルネスを解放するつもりなんて一ミリもないのだから。

 正解なんて、初めから存在しない。


「…………ッ」


――やめろ、ルネスから離れろ!!


 そう叫びたくても、魔王様が怖くて喉が動かなかった。

 足が竦んで、立っているのがやっとだった。


 人間たちに、ルネスを救う手段はない。


 何をどうしようが、彼らはザザミエの刃に速度で劣る。

 駆け出そうが魔力を練ろうが、その瞬間に奴はルネスを殺す。そして何もしなかったとしても、ザザミエが飽きればその瞬間にルネスは死ぬ。

 

 人間たちに出来ることなど、何も無いのだ。


 だから、ルネスを助けられるとしたら――


「――僕、しか居ない」


 分かってる。

 分かってはいるのだが、足が言うことを聞かない。

 魔王様が怖くて、一歩も動けないのだ。


 一瞬であの場に飛び込み、ルネスを助けたとして、その後はどうなる?魔王様は僕を許すのか?


 許されるわけないだろ。

 ルネスと一緒に、僕も殺されるに決まってる。

 

 人間たちなんて、魔王様が現れた時点で戦力外。

 つまりは僕一人で、魔王様と四天王三人を相手するしかない。

 

 無理だ。


「こんなの……っ。僕に、どうしろってんだよ……っ」


 ふと、頬に何かを感じた。

 触れてみる。

 

「……涙?」


 いつの間にか僕は泣いていた。

 一体何の涙だろう。


 怖いのか?辛いのか?悔しいのか?

 自分の感情が分からない。

 

 この手の震えはなんだ?

 足が震えているのは何故だ?

 歯がガタガタと鳴っているのは気のせいか?




――僕は今、どんな顔をしているんだ?





「……あ、あ……あぁ………」


 そっか。

 僕って、こんなに弱かったのか。


 ふと、ユリムが死んだときの光景を思い出した。

 四肢の骨全てを砕かれ倒れた僕を、壊れた玩具を眺めるように見つめる、魔王様の瞳。

 

『……つまらん。もう死ね』


 そして僕の頭蓋骨を、卵の如く踏み砕いた最期の瞬間。


「……っ」


 それは未だに、僕の脳裏にトラウマとして残る。


「お前ら全く面白くねぇーー!よっしゃもうこの女殺すわ!!こっからは戦争だなぁ!!」


 ザザミエの声がして、僕はぐるぐると渦巻く瞳のままに、鉛のように重い首を持ち上げた。


 楽しげに剣を振り回す、ザザミエが居る。

 静かに周囲を見回して警戒する、パリクが居る。

 ルネスを押さえつける、グヴェンが居る。



 そして最後に、ルネスを見ると。

 僕はルネスと、目が合った。



 僕のそれは、とてもルネスに見せられるような顔じゃなかったと思う。

 きっと、幻滅させてしまうような表情だったのだと思う。


 でもそんなことが気にならなくなる程に、僕はルネスの瞳に衝撃を受けた。




――それは僕を気遣うような、瞳だった。




「………………………は?」


 瞬間。

 湧き上がるのは。

 己自身への怒り。


 ルネスにそんな目をさせた己を、殺したくなった。


 あの状況で、ルネスが怯えていないわけが無い。

 自分よりも遥かに強大な三人に、囲まれ、押さえつけられ、刃を向けられているのだ。

 心底怖いに決まってる。泣き出したいに決まっている。


 でもそうしたら、僕が助けに入るしかなくなると、彼女は理解した。

 ルネスは僕を苦しめないために、恐怖を押し殺して、涙を堪えて、ただ僕に「助けに来るな」と、目で訴えかけたんだ。


「……僕は一体、なにしてんだ?」


 魔王が怖い?

 四天王が三人いる?


 たったそれだけの理由で、僕はルネスに、あんな顔をさせたのか?


「……巫山戯てんのか?」


 お前、勇者だったんだろ。

 何を姫に気遣われてんだよ。

 姫に「助けて」と言わせることすら出来ないで、何が勇者だよ。

 

「……さっさと目を覚ませ」


 震えてる場合か?

 怯えてる場合か?


「……やることなんて、決まってる」


 本当は最初から分かった。

 答えは一つしかないって。


「……四天王も魔王も、全部ぶち殺せば良いんだ」


 ルネスの為に。

 ルネスの為なら、やれるだろ。


 誰よりも疾く、助けに行け。

 音も光も限界も、ルネスの為に全部超えろ。




 僕はもう一度、前を見た。

 するとそこには、鮮明で明瞭で、目的すらも分かりやすい世界が広がっていた。


「今、助けるから。……ルネス」


 やや前傾に。

 思いきり足に力を篭める。

 全速力の、更に先。

 

 ザザミエ、グヴェン、パリク。

 まずはこいつら全員の、反応速度を凌駕する。


「それじゃ首落とすわ!!人間共、ちゃんと姫様にサヨナラは済ませたか!?俺は済ませたぜ!!そゆわけで、サヨーナラー!!!」


 あぁ煩い。喧しい。不愉快だ。死ね。というか殺す。


 ザザミエの剣が振り上げられて、それが頂点に達する瞬間――


「……あん?」


「……?」


「……が?」


――その首三つを、空に飛ばした。


 全員揃って何が起きたのかを理解していないようで、ぽかんとしたアホ面を見せてくれる。

 放物線を描くそれはやけに間抜けで、一体僕が、彼らの何を恐れていたのかとバカらしく思えた。

 

 しかし本番はここから。ここからが本当の勝負。

 魔王が僕よりも遥か格上なのは、紛れもない事実だから。


「……な、何してるのよアンタ」


 ふとルネスが僕のすぐ下で、顔を引き攣らせていることに気づく。怒りと安堵が半々で混じったような、不思議な表情を浮かべていた。 


「四天王のくせに何してるのよ!」


 ルネスの言いたいことは分かる。

 恐らく「私を見捨てれば貴方は助かったのに!」とかそんなところだ。


 でも残念。四天王のくせに、という言葉は、今の僕には適切じゃない。


「僕ね、もう四天王辞めたんだ」


「……は?」


 僕は魔王に、ナイフを向ける。

 これはお前と敵対する、という宣言。


 そして同時に、宣戦布告でもある。


 お前を殺す。

 僕はお前を殺す者である。


 即ち――


「僕の名前はユリム。勇者ユリムだ」


――僕こそが勇者である、と。

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