第11話 十一日目 - 2
ガリュウとソフィ、ティクルの三人は、目星をつけた窓へと無事に辿り着いた。
窓から見える部屋に光は灯っておらず、誰かが中にいるような音もしない。
「……」
ガリュウは窓から僅かに顔を出して、部屋の中を覗き込む。
部屋の光は無くとも、月明かりが最低限の光源となって、室内を照らしてくれた。
部屋の中に、動くものは何も無い。
「……大丈夫だ、誰もいねぇ」
「……うん」
窓をほんの少し開き、一人ずつ中へと飛び込んだ。
ティクルの【音凪】が足音を掻き消すことは分かっているが、それでもつい足音を抑えてしまう。
「って、なんスかこの部屋は。えっぐい厨二臭いというか……」
「いや、もしかすると何か呪いの効果があるのかもしれねぇ。警戒しながら早いとこ進もう」
「そ、そうだね。……普通に不気味だし」
魔王城の一部屋として見舞わされた内装に、三人は顔を引き攣らせた。
事実ガリュウの言葉通り、この部屋の装飾として用いられるアイテムの幾つかは、呪われたアイテムである。
ユーリシュが聞けば、不満を洩らすこと間違いなしの感想ではあったが、長居するメリットはない。
部屋から出る扉を開くと、その先には長い廊下が見えた。
そこは隠れる場所が一切ない、運次第で即死も有り得る危険地帯。
「……まずはティクルの選んだルートに従う。だが何があるか分からねぇから、臨機応変にな」
「りょーかい。とりまウチが先行しますね」
「頼む」
そう言うと、気配探知と隠密に優れたティクルが、二人の前に出た。
ティクルの【音凪】は、発生源と発生音がある程度決まっている対象に対して、効果を示すことができる。
つまり足音や「予め決めていた言葉」であれば、その音を隠せるのだ。
「……会話は最小限に」
しかし相手が何を話すか分からない、「会話」には【音凪】が使えない。だから彼らは限界まで声量を落とす。
「……あと物音には、気をつけて」
加えて、不意に発生する音も【音凪】は隠せなかった。
よって何かを落とす倒すといった、ティクルにとって予想外の物音は、彼らの致命傷になると言えた。
「……」
三人は無言になって、通路を進む。
呼吸すらも慎重に、耳を澄ませて目を凝らして、少しずつ前へと。
ルネスの居場所は分かっていた。
だから敵に見つかりさえしなければ、どうにか助け出せるはずなのだ。
一切の敵とは出会わず、ただルネスだけを見つけ出し、そして何事も無かったように逃げる。
それさえ出来れば、力不足の自分たちでも生きて帰れる、と心の中で繰り返した。
「……ここは、玄関ホールだな」
そして三人が出たのは、大きく開かれた空間だった。
見えるのは外へと繋がっているだろう巨大な扉と、中央から伸びる上階へと繋がる階段。
遮蔽物となるものは柱くらいしか見つからず、一気に駆け抜ける以外の選択肢がない。
三人はその事実を理解し、身体を強ばらせる。
が、それ以上に。
「……に、二階の、扉……」
「……なん、だよアレ……」
階段の上に見える、禍々しい両開きの扉に、目を奪われた。
当然美しいからとかそんな理由ではない。
一瞬でもその扉から目を離したら、そこから現れた化け物に殺される未来を幻視したのだ。
扉の周りは、空気が濁って見えた。
「魔王……スか」
あの扉には、決して近づいてはいけない。
もしあの扉が僅かでも動いたら、その瞬間にこの作戦の失敗が決まる。
口にせずとも三人は、同じ理解を胸に抱いた。
「……っ」
全員の呼吸が荒くなる。
それは【音凪】では隠しきれない雑音の一つだ。
急いで抑えなくてはならないと理解しつつも、それでも全く収まらない。
まず息を止めたのはガリュウだった。
一度目を閉じて、ゆっくりと開き、そして二人を見つめる。
そして「落ち着け」と、目で語りかけた。
「――――。」
二人は頷き、呼吸を整える。
ガリュウはジェスチャーで進行先を示し――
「ん?……これ人間の臭いか?」
「「「!?」」」
――魔族の声。
一番音を立てなくない場所で、見張りに気づかれた。
三人の頬に冷や汗が垂れる。
隠れきるのは無理だ。
障害物は多くない上に、相手は鼻を使って探し出すタイプ。
臭いを誤魔化す手段もない。
逃げるのもダメだ。
確実に敵の視界に捉えられるし、逃げる方向は地下牢とは逆方向になる。
それはルネスの救出を諦めるのと同じ。
「――――ッ!!」
倒せ。倒すしかない。
一切の音を立てずに殺す以外に、方法はない。
彼らは全くの同時に、覚悟を決めた。
「(『震動魔法』――【
既に音を消すと決めていたワードを、ティクルは呟く。
その【音凪】で新たに消すと決めたのは、二つの魔法名と一つの爆音。
「(『光魔法』――【
ソフィが放った魔法は、魔族の視界の片隅で薄らと点滅を繰り返す。
それは自分たちとは全くの逆方向に、魔族の視線を誘導するための光だった。
「なんだぁ、あの光は?」
そして魔族が振り向いた瞬間、
「(『爆熱魔法』――――)」
ガリュウは駆け出した。
足音は皆無。
ティクルが全てを消している。
だから、ただひたすらに全速力で、
「(――【
その喉元に、掴みかかった。
爆発。
出来る限り小規模に抑え込まれた爆音を、ティクルが完全な無音へと変えた。
首から上を無くした魔族の男は、人形のように倒れ込む。
ガリュウは音を立てないように受け止め、そのまま階段の陰へとその死体を隠した。
「――ッ」
ガリュウは瞳孔を開いて、即座に魔王の扉を見つめる。
音は出していない筈だ。
開くな、開くなと祈りながら、熱を持つ右手を背中に隠した。
息が、出来ない。
「…………」
五秒、何も起きなかった。
バレていないと判断したガリュウは、細く小さく息を吐く。
二人にジェスチャーを送り、そして地下牢へと再び足を進めた。
周囲を警戒しながら、地下牢を目指す。
見張りの動きを音で把握し、道を変え、それでも確実にルネスへと近づいていく。
そして。
「……ここが、地下牢の入口か」
遂に辿り着いた。
三人はゆっくりと扉を開き、その中へと入る。
入ってしまった。
魔王は地下牢の周囲に、検知の結界を張っている。
その結界は、入る者には反応しない。
しかし出ようとした者の存在を、即座に魔王本人へと知らせるのだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「……魔王様の部屋の扉が、開いてる」
玄関ホールまで駆け抜けた僕の目に映ったのは、本気で見たくない光景の一つだった。
魔王様の部屋を訪ねた者が、退出時に扉を閉じずに去るなど、自殺行為に等しい。故にその扉が開かれたままになるなど、普段なら決して有り得ないのだ。
可能性として残るのは、魔王様が部屋の外に出たというパターンだけ。
そして魔王様が自発的に部屋を出る理由など、牢に閉じ込めた人間が外へ出た、くらいしか考えられなかった。
「ルネス……ッ!」
僕は地下牢へと走る。
魔王様が魔法を放つ音は、聞こえていない。
まだ生きている筈だと、信じて駆けた。
僕の足なら地下牢まで一秒も掛からないのに、その一秒が恐ろしい程に長く感じる。曲がり角一つ一つをここまでもどかしく思えたのは、初めての経験だった。
そして最後の曲がり角を越えた僕が見たのは――
「……余が、許可したのか?ここから出て良いと」
――魔法を構える、魔王様の姿だった。
地下牢から出た直後らしい四人が、怯えた顔で立っている。それは後悔とも絶望とも取れる表情で、膝をついていないことすらが不思議に思えた。
ルネスを守るという勇者としての意地か、ルネスの盾になるように三人は魔王様に立ち向かう。
しかし現実として、彼らは盾にすらなれはしない。
それ程までに、魔王様の存在は遠すぎるのだ。
――不味い不味い不味い。全員殺される。
静止した時間の中で、死に物狂いで頭を回す。
最善手は何だ。
彼らを救う方法はあるのか。
この絶体絶命の中で、何が出来る。
「……ッ」
冷酷に、冷徹に、冷静に考えろ。
優先順位だ。救うべきを救え。
まず全員を救うのは無理。
己の無力さを認めた上で行動を選べ。
――ルネスだ。ルネスだけは。
気づくと僕は唇を噛み千切っていた。
血の味がして、初めて理解した。
僕は此方に背を向ける魔王様を、壁を蹴って飛び越え、ルネスの元へと着地。
そのままルネスをだけを抱きかかえて、ガリュウらの位置から大きく下がった。
魔王様から距離を取る。
勇者たちとは、目を合わせないようにした。
「……何のつもりだ、ユーリシュ」
魔王様の視線が、僕に向いた。
それは答えを誤れば、僕まで殺されかねない問いかけである。
僕はルネスを抱えたまま、頭を下げて跪く。
バレないように、息に合わせて恐怖を吐き捨てた。
「…………」
魔王に、そう聞かれることは知っていた。
だから返す言葉も決めていた。
これから僕は、言いたくもないセリフを口にする。
それは四天王としては正しいセリフかもしれないが、勇者のセリフとは程遠い。
でもルネスを救うにはこれしか無かった。
嘘と演技は得意だろうがと、己の心を凍らせた。
「……これより魔王様は、その人間らの拷問をお楽しみになられると、お見受けいたしました」
ガリュウ達は、切り捨てる。
例え彼らが何をされようとも、僕は目を閉じ耳を塞ぐ。
「従ってすぐ側に立つ姫の存在は、魔王様の行動の阻害になり得ると判断した為、僭越ながら退かした次第にございます」
仕方ない、と己に言い聞かせた。
「……余は、その女も殺すつもりでいた。要らぬことをするな」
「申し訳ございません。しかし恐れながら申し上げますが、この女は既に人間側との交渉が済んでいる身。今のタイミングで殺すのは、魔王軍全体にとって大きな損害になるかと愚考いたします」
そうでなくとも、ルネスを守り切れるのか分からないのだ。
勇者にまで気を使う余裕が、一体どこにあるというのか。
「……っ」
魔王様の手に、魔力が集まるのを感じた。
僕ごとルネスを殺すつもりだと理解した。
僕は続けて口を開く。
「……それに加えこの姫を生かしておくことで、その者らのような魔王様の玩具が寄ってくる可能性が高まります。残り数日ではございますが、魔王様にとっても利点の多い選択かと」
言っていて、反吐が出るようなセリフだと自分でも思った。 僕の腕の中に居るルネスもまた、怒りに震えているのだと分かった。
でも、それでも。
ルネスを救う手段など、他には思い浮かばなかった。
無言の空白が続き、その天秤がどちらに落ちるのかを、ただ静かに待つ。
そして――
「……気が変わった。……だがこれ以上余の邪魔をするな」
僕らは見逃された。
魔王様の腕から魔力が消える。
此方に向けられていた殺気も、霞んでいく。
しかしそれは本当に「気が変わった」だけで、僕の説得が意味を成した訳では無いのだろう、と思った。
「…………」
でも、ルネスを救えるならなんでも良い。
魔王様の興味は、僕から勇者へと移る。
彼らがどれほど悲惨な手段で殺されるかは分からない。
せめて楽に死なせて貰えるように、僕には祈ることしか出来なかった。
「……四天王、ユーリシュ」
ガリュウの声が、聞こえてくる。
僕とガリュウは四天王と勇者の関係なのだから、僕の言葉と行動に文句を言われる筋合いはない。
むしろ正しく四天王として立ち回ったと、褒めて欲しいくらいだ。
でもこの胸に燻る罪悪感は紛れもなく本物で、もしも彼に責め立てられたりでもしたら、僕は不意に謝ってしまうような気がした。
だから何を言われようと、受け入れる心の準備をして――
「貴様には、心の底から感謝する」
――故にその言葉に、耳を疑った。
☆彡 ☆彡 ☆彡
瞬きの間に風景が変わり、気づくと私はユーリシュに抱えられていた。
目の前に転がっていた死が、ほんの少しだけ離れていくのを実感する。
私の腰に巻かれた細く逞しい腕と、触れる彼の胴の感触。
恐怖で冷えきっていた私の身体には、ユーリシュの体温が優しいものに思えた。
この感情は、安堵なのだろうか?
冷静に考えれば、私を殺す者が魔王から四天王に変わっただけ、なのかもしれない。
でも不意に涙が溢れそうになるくらいには、私はいつの間にか、彼に心を許していたらしい。
――ユーリシュ!
私は彼の名を叫ぼうとした。
意味があった訳では無いが、ただその頼りになる名前を声にしたかったのだ。
「――――っ」
しかしユーリシュの顔を見上げた瞬間、私は口を開けたまま、動くことが出来なくなった。
――あまりにも、必死な表情。
すぐ目の前で彼を見つめる、私の視線にすら気づかない。
一切周りが見えなくなる程に、ユーリシュは思考を掻き巡らせていたのだ。
飄々とした態度を決して崩さなかったあの男が、目を見開き瞳孔を揺らし、死に物狂いになっている。
本当に現実なのかと疑うほどに、信じられない姿だった。
それほどまでに、彼にとっての魔王とは恐ろしい存在なのか。
ユーリシュに抱えられ、触れているからこそ伝わってくる、彼の激しい鼓動。
彼は本気で平静を装ってはいたが、しかし心底怯えていることを、私だけは理解した。
――なら何故、この男は私を助ける?
そんなに魔王が怖いなら、私と勇者たちが殺されるのを、離れて見ていれば良かったのに、どうしてわざわざ首を突っ込むのか。
どんな理由があって、そんな辛そうな顔を地面に向けてまで、虚言を並べ立てるのか。
――貴方は一体、何者なのだ?
貴方は他ならぬ、魔王軍の四天王だろう。
私が死んだところで、大した問題でもない筈なのに。
どうして私のために、命を懸けるのだ。
「……っ」
ユーリシュに頼むのがお門違いだと知りながらも、あの三人も助けてくれと叫びたかった。
私のためにこんな場所にまで来てくれた彼らを、どうか助けてくれと願いたかった。
「……っ」
無理だ。
こんな死にそうな顔をしている相手に、これ以上何を求めろというのか。
私には、震えて耳を塞ぐことしか出来なかった。
☆彡 ☆彡 ☆彡
魔王様の持つ魔法は、『全能魔法』と呼ばれるものである。
過去から現在に至るまで、この世界に一度でも存在したあらゆる魔法を行使出来る、名前の通りの万能な魔法だ。
もちろん僕の持つ魔法も、勇者らの持つ魔法も例外ではなく、魔王様がその名を口にすれば発動に至る。
そんな馬鹿げた魔法を持つのは、この世界には魔王様しかいないだろう。
「…………」
今、僕の目の前には、三つの死体が転がっている。
――爆発で身体の大部分を失った、ガリュウ。
――光に焼き切られた、ソフィ。
――衝撃で内臓だけを壊された、ティクル。
各々が人生をかけて鍛え上げた魔法を、それを上回る威力で発動させて殺す。
魔王様は、まるでお前の努力は無駄だったと嘲笑うように、同じ土俵の高みを見せつけるのだ。
前世の僕もそうだった。絶対の自信を持っていた体術ですら、遥か上を行かれて心が折れた。
あまりにも性格が悪い。
「……つまらぬ。もういい、片付けておけ」
「畏まりました」
僕は跪いたまま、魔王様の命令に頷く。
感情を押し殺して、その言葉に従うことしか出来なかった。
魔王様が通路を曲がり、去っていく姿を確認した後、僕はゆっくりと立ち上がる。
血みどろに染まった通路と、かつて勇者だった肉塊たちを見下ろして、その虐殺をただ眺めていた自分を殺したくなった。
「……ルネス。自分で牢に戻れる?」
「……ええ」
流石にこの光景を見て逃げ出そうとは思わないだろう、と僕はルネスを一人で戻らせる。
魔王様に命令された以上、仕事を後回しにする訳にもいかないが、しかしルネスをこの場に長居させたくもなかった。
僕は通路の壁に背を当て、しゃがみ込む。
彼らの死は、どう贔屓目に見ても、楽な死に方だったとは言えないだろう。
むしろ、苦しみの果てにようやく死なせて貰えた、と表現しても過言ではない。
「........僕に何か、出来たか?」
目に焼き付いた光景を思い出しながら、考える。
――助けるのは無理だったにせよ、せめて魔王様の隙をついて、楽に死なせてやるくらいは可能だったのではないか?
「……いや、それは侮辱だ」
彼らは最後まで抵抗していた。
死ぬ瞬間まで、心だけは折れていなかった。
「心が死んでるのは、僕だけか」
四天王に生まれ変わった今の僕には、魔王様に殺意を燃やす理由なんてない。
でももし、僕がもう一度勇者の役目を預かったとしても、僕は決して立ち向かえないと思った。
前世の僕よりも遥かに弱いこの三人の方が、僕なんかよりも圧倒的に勇者だったということなのだろう。
僕は地下牢に着いた瞬間、ゼロコンマ一秒も悩まずに彼らを見捨てる決断をした。ルネスの為に仕方ないと理由をつけて、一切迷うこともしなかった。
ならばルネスが居なければ、僕は彼らを助けていたのか?
一緒に戦っていたのか?
「……無理だ。どうせ逃げてた」
今回と同じように跪いたまま、彼らが殺されるのを眺めるのだろう。
四天王だから魔王様と戦う意味は無いってことは分かるが、でもそうじゃない。
そういう話ではないのだ。
僕が魔王様に、心を捻じ伏せられていること自体が問題なのだ。
「もし魔王様を殺す以外に、ルネスを救う方法が無くなったとして。……そのとき僕は、戦えるのか?」
分からない。
何も、分からなかった。
……
................
........................
「……そろそろ、片付けよう」
生きているだけの僕は、勇ましい彼らの死体に歩み寄る。
普段なら部下に任せるけれど、今回ばかりは自分の手で終わらせたいと思った。
彼らは僕みたいに、四天王に転生とか意味分からない出来事に巻き込まれなければいいな、とかどうでもいいことを考えながら、後処理を進めていく。
「……?」
しかしふと、違和感を覚えた。
ティクルの胸部が、呼吸をするかのように、上下に揺れて見えたのだ。
勘違いか?と僕は首を傾げてティクルを見つめる。
すると、
「…………けほっ」
間違いなく彼女は、咳き込んだ。
「――!?」
僕は慌ててティクルへと駆け寄る。
確実に死んでいた筈なのに、と僕は驚きに目を丸くするが、彼女の指に嵌められたアイテムを見て納得した。
――『身代わりの指輪』
それは肉体が形を保ってさえ入れば、必ず息を吹き返させるという装備である。
効果は「瀕死の状態まで回復させる」だけなので、周りに助けてくれる相手が居なければ、そのままもう一度死んでしまうが、しかし三人パーティの彼らにとっては、まさしく起死回生の指輪。
手に入ったのであれば、身につけない選択肢はないだろう。
もしやと思って僕は、ガリュウとソフィの指を見るが、しかしそこに『身代わりの指輪』は存在しなかった。
一つだけ手に入れた装備、ということなのだろう。
「でもなんで勇者のガリュウじゃなくて、ティクルに?........――いや、そんなこと考えてる場合じゃないか。早く治療しないと」
僕はアーシェルに貰った回復薬を取り出して、それをティクルの口に慎重に構える。
恐ろしい程の超高級品だが、迷うことなく流し込んだ。
すると、彼女が特にダメージを受けていた部位――腹部が、ほんのりと光り出す。
それは再生クラスの修復が行われる際に発生する現象である。ティクルは内臓を破裂させられていたので、そこに効力が回されたのだと分かった。
効果は即座に現れて、ティクルはゆっくりと目を開く。
「……?ウチ、は……――!?」
「……っと、静かに」
瞬間、直前の出来事を思い出したティクルは、跳ね起き叫ぼうとするが、僕は咄嗟に口を塞いでそれを防ぐ。
無闇に騒げば、魔王様が踵を返す可能性もあった。
「声は抑えてね。また殺されるよ」
「……う、うス」
僕の言葉に、ティクルは小さく頷いた。
「状況は分かる?」
「……そう、スね。自分が一回死んで、四天王さんに助けて貰ったぽいってことと……、あと二人が殺されたってことは、理解してます」
「……。冷静だね」
最悪泣き叫ぶまで想定したいた僕は、ティクルの反応をそう褒める。
しかし彼女は複雑そうに、表情を歪めていた。
「……そうスか。ウチは、冷静なんスね。……仲間が死んだのに」
少し配慮の足りない返答だったかもな、と軽く後悔。
「僕は褒めてるんだ。……悪いけど、泣いてる場合でもないからね。立てる?出口まで急ぐから」
「……出口?どうして?四天王でしょ、ウチのことも殺せばいい」
「そう言われると思った。……でもごめんね、こんな場所で説明する時間なんてないんだ。生きたいなら黙ってついて来て。……ここで彼らと死にたいなら、それはそれで止めはしないけど」
「……いや。分かった」
ティクルは二人の死体に近づき、ガリュウから腕輪を、ソフィからネックレスを拾い上げる。
最小限の形見、ということなのだろう。
ティクルが頷くのを見て、僕はすぐさま歩き出した。
魔王様の自室とそこへの通路を避けて、僕は裏口へと回る。
僕の思い描く最も安全なルートを、素早く進んで行った。
そして魔王城を出た僕は――
「ちょっとごめんね」
「……え?」
――有無を言わせず、ティクルを抱き上げる。
魔王城の外は、そのまま魔族の街なのだ。
彼女を一人で放り出すには不安が過ぎるし、かといってチンタラと案内する余裕もない。
だから僕は、そのまま僕の速度で、城壁の外までティクルを運んでいった。
時間にしてほんの数秒で辿り着いたそこに、僕は彼女を降ろす。
「ここまでくれば安全……、とは言えないけど。でもここまでが僕の限界だ。街までは少し歩くけれど、あとは頑張って貰うしかない」
「……いえ十分です。あざ……ありがとう、ございました」
ここまで来る頃には、僅かに向けられていた敵意も潜められつつあり、むしろ困惑しているようにすら見えた。
聞きたいことは幾らでもあるが、聞いていいのか分からない、といった表情である。
「どうかした?早く行った方がいいよ」
「……あ、や……その。……少し、質問しても良いですか」
「うん」
少しだけなら、と付け加えつつ僕は頷く。
魔王城に放置した二人の死体が不安だが、こんな時間に地下牢へと立ち寄る連中なんて居ないだろう、と判断した。
「ウチら、ルネス姫を見つけた瞬間驚きました。あの方が全くの無傷だとか、微塵も想定してなかったんで。……もしかして四天王さんの、お陰なんスか?」
「……一応、そうだね。その方が利益になるって判断したから」
「……じゃあもしかして、ウチらがこんなことしなくても、ルネス姫は無事に帰ってきてたってことスか?」
「分からない。……少なくとも僕はそのつもりだけど、姫の返還まではまだ数日あるから」
「…………そう、ですか」
ティクルの表情は暗い。
「自分たちは無駄死にだったのか」という彼女の思考に同意なんてするつもりはないが、しかし論立てて否定するだけの言葉も、僕の頭では思いつかなかった。
夜風が吹いて、ティクルの茶色の髪が靡く。
会話の途切れを埋めるように、風の音が一瞬強まった。
「……それと。どうしてウチらを助けたのかも、聞きたいと思ってました」
「……?助けてないよ。というか、助けれてないでしょ」
二人とも死んだではないか、と口にはせずとも、遠回しにそう告げる。
「いえ、ウチが言ってるのはデロイアでの話――まぁ今この瞬間も、ウチは助けられていますが。あのときに言ってた『強くなったウチらと戦いたい』とか、絶対に嘘だと思ってます。……四天王が、どうしてウチらの味方をするんスか」
ティクルはジッと、僕を見た。
はぐらかせる雰囲気ではないし、はぐらかしたいとも思わない。前世が勇者だとは言えないが、それ以外は話そうと決めた。
「理由は秘密だけど、僕は純粋に勇者を応援してるんだ。……あとは魔王様が大嫌いだから、とかもあるかな。早いとこ魔王様を殺してくれたら嬉しいな、って思ってた」
「……ははっ、四天王なのに魔王が嫌いなんスか?」
「割とね。……自分の仇だし」
「え?」
「いや、なんでもない」
僕は手を振り、気にするな、と誤魔化した。
「それより、そろそろ行きなよ。ここだって安全じゃないんだからさ」
「……そう、スね」
夜が空けると、街の住民が外に出始める。
それまでに離れられるだけ離れた方が良いだろう。
「四天王……いえ、ユーリシュさん。改めて、ありがとうございました。この恩はいつか、魔王を倒すという形で返すんで、楽しみに待っていて貰えればと」
僕はキョトンとティクルを見つめた。
もう勇者は死んでしまったのに、何故まだ戦おうとするのかと、疑問に思ったのだ。
勇者でない者に、魔王と戦わねばならない義務なんて存在しない。
僕はそれを、ティクルに伝えようとするが――
「――今代の勇者として、いつか必ず」
「……え?」
――その言葉に、固まってしまった。
慌ててその意味を問いただそうとするが、しかしティクルは既に僕に手を振り、歩き出していた。
どういうことだろう、と僕は混乱するも、しかしその答えにはすぐに辿り着く。
「……あぁそっか。そういうことね」
本物の勇者を人間から守るための、偽りの勇者。
恐らくはガリュウが言い出したことなのだろう。
勇者と二人の仲間――その内訳は、僕の想像よりも複雑だったらしい。
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