第10話 十一日目 - 1
魔王城の周りには、魔族の住む城下町が存在する。
円状に広がるその街は、魔王城へ入らんとする者に対して、魔王城を守る城壁のように機能していた。
一般市民ですら、人間冒険者の平均値を上回る戦闘力を保持するのが、魔族の種族的な特徴である。
戦闘無しで魔王城に近づく、などという行為は無謀以外の何物でもなかった。
「……ティクル、ここから向かいの家の陰まで足音消してくれ。行けるか?」
「とーぜん」
しかしガリュウら三人は、月夜が照らす家屋の合間を、命懸けで駆け抜ける。
遠くに見える魔王城が、自分たちに適正ではないダンジョンだと知りながら、近づいていった。
誰かに見つかったら、即ゲームオーバー。
挑むのもバカらしい無理ゲーに、三人は命を賭して身を投じるのだ。
「姫様、無事で居てくれ……」
数日後に姫の身柄が王国に返還されることは、ガリュウらも把握している。しかし「無事に」返されるとは微塵も信じていなかった。
戻ってくるまでには、間違いなくボロボロに――もしくは、既に酷い目に合わされている可能性の方が高い、と。
そう考えたからこそ彼らは、この無茶な強行軍に手を出したのだ。
そして、約四時間に及ぶ隠密の末。
「……やっと、魔王城だね」
「ああ。……だが本番はここからだ」
――ガリュウらは魔王城を囲う壁へと、辿り着く。
魔王城から溢れ出る、足が竦む程の威圧。
「…………」
これから行う行為が、どれだけ無謀かを改めて思い知った。
中で待つ存在がどれだけの化け物なのかを、嫌でも理解さへられる。
一度入ったら決して生きて出られないことを、肌で感じさせられる。
「……まだ、遅くねぇぞ。本当にお前らも来るのか?」
「ウチの魔法無しで、姫様のとこまで近づけると思ってるんスか?」
「手錠とか切り落とすのに、『光魔法』も必要でしょう」
「……そう、だけどな。実際に近づいて、
震える手を押さえつけながら、ガリュウは二人を見つめる。
ここから先は、下っ端一人との遭遇ですら致命傷になるレベルだぞ、と話しながら。
「……私たちも、全部分かってる。でも、行くよ」
「正直、怖すぎてここに突っ立ってるのも辛いんスよ。……さっさと姫様救って帰りましょ?ね?」
二人の少女の言葉を聞いて、ガリュウはゆっくりと頷く。
ここに居るのは、守る相手ではなくて仲間だったなと謝り、そして、覚悟を決めた。
「――行くぞ」
「「了解」」
塀を蹴り、飛び越えて、暗闇に溶ける。
ガリュウら三人は、塀を越えた先で身を潜めた。
魔王城の壁のすぐ側面にある草むらに身体を埋めつつも、周囲への警戒は怠らない。
「『震動魔法』――【
最初の目的は、魔王城内の構造を知ること。
ティクルは僅かに聞こえる足音の移動や、扉の開く音、その反射音を感じ取り、魔王城の内側の地図を脳裏に作り上げていった。
「……ゆっくりでいいぞ」
「うい」
目を閉じて、ただ震動に集中する。
見張りの足音。かなりの巨体。長く直進。廊下。
重い扉が開かれた。音が響く。地下。金属がやけに多い。牢屋だ。
鋭い剣戟。訓練だろうか。反射が鈍い。かなり広い部屋。
睡眠の呼吸音が被る場所がある。兵士の寝室?
やけに複雑な音の反射。小物が多いのか。豪華。上位の魔族の部屋である可能性が高い。
「魔王の、部屋は……?」
絶対に把握しておきたいのは、その場所だ。
しかしそれらしい音が見当たらない。
「……いや、逆?全員が避ける場所。近づきたがらない場所が魔王の居場所なんスかね。……もしかすると、見張りすらも置いてない?」
ティクルは、音のしない場所を探す。
「……ここ、スかね」
引き算的な思考で、中央に大広間が存在することに気づいた。その部屋から響く音は皆無である。
夜中である故に生まれる単なる無人の部屋か、それとも避けられてるのか。
「……音がしないから安全と判断するべきか、音がしないからこそ危険と判断すべきか。……ムズいな、これどーしよ」
ティクルは構造の把握と並行して、安全なルートを構築していく。一切の戦闘なく、侵入から脱出までを済ませるのが理想ではあるが、しかしそれほど甘い空間ではないことも分かっていた。
完全に無防備なティクルの代わりに、ガリュウが全力で目を凝らし、そしてソフィは紙とペンを握る。
「地図は私が書き出すから、分かったことがあれば教えてね」
「うい。頼みマスわ」
慎重に、慎重に。一手ずつ進めていく。
これは一歩でも足を踏み外したら、即終わりの戦いだと、ティクルは理解している。
マッピングで一部屋を見逃すことすらも、容易に死に繋がるだろう考えていた。
「一つ、窓の空いてる部屋がある。中には誰も居ないっぽいし。……入るならそこからだと思う」
☆彡 ☆彡 ☆彡
「……あのさ、アーシェル。そろそろ寝た方が良くない?」
「ええ。この薬品が完成したら寝ますよ」
「それ20時間前にも聞いた」
ここはアーシェルの実験室。
アーシェルがぶっ倒れるまで実験し続ける部屋である。
ここ最近のアーシェルは人間側との交渉で忙しかったため、彼女が実験室に籠る機会は少なかったのだが、しかしつい先日、全ての交渉が纏まったらしい。
つまりはルネスを人間側に返す日も決まったのだ。
この話自体は非常に喜ばしいのだけれど、しかしそれ以降、アーシェルの暴走が再び始まってしまった。
即ち、実験三昧の日々。
「何故上手くいかないのでしょう。混合比率を間違えたのでしょうか?『鑑定魔法』――【
「だから魔力が切れてるんだって!頼むからもう寝てくれ……っ!」
狂ったように魔法を連呼するアーシェルの腰に抱きつきながら、僕は涙ながらに訴える。
お前はもう限界なんだ。大人しく寝室に帰ってくれよと。
僕がここまで必死になるのにも理由があって、以前アーシェルは「空気に触れると大爆発する薬品」を手にしたまま気絶したことがあるのだ。
結果何が起きたのかについては、語るまでもないだろうが、とにかくそれ以降、僕はアーシェルを必死に止めるようになった。
「ユーリシュ。魔力をください」
「だから!もう寝ろって!死んじゃうから!」
「口から失礼しますね」
「……え?――んん!?!?!?むぅ!?!?」
いきなり顎を持ち上げられたと思ったら、そのまま唇を奪われた。
舌を入れられたまま頭の後ろを手で押さえつけられて、離れることも許されない。
瞬間アーシェルの綺麗な顔が、僕の視界の95パーセントを埋めつくして、同時に女の子の匂いが僕を包む。
「ん、ちゅ……んくっ、ちゅ……っ」
そしてアーシェルは、くちゅくちゅと好き放題に僕の口内を犯し尽くすと、
「……ふぅ、もう大丈夫です。邪魔です。退いてください」
「ごふぁ!?……い、痛い」
――もう用無しだとばかりに、僕を押し飛ばした。
身体だけの関係よりも酷い、魔力だけの関係である。多分レイプされた女の子って、多分こんな気分なんだろうなって。
「……ぐすっ。魔力タンク扱いされた……」
およよと僕は涙を流す。
実験に夢中になると周りが見えなくなる癖、本当にどうにかして欲しい。周りのことを気にしなくなるどころか、自分のことすら気にしなくなる。
どうせ我に返ったとき恥ずかしがるのに、何故アーシェルは自滅を繰り返すのだろう。
「はて、どこで間違えたのでしょう……?」
アーシェルは僕から奪い取った魔力で、早速『鑑定魔法』を発動される。
「『鑑定魔法』――【
が、しかし。
体力の限界をとうに迎えている以上、魔法発動に耐えられるはずもなく。
「――よっと。……やっと寝てくれた」
アーシェルは倒れるように、すやすやと寝息をたて始めた。
僕はアーシェルと、アーシェルが手にしていたガラス管をキャッチ。あとはそれぞれを所定位置に片付ければ、僕のミッションは完了である。
「うん。……まぁアーシェルは、ソファに投げとけば良いか」
僕は羽根のように軽いアーシェルを、羽虫でも扱うかの如く放り捨てた。
アーシェルはソファでぼふんっと跳ねて、そのまま眠り続ける。
僕を魔力タンク扱いする女を、丁寧に扱ってやる義理などない。初めは寝室まで運んでやろうと思ってたけど、やっぱやめだ。お前は実験室のソファで寝とけ。
「おやすみアーシェル。次辺り、後ろ首に手刀決めて気絶さすから覚悟しろよマジで」
僕は既に意識の無いアーシェルに、ガチトーンの宣言をかましたあと、実験室のライトを消して、そのまま部屋を後にした。
廊下へと出た僕は、自室へと向かって歩いていく。
早くベッドにダイブしたい気持ちもあるが、しかし今は夜中であるため、走って大きな足音を立てるには抵抗があった。
故に僕は窓の外を眺めながら、のんびりと廊下を歩く。
空を見ると雲一つない、満天の星空が広がっていた。
「うわ、凄い。これは是非とも外で見たい……けど、流石にこの時間からの散歩はキツイなぁ。眠いし」
僕は複雑な勿体なさを感じながら、光の無い道を進んだ。
僕の部屋とアーシェルの実験室はそう離れてはいないが、やはり眠いとやけに遠く感じるのだ。あぁベッドが恋しい。
そして、ついに自室の扉を開いた瞬間――
「――――誰だ」
己の部屋に、違和感を感じた。
荒らされた様子は無い。
しかし僕以外の誰かの痕跡を、第六感がけたたましく伝えてくる。
目には見えない、何かが変わったような感覚。
「誰かいる?……いや、もう通った後?」
僕の部屋に入り込む方法として、まず頭に浮かぶのは窓である。
咄嗟に確認すると、その窓は僕が部屋を出たときよりも、若干大きく開いていることに気づいた。
「魔王城に侵入……?誰が、どんなメリットで?」
この城に金銀財宝が山ほど眠っているのは間違いないが、魔王様の恐ろしさを知った上でも狙ってくるバカは、そう居ない。
あり得るとすれば、魔王様の恐ろしさを知らない間抜けか、もしくは……
「……知った上で、それでも侵入する理由がある奴」
今この魔王城に存在するものの中で、その理由足り得るものとして思い付くのは、ルネス姫だけだ。
そしてルネスを助けるために命を懸ける連中なんて、一組しか思い付かない。
「――勇者」
勇者の三人組が、この魔王城にいる。
「……ヤバいな」
彼らが入り込んだのはどのくらい前だ?
その作戦はどこまで進んでいる?
ルネスの元に辿り着く前に止めないと、確実にあの三人は魔王様に殺される。
「……というか、ルネスも危ない」
魔王様は、一度地下牢に入った人間が勝手に外へ出ることを、決して許さないのだ。
それは例え侵入という形で、自ら地下牢に入った人間であろうとも変わらない。
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