第8話 五日目


 ガリュウ達は大丈夫だろうか、なんていう四天王らしからぬ思考を抱きながら、僕は今日も仕事に励む。

 

 ルネスを守るための一番の難関は、結局のところ「管理権限の確保」だった。それを無事に終えた今、ルネスの身に危険が及ぶ可能性は低い。

 定例会議での決定に対して反発するような行為は、例え四天王であっても出来ないのだから。


 あとはルネスを人間側に引き渡すその日まで、首飾りを付けさせたり、一緒に遊んだり、情報を聞き出したり、一緒に遊んだりするだけ。


 簡単なお仕事である――


「ねぇルネス姫。ルネス姫にはこのネックレスが似合うと思うんだけど、どうかな?」


「い・や・よ。それ『魔封の首飾り』じゃない。誰がそんなの着けるのよ」


――なんて思っていた時期が、僕にもあった。


 むしろ一手目から詰んでいる。

 いやはや、どうやって『魔封の首飾り』付けさせるのかを、全く考えていなかった。


 『魔封の首飾り』は身につけた者の魔法を封じる、超強力な呪いのアイテムである。

 しかも首に掛けさせた側の許可が無くては、決して取り外せないので、尋常じゃなくタチが悪い。


 しかしその効果の高さ故に、『魔封』を行うには、使用者と被使用者の両方が効果を把握した上で、両方が発動を許可する必要があった。


 要するに、強引に取り付けても意味無いよって話であり、僕が困っているのもそれが理由。

 ルネスが一向に許可をくれないのだ。


「ちょっと魔法が使えなくなるだけだって。魔道具とかは使えるし、そんな生活に影響は出ないからさ」


「くどいキモい死ね」


 キモいはダメだろキモいは。

 死ねは良いけどキモいはダメだ。


「うーん……絶対に似合うと思うんだけど」


「その首飾りを似合うと言われて喜ぶ女なんて、そう居ないっての」


「え、アングラでダーティな感じが良くない?」


「ちなみにアンタみたいな趣味の人を、最近の王国では厨二病って呼ぶわ」


 なんだろう、このバカにされてる感じ。

 厨二病の意味は分からないが、やるせない気持ちになる。


 僕は檻の中でルネスと向かい合いながら、どうしたものかと頭を搔く。

 ルネスは腕を組んだまま、ふんっと息を吐いて、僕を相手にしてくれる気配もなかった。

 

「うん……困った」


「いや『困った』ではなくて、もう少し四天王らしく、脅すなり暴力振るうなりしてくださいよ」


 ふと、檻の外からアーシェルの声が聞こえてくる。

 見ると看守用の椅子の上で、ちょこんと両足を抱えて、ジト目で僕を見るアーシェルの姿があった。


 小柄な彼女とって、魔族用に作られた大きめな椅子は、まるでサイズが合わないらしい。

 足を垂らしたままでは背もたれに寄り掛かれず、足を垂らしたとしてもその足は地面に届かない。


 なんというか、小動物的な愛おしさがあった。


「どうしました?私のことジッと見て」


「アーシェルは可愛いなって」


「……っ!……や、やめてくださいよ」


 アーシェルは口元を隠して、ぷいと顔を横に向ける。

 その頬は赤く染まっており、明らかに照れていた。


「え、何その反応……」


 いつもなら『言われなくても分かってますが?』とかそんな感じだろお前。もしかして体調でも悪いのかアーシェル。


 僕はアーシェルを不安に思い、部屋まで送るべきかと考え始める。

 しかし、ふと新たな人物が現れる気配を感じて、そちらに目を向けた。


 すると、そこには――


「ユーリシュ様。ご指示いただいた書類業務が完了致しましたので、ご報告に参りました」


――ルーナを含む、三人の僕の部下が立っていた。


 三人とも、よく働いてくれるとても優秀な部下である。

 むしろ僕がテキトー過ぎるせいで、迷惑を掛けてるまであるが、それでも慕ってくれるから頭が上がらない。


「うん、三人ともお疲れ様。いつもありがとね。……でもさ、わざわざこんな場所まで報告に来なくて平気だよ?」

 

 いま僕が居るのは、ルネスを閉じ込めている地下牢の最奥。

 僕なら走れば一瞬で着くけれど、他の皆だとそうはいかない筈だ。


 僕に報告する為だけに、遥々こんな城の隅まで歩いてくるなんて、真面目にも程がある。


「いえ。ユーリシュ様の為であれば、大した距離ではありません」


「そう?まぁ無理はしないでね」


 なんて素晴らしき忠誠心だろうか。

 今度、何かをご褒美をあげなくては。


 魔王様に一切忠誠をしてない僕とは大違いである。


「…………ぶっちゃけ会いたくて来てるだけですし」

「…………ねぇルーナ、ユーリシュ様にお礼言われちゃったねっ」

「…………至近距離のユー様サイコー」


 彼女らは三人で何かを小声で話しているようだが、別段耳が良い訳でもない僕には、全く聞き取れなかった。


「……部下を侍らせていいご身分ですね、ユーリシュ。さっさと三人ともベッドに連れ込めばいいのでは?きっといい声で喘ぎますよ」


「どうしたの急に。もしかして怒ってる?」


「はぁ?別に怒ってなどいませんが」


 いやいや、どう見ても不機嫌そのものである。アーシェルが感情を表に出すとは相当に珍しい。

 本当に良くないものを食べた可能性があるな、と僕は思うのだった。


「ねぇユーリシュ。貴方ってもしかして……モテるの?」


「僕がモテる?なにさ急に。もしかしてルネスってば僕に惚れちゃった?」


「そんな話はしてないわ。私はユリム一筋よ」


 それは僕に惚れていると判断していいのか否か、実に悩ましい問題である。




☆彡 ☆彡 ☆彡




 ルーナ達が去っていった後も、僕はルネスと『魔封の首飾り』を付けさせる為の問答を交わす。

 何故か全く関係の無い雑談も多々混じるが、ともかく交渉は進展している。筈だ。多分。


 しかし話し合いが順調(僕個人の見解)に進んでいく中、痺れを切らしたアーシェルが「あーもう焦れったいですね……っ!」、と声を上げた。


「王国の姫!お前はこの『魔封の首飾り』を用いての措置が、どれでけ恵まれているのか理解しているのですか!?」


「……え?な、何よ急に」


「お前は元々、眼球を抉られ爪を剥ぎ取られ、指も腕も四肢全てを切り落とされても尚、許されない運命にあった!お前の持つ穴は全て肉便器として扱い、尊厳も全てを踏み躙った上で、二度と人間として過ごせない状態で王国に送り返すつもりだった!」


「……っ」


「それを!ユーリシュが!お前の為に、死にかけてまでこの方法に抑えたんだ!……それを、あーだこーだとお前は……っ、お前は……っ!!」


「お、落ち着けアーシェル。……叫んでも、仕方ないから」


 実際のところ、僕は魔王様の気分で死にかけただけだから、アーシェルの言い分は少し違う。

 しかし身代わりになった僕に対しての、申し訳なさとか怒りがごちゃ混ぜになって、つい声を荒らげたのだろう。


「……ユーリシュ、後は私がやります。姫の手足に枷を」


「え?待ってよ。それは……」


「いえ、もう待てません。時間を掛け過ぎれば、魔王様が姿を見せる可能性もあります。いいから早く、動けないように吊るしてください」


「……でも」


「大丈夫です、貴方の想いを無駄にすることはしません。取り返しのつく範囲で抑えますから」


「……。……分かった」


 他ならぬアーシェルなら、というギリギリの許容。

 彼女ならばそこまで残酷は手段は取らない筈だ、という信頼があった。


 僕自身が手を焼いていた事実は変わらないし、アーシェルの言っていることは間違いなく正しい。


 だから僕は、アーシェルに任せることに決めた。


「わ、私は何されるのかしら。痛いのはちょっと困るかも……え、待って。いつの間に私の手足に枷をつけたの?全く見えなかったのだけど。ユーリシュ?ユーリシュの仕業?」


「うん。一瞬でスパパっと」


「ほ、本当に速いのね貴方……」


 僕は天井から伸びる手枷と、床から伸びる足枷の計四つを、瞬きの間に取り付けた。


 ルネスは両手を空に上げ、足は開いたまま動けない、という形で縛られる。

 根元が鎖であるためほんの少しの自由はあるが、両手は頭頂部までしか下ろせないし、腿を閉じられるのも肩幅程度が限界だ。


 僕は無駄な緩みが無いかをチェックした後、アーシェルと交代で牢を出た。


「ではユーリシュ。貴方は地下牢の外で、誰も入ってこないように見張っておいてください」


「僕もここに居たらダメかな」


「この女のことを思うなら、出ていくのが正解ですね」


「……?了解」


 アーシェルの冷たい瞳を見て、僕は大人しく従うことにする。


 一体何をするつもりなのか、と薄ら寒いものを感じながらも、僕はアーシェルを信じて地下牢の出口へと向かっていった。


『貴女、処女ですか?』


『え?……そ、そう、だけど』


『……チッ。ならこの道具は無しですね。……心配しなくても、膜は残してあげますよ』


 遠くから聞こえたその話し声を合図に、僕はかつてないほどの超本気で駆け抜けた。



……

…………


~1時間後~

…………

………………



 

 僕は紳士である。

 だから、何も聞かなかった。


 アーシェルに呼ばれて僕が戻ったとき、ルネスの首には既に『魔封の首飾り』が掛けられていた。

 それはアーシェルの目的が達成された、という紛れもない証拠であり、同時にルネスが『魔封の首飾り』を身に付けざるを得ないほどの、何かが行われた証拠でもあった。


 ちらりと檻の中を覗くと、ルネスは息を荒らし、ビクンビクンと腿を震わせ、頬を紅潮させている。

 外聞を無視して表現するなら、もう明らかに事後の少女。


 マジで何を使ったんだろうか、アーシェルは。

 一体何をどうしたら、こんな状態になるのだろう。


 正直気になるが、しかし僕は何も聞かない。

 聞いたらルネスが泣くだろうから。


 少なくともルネスの身体に傷は無かったので、アーシェルは僕との約束を守ってくれた、と判断して良さそうだ。

 心の傷に関しては、今回は見なかったことにする。


「ルネス、貴女って可愛いですね」


「……や、やめてよアーシェル」


 ただそれにしても、やけに二人が仲良くなっている気がするのは、僕の勘違いだろうか。お互いに名前呼びに変わってるし。


「……?まぁ、いっか」


 とにかく、ルネスに『魔封の首飾り』を取り付ける作戦は成功した。

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