第7話 三日目 - 3
「我が名は四天王ユーリシュ。不可視の死を撒く災厄なり。……死にたい者から、手を挙げろ」
僕が名乗りを上げた途端、群衆は蜘蛛の巣を散らしたように逃げ出した。僕を中心にして四方八方へと、絶叫を上げながら駆け回る。
絶望の声は街の端から端まで素早く伝播し、僕らの周囲はあっという間に無人になった。
勇者がどうだと偉そうな人間共も、四天王が現れればこの様である。根本が人任せの木偶の坊だから、周りに流され逃げるだけ。
あれだけ数のいた冒険者も、僕と戦おうとする者は誰一人として居なかった。
「し、四天王!?なんでこんなところに……っ!」
勇者一味はその場に残る。
この三人だけは、僕に武器を向けていた。
彼らも一緒に逃げ出してくれれば、僕の「勇者を群衆から助ける」という目的は果たされて、あとはのんびり魔王城に帰るだけで済んだのに。
「なんでって言われても、四天王だって散歩くらいするし」
「黙れ四天王ユーリシュ!……ソフィ、ティクル!!ここでコイツを仕留めるぞ!」
「言われなくても分かってるよっ!」
「こんなとこで、四天王とスか」
穏便に済ませたい僕に対して、勇者らは戦闘する気満々である。街のど真ん中に四天王が現れればそりゃそうなるか、とも思うけれど。
ちらりと周りを見渡すと、街の衛兵と一部の冒険者が、遠くから僕らを見つめていた。
彼らの根底には「勇者任せ」な思考がありつつも、もし勇者が負けたときには街を守らねば、みたいな信念でもあるのだろう。普通に一緒に戦えばいいのに。
「大変だね君らも。勇者歴どのくらい?」
「お前と話すことなんざ何もねぇ……ッ!『爆熱魔法』――【
聞く耳持たずといった様子で、ガリュウは手にした剣に魔法を使う。
すると刀身が赤く染まり、その剣はあからさまに触ったら不味いのだろうな、という雰囲気を放ち始めた。
『爆熱魔法』とはまた、随分と使い勝手の良さそうな魔法ではないか。僕の『複製魔法』とは大違いである。
「うん、面白い魔法持ってるね。将来が楽しみだ。……そういう訳で、今日のところは見逃してや――――うぉ!?ちょ不意打ちはダメじゃない!?」
僕はそれっぽい悪役のセリフを吐きながら帰ろうとするが、しかし突如横から現れた少女の一撃に慌てふためく。
躱しはしたもののその威力は甚大で、万一にも芯に食らったらと思うと寒気がした。
「こ、コイツ今のを躱すんスか。すみませんガリュウ、もう一度隠れます。……『震動魔法』――【
「『震動魔法』?」
隠れると言いつつも、ティクルと呼ばれたその少女は、姿を消すこともなく動かない。
何かの魔法を使ったようには見えなかった。
「いや」
しかし僕は気づく。
ティクルの周囲から一切の音がしない、ということに。
つまり彼女は空気の震えを操って、自身の気配を隠しているのだ。
加えて先の強力な一撃は恐らく、震動を利用した内臓を破壊する技術だろう。
しかも今の攻撃のタイミングで、魔法の宣言が聞こえなかったということは、予め【音凪】を発動させることで、完全な無音の一撃を繰り出せるのか。
「め、めっちゃ面白いじゃん……」
二人の魔法を見て勇者一味に興味が湧いてきた僕は、もう一人の少女――ソフィに目を向ける。
すると彼女は杖を構え、僕を睨みつけていた。
「『光魔法』――」
「光魔法!?」
そして宣言されたのは、とんでもなく有能な魔法。
流石の僕も、光より速くは走れない。
僕は構えられた杖の向きから、ソフィの狙う場所を読む。
見てから回避が不可能な『光魔法』は、放たれる前に対処するしかなかった。
「――【
「良い魔法だね」
「!?」
ソフィの背後へと。
僕は一瞬の間に回り込んだ。
ソフィは慌てたように振り向き、僕へと杖を叩きつけるが、そんな攻撃を食らう僕ではない。
軽く首を傾けて回避したあと、そのまま三人を同時に視界に捉えられる位置へとゆっくり歩いた。
「攻撃を当てるタイミングが全くねぇ……っ」
「【
「ヤバいね。【音凪】を使ってるのに、あれ以降ウチへの警戒が一瞬も消えないんスけど」
三人は各々の視点から、僕の強さを評価する。
そんなベタ褒めされると照れちゃうからやめて欲しい。
対して、僕が彼らを評価するなら、「三人合わせて、前世の僕以下」となるだろう。ハッキリ言えば、未熟も未熟。
その勇者ユリムですら魔王様に対して、傷一つ与えられずに殺されたのだ。今の彼らでは、魔王様には全く歯が立たない。
「君たちさ、魔王様を倒したいんだよね」
「当たり前だろッ!俺たちは姫様を助けなきゃならねぇんだよ!!」
剣先を僕に向けながら、ガリュウは吼える。
姫を助けるという勇者らの行為は、僕の利害と一致しているし、僕も是非ルネスを救ってくれとは思う。
しかし現実的な話をするのであれば、
「君らじゃ無理だね。絶対に」
「――――ッ!舐めんじゃねぇ!!」
僕の言葉に感化されてか、三人は再び武器を構えて、僕に飛びかかってきた。
彼らの練度は決して低くないし、各々の魔法に対する理解も甘いというほどではない。
でも、魔王様には到底及ばないのだ。
「『複製魔法』――【
僕は魔法を唱える。
それは所持するアイテムと、全く同じ物を生み出す魔法。
今回僕が魔法を使ったのは、腰に隠した一振りのナイフに対してだ。
複製した二本の偽物を、僕は両手に握り締める。
「――――シッ!」
そして軽く地面を踏み込み、消えた。
ナイフ振り抜いたのは三回。
再び僕が姿を見せるのは、全てを終えた後である。
「ど、どこスか!?」
彼らは突然消えた僕を前に、目を白黒とさせている。
しかし僕が立っているのは、彼らの背後。
どんなに瞳を凝らしても、その視線の先に僕は居ない。
「首、動かさない方が良いよ。傷が開くから」
「「「――っ!?」」」
三人の首元に、赤い線が一本ずつ。
それは僕がナイフで刻んだ、浅い切り傷だった。
「わざわざ言わなくても分かると思うけど、僕は君らくらい簡単に殺せる」
「……クソ、が」
「そして魔王様は、そんな僕を一瞬で殺せる」
「……ッ」
力の差を知れ。未熟さを感じろ。
そして、僕と同じミスを犯すな。
己の力を過信して魔王様に殺された僕と、同じ道を辿らないように、と遠回しに伝えることにした。
「分かる?君たちはまだ弱いんだよ。もう一人仲間を見つけたくらいで、どうにか出来るレベルじゃない」
「……うる、せぇよ。俺らしか居ねぇんだよ。魔王を倒せる可能性があんのは」
ガリュウは拳を握りしめて、眉間に皺を寄せていた。
己が無力だと知っても、彼が勇者だからこそ、魔王に勝てないと認める訳には行かないのだ。
そんなガリュウの姿を見て、コイツ僕よりも勇者してるな、なんて感想すら抱く。
僕は前世の出来事を思い出す。
強くなる為に、ひたすらに刃を振り続けた日々。
そしてそれが全て無駄だったと、思い知らされたあの瞬間。
そのせいか、つい力を貸してやりたいと思ってしまう。
そうだなと悩んで、僕は北に向けて指を向けた。
「……こっから北に進むと、魔王城がある」
「は?そんなの知って」
「――そして、もっと北へ進むと。君らの知らない強力な魔物が、地獄みたいな環境で暮らしてる」
「…………え?」
三人の表情が、驚きに染まる。
これは僕も、四天王に生まれ変わるまで知らなかったことだ。
人間は、魔王城が北の最果てだと勘違いしている。しかしその先こそが、本当の魔境なのだ。
ただの推測ではあるが、魔王様はこの事実を隠すために、今の場所に魔王城を建てたのだろう。
北の地獄を生き抜いた、真の勇者が生まれることを恐れて。
「片っ端から、倒してみなよ。幾らか強くなれるんじゃない?」
「――ッ。なんで、お前……っ」
なんでってそりゃ、僕は魔王様が大っ嫌いだからね。
人間の味方をするつもりはないけど、勇者の味方くらいならしてやりたいんだよ。
しかし、そんなことを口にする訳にもいかないので、
「だってほら、今の君たちを殺しても楽しくないでしょ?もっと強くなってから僕を殺しにおいでよ。僕は強い勇者と戦いたいのさ」
テキトーに、そんなことを
ガリュウは僕を睨みつけながらも、手にしていた剣を鞘へと仕舞った。
どうやら、今すぐに戦うことの無意味さは理解してくれたらしい。
「……分かった。いつか後悔させてやるよ、四天王ユーリシュ」
「うん、楽しみにしてる。頑張ってね」
僕は飄々と、お前如きじゃ無理だろうよと、笑ってやる。
その方がやる気を出してくれるかな、なんて思ったから。
「じゃ、またね」
そして僕は、消えるように空を駆け抜けた。
僕の速度なら魔王城までもあっという間に着く。
三人の姿は遠くに消えて、デロイアの城壁も見えなくなって、砂埃を巻き上げながら全速力で前へと進む。
しかしふと、一つ気にかかることが出来て、僕は立ち止まった。
「あ。……魔王城に近づくものダメだぞって、言っとくべきだったかな」
例えば北へ抜けるときに魔王城をチラ見するとか、魔王様の姿を一目確認するだとか。
そんな自殺行為を思い浮かべる。
「まぁ流石にそんなことしない、よね?」
☆彡 ☆彡 ☆彡
ユーリシュの居なくなった街の中心で、三人は顔を見合わせる。
「……俺達がこのまま魔王城に突っ込んで、魔王を倒すのは絶対に無理だ。だからこれまで立てていた予定は、全部無しにする」
その声色は意気消沈――ではなく。
未来を掴み取る為の、燃えるような熱を持っていた。
「今の俺達には、二つの選択肢がある」
ガリュウは、指を二本立てる。
「……わざわざ言わなくても、分かってるよ」
「だろうな。でも、聞け」
「……うん」
ソフィは頷き、そして不安げに俯く。
その二つの選択肢とやらの中身も、そしてガリュウがどちらを選ぶのかすらも、ソフィは理解出来ていた。
「一つは、姫様を見捨ててこのまま北へ向かう」
それは、いつか確実に世界を救う為の選択。
同時に、勇者であることを捨てる選択。
「そしてもう一つは――」
ガリュウは拳を握り締めて、言い放つ。
「――魔王城に忍び込んで、姫様を助け出す」
ソフィとティクルは、唾を飲み込んだ。
ユーリシュと同じクラスの化け物がもう三体並ぶ光景
――そして、それを従える魔王の姿を想像した。
「もし後者を選ぶなら、戦闘は一切無しだ。ただ逃げることだけを考える。姫様を連れて、全力で逃げる」
提案しているガリュウすらも、声が震えていた。
それが如何に命懸けな作戦であるかを、本能が感じ取る。
「……ウチらの魔法、通用するんスかね」
「分からない。だがその上で決めるしかねぇ」
三人は静かに、目を合わせた。
この決断が己の生死を左右すること。
ひいては人類の未来すらを左右すると、理解しながら。
ガリュウは、問いかける。
「――お前らは、どうする?」
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