第6話 三日目 - 2
盛り上がってるなぁ、と。
僕が最初に抱いたのは、そんな感想だった。
中心が見えないほどの人混みが、まるで一つの生き物みたく騒ぎ立てているのだ。
どうやら大通りの隅、それもやや開けた場所を選んでいるようで、通行の妨げにはなっていないようだが、喧しいのは変わらない。
「『力自慢大募集』……か」
僕が腕力に自信を持っているかと聞かれれば、「そこまでではない」という返事になる。
僕の武器はあくまでも速度であり、単純な力勝負を始めたら、他の四天王には敵わないから。
とはいえそれは相対的な話であって、この場に僕よりも強い人間などは、確実に存在しないだろう。
「失礼しまーす……」
僕は人混みの合間を縫って、中へ中へと進んでいく。
何はともあれ、例の三人組の姿は把握しておきたいと思った。
「俺に腕相撲で勝ったら、『舞百合のナイフ』が手に入るぞ!時価600万ギルは下らねぇ業物だ!早い者勝ちだぜ、さぁかかって来い!!」
中央から聞こえてくるのは、威勢のいい男の声。
その横には二人の女の子が並んでいる。
体格と声から性別は分かるものの、しかし三人とも奇っ怪な仮面を被っており、その正体は掴めない。
人の隙間からチラリと見えた看板には、『挑戦料2万ギル』と書かれており、商売的な要素も兼ねているのだと分かった。
「……さて。様子を見るか、それとも試してみるか」
あまり目立つと不味い、という僕の立場上、脳死して挑めばいいというものでも無い。
挑めば彼の実力如何は掴めるだろうが、しかし騒ぎになれば、それ以降の調査は難しくなる。
少なくとも、今日のところは穏便に済ませるのが理想。
目立たず穏便に、彼らが魔族連続死事件の原因かどうかを調べる方法は、どこかにないだろうか。
むむむと僕は悩み、そして、
「……あ、わざと負ければ良いのか。2万くらいなら痛くもないし」
という結論に至った。
彼に全力を出して貰い、その実力を確かめたあと、そのまま流れるように敗北。完璧な作戦である。
早速とばかりに僕は、挑戦者となるべく手を挙げた。
「すみませー」
「次は俺だ!俺にやらせろ!」
――が、しかし。
僕のすぐ横に立っていた大男に、遮られる。
それは僕よりも頭三つ分ほど身長の高い、筋骨隆々を体現したような人物だった。
冒険者らしい荒くれ者といった風貌で、ステータスをパワーに全振りしている雰囲気すらある。
大男は僕を小馬鹿にしたように睨むと、僕の肩を押し退けて前に出た。
邪魔だから僕を退かした、というよりも僕を挑発するために押したのだと分かる。
「なんだチビ。文句あるか?」
「……。いいえ、別に」
当然腹は立つ、が、騒ぎを起こすだけのメリットのある相手ではない。
僕は心の中で「本気出せばテメェ殺せるからな」と三回呟き、その怒りを収めた。
『あいつダンデラスか?』
『ああ、あの体格は間違いねぇよ』
『体重差何倍だ?相変わらずデケェな、ダンデラス』
この男が姿を現したタイミングで、周囲が僅かに沸き立つのが分かった。そこかしこから、「ダンデラス」という名前が聞こえてくる。
どうやら偉そうなだけあって、それなりに有名な冒険者ではあるらしい。
見るとダンデラスさんとやらは、既に中央に置かれたテーブルの前に立っていた。
「ほらよ、2万だ。俺が来るまでに、もう収支は取れてんのか?」
「いいや、まだ全然だな」
「はは、そりゃ運がなかったな。調子乗った商売に手ぇ出したこと後悔しても、もう遅せぇぞ。……だが俺は優しいからよ、『舞百合のナイフ』の代わりに、そこの女一人でも構わねぇぜ?」
「凄い自信じゃねぇかおっさん。でも生憎、俺の仲間はやれないし、お前じゃナイフも持ってけないぜ?」
「……現実の見えてねぇガキか」
なんだろう。
まるで主人公と当て馬を見ているような気分になる。
体格だけでいえば、ダンデラスの方が遥かに勝っているのだけれど、どういう訳が彼が勝利する未来が見えないのだ。
「それじゃあ始めようぜ」
「腕へし折れても知らねぇからな」
そして、そんなセリフと共に始まった腕相撲は――
「ば、馬鹿な……。俺が、ガキに負けた……?」
「2万ありがとよ」
――案の定過ぎる結末で終わった。
歓声が上がり、同時にダンデラスを笑う声も響く。
なんだか可哀想な気もするが、僕に喧嘩を売った相手を助けてやる義理もない。
僕も一緒に笑ってやることにした。はは、ざまぁみろ。
「で、それはそれとして。……あれ何者?」
僕は勝鬨を上げる仮面の少年を見ながら、首を傾げる。
筋肉があれば強いという訳では無いけれど、しかし筋肉は強さの最低ラインを測る基準にはなる。
故にダンデラスの腕力は、それなりのものではあった筈だ。
正体を隠している、ということはそれなりに有名な人物ではあるのだろうが、しかし皆目見当もつかない。
とりあえず彼ら三人が犯人である説は濃厚になったので、当て馬として頑張ってくれたダンデラス君には感謝する。
「……まずはあの三人を調べるか」
そして僕は、彼らが人目につかない場所に移動するまで待つ、というスタンスに切り替えることにした。
しかし。
「畜生!テメェ顔見せやがれ!」
突然ダンデラスが、手を振り上げたのだ。
その狙いは、男の仮面。
恐らく嫌がらせ以上の意味はないのだろうが、
「……お前っ」
ともかくそれは、男に素顔を晒させる結果となった。
片手で顔を隠してはいるものの、特徴を捉えるには十分すぎる。
赤い瞳の、野性味溢れる整った容姿。
結局のところ僕は彼を知らなかったが、しかし彼を囲う群衆はそうではなかったようだ。
『……勇者?』
『あれ、ガリュウだよな』
『間違いねぇよ、アイツ勇者だ』
勇者ガリュウ。
それが彼の正体らしい。
「新しい勇者ってもう選ばれてたんだ。ルネスは知ってたのかな?……いや、知らない訳ないか」
勇者の任命式に姫の参加は必須だし、体調不良で欠席したのだとしても、その情報を伝えられないとは考えにくい。
ルネスは新たな勇者を知った上で、僕が生きていると信じたのだろう。
「……っと、そんなこと考えてる場合じゃなかった」
僕は頭を切り替え、周囲を見渡した。
勇者がこの場に現れたことによる影響は、まず間違いなく負の方向に働く。
それはガリュウ自身も理解していたからこそ、わざわざ仮面を付けていたのだろう。
周囲のザワつきは動揺からではなく、既に勇者を責め立てる方向へと変わっている。
つい先程までの歓声は嘘のように消え失せて、非難の声だけが彼らを包んでいた。
『アイツら勇者のくせに、俺ら市民から金奪ってたのか?』
ほら始まった、と僕は小さく呟く。
人間共は、なんでもかんでも枕詞に「勇者のくせに」とか付けたがる。
勇者だから、勇者なのに、とギャーギャー煩いのがコイツらの特徴だ。「勇者は問答無用で人間に尽くす存在だ」、と心の底から思ってるから、そんな言葉が口に出る。
「俺たちは姫を救い出すための仲間を探してたんだ!金目的ではない!」
勇者ガリュウは、騒動を収めるように声を上げた。
しかし人間共は油を撒かれたように、嬉々として燃え上がるだけだ。
『じゃあなんで参加費取ってんだよ!』
そりゃ参加費をゼロにしたら、勝つ気もない物見客で溢れかえるからな。最低限の足切りとして、多少の参加費は必要に決まってるだろ。
『金目的に決まってんだろうが!騙しやがって!』
騙す?ちゃんと対価が用意されているのに、何を騙されたというのか。『舞百合のナイフ』と参加費2万を天秤に掛けて勝負したのは、お前らじゃないのか。
『勇者のくせに俺らを食い物にしやがって!ズルだろうが!』
ズルってなんだ。勇者に選ばれた瞬間、特別な力が与えられるとでも思っているのか?強くなれた人間が勇者に選ばれるだけ。スタートはお前らと一緒だよ。
『大体、なんで勇者が女連れてんだよ!』
「……は?」
本格的に意味の分からない文句まで出てきたな。
勇者だって己の力不足を感じれば仲間くらい探すし、それが女だってこともあるだろ。
ガリュウは表情を歪めながら、二人の仲間を守るように下がっていた。
石を投げつけられるのも時間の問題だろうから、防御の準備を始めるのは正解だ。
他ならぬ僕だから知っている、この後の流れと結末。
嫌な記憶を思い出す。
『勇者に仲間とか要らねぇだろ!』
『勇者なら、そのナイフもタダで渡せよ!』
『早く魔王を倒しに行けよ!』
それは勇者って名前の、クソみたいな鎖だ。
何の為に頑張ってるのかも誰の為に頑張ってるのかも、訳分からなくなって、全部投げ捨てたくなる。
でも勇者が勇者を投げ捨てたあとに訪れる未来が、魔王に支配された世界だと知っているから、ほんの僅かな大事な人の為に、歯を食い縛らなくてはならない。
その大事なものが、家族でも仲間でも、或いは己の命だとしても。
それを拾い上げられるのは、
「くそ……っ!通せ!通してくれ!俺たちは皆に危害を加えたりしない!」
『勇者のくせに、努力が足りねぇんだよ!!』
『なんで勇者がこんなとこで遊んでんだよ!!』
死ぬほど努力してるっつーの。
欠片も遊んでねぇっつーの。
「変わらないね。人間も、勇者も」
突っ立っているだけで不愉快だ。
どれもこれも、聞き覚えのあるセリフばかりが耳につく。
「……もういいや」
目立ちたくなかったが、仕方ない。
静かに帰りたかったけど、無理そうだ。
僕は背中の羽に、ゆっくりと力を込める。
それは魔族の証となる部位の一つ。
故に羽を見れば、大半の人間は逃げていく。
――助けてやるよ、勇者ガリュウ。
僕は大きく羽を広げ、人間共の上を舞った。
強く風を巻き起こし、大仰に口を開く。
「……よぉ人間共、久方ぶりだな」
全員の視線が、僕に向いた。
騒々しさが波のように消え、静寂が満ちる。
何が起きてるのか理解していないアホ面が、そこかしこに見えた。
「我が名は四天王ユーリシュ。不可視の死を撒く災厄なり。……死にたい者から、手を挙げろ」
逃がしてやるから、さっさと散れ。
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