第5話 三日目 - 1
僕ことユーリシュは、度重なる自傷行為によって未だに貧血気味ではあるが、魔王様の『回復魔法』で傷一つ無いため元気といえば元気。
脳と神経に刻み込まれた激痛も、徐々に忘れつつあった。
つい先日の出来事は、改めて僕に魔王様の恐怖を植え付けたけれど、結局のところは今まで通り。
僕が魔王様を恐れて恐れて仕方ないのは、初めて目を合わせたその日から、何も変わらないのだから。
そんな魔王様恐怖症の僕は、魔王城近くにある「デロイア」と呼ばれる街へ向かっていた。
何やらこの辺りで、多くの兵がやられたという報告があり、四天王である僕が呼ばれたのである。
正直ルネスが居る魔王城を離れることには、かなり抵抗があったが、しかし四天王としての仕事をサボると、魔王様に何をされるか分からない。
僕が殺されると結果的にルネスもピンチに陥るので、仕事は仕事でしっかりと行っていた。
ちなみに僕の留守中のルネスについては、ルーナとアーシェルに任せている。ルーナには「大事な人質だから、傷一つ付けないように」と命令したので、恐らく問題あるまい。
「それにしても、デロイアか。流石は魔王城に一番近い人間の街って感じだね。とんでもなく守りが堅いや」
僕は遠くに見える巨大な城壁を眺めながら、その威容に感嘆を洩らす。
城壁の上には数え切れぬ程の砲門が並べられており、例え飛行型の魔物を向かわせたとしても、容易に撃ち落とすだろう。
そんなデロイア唯一の入口は、真正面に開かれた大門ただ一つ。
その大門すらも厳しい検問を抜けなければ通れない為、ネズミ一匹入れないとは、まさにデロイアを語るに相応しい表現であった。
まぁ、僕には関係ないけれど。
「――って訳で、お邪魔しまーす」
門をダッシュで駆け抜けた。
文字通り目にも止まらぬ速さで、門番の横をスルー。
外からの旅人や商人はそう多くはないので、門が開くタイミングは多くないが、開いてしまえばこっちのものである。
次は超絶動体視力を持つ門番か、魔族だけが通れないバリアでも用意しておけ。
僕はフードでしっかりと顔を隠し、流れるように人に紛れた。
辺りに見えるのは、灰色が基調の住宅街。
「……相変わらず、無骨な街だね」
僕は前世でこの街を訪れた記憶を思い出しつつ、全く変わらないな、と評価する。
良くも悪くも、この街は強さとか合理性を重視するのだ。外観よりも、過ごしやすさや戦いやすさに重点を置く。
その発想に至るのも、魔王軍との衝突が多いからこそなのだろうが。
さて。
僕がこの街を一人で訪ねた理由は、多くの兵が殺された原因――つまりは、魔族を殺した人物を見つけることである。
今回は索敵と調査が目的なので、誰かを殺す必要は全くない。なんとも気が楽な仕事だ。
「といっても、どうやって探そっかなぁ……」
要するに強い人間を見つけ出せば良いのだが、生憎一目で相手の強さを測るような、都合のいい魔法を僕は持ち合わせていない。
アーシェルの『鑑定魔法』さえあればな、と少し口惜しく思う。
「強い人が居そうな場所……もしくは強い人を知ってそうな人……?」
人探しなんて、前世も含めてやったことは無い。
はて何から手をつけていいものやら。
「情報通……、酒場のマスターとかかな」
我ながら貧弱なアイデアに悲しくなるが、それ以外に行き先も思い浮かばない。僕はとりあえず向かってみることに決めた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「へいマスター。ミルクの炭酸割り一つ」
「変わったの飲むね、お客さん」
僕は路地裏で見掛けた、やけにオシャレなバーに入っていた。見目をしっかりと気にするとは、デロイアでは珍しいと言わざるを得ない。
あまり目立ちたくないから、という理由だけで入り込んだ路地裏ではあったが、まさかこんな雰囲気の店を見つけられるとは僥倖である。
「うん、良いお店だ」
「ありがとう。でも私としては、アルコールを楽しんでいって欲しいかな」
「ごめんね、まだ未成年でさ」
「よく一人で入ろうと思ったね……」
マスターは苦笑いを浮かべながら、僕のオーダーに答えるためのグラスを掴む。
ちなみにこの身体は一才である。
一般的には15歳から飲めることにはなっているので、あと14年くらい経たないと僕のアルコール人生は始まらない。
テーブルを挟んだ正面では、マスターが僕のグラスをかき混ぜており、白いミルクがシュワシュワと泡立っている。
勢いで頼んだけど、あれ美味しいのか?
「はい、ミルクの炭酸割り」
「サンキュー、マスター」
僕は目の前に置かれたグラスを見ながら、マスターにお礼を告げた。
こういう場では、まずは香りから楽しむってアーシェルに聞いたことある。確かテイスティングといったか。
やったことは無いけれど、郷に入れば郷に従えともいうし、僕は試すことにする。
「……ミルクの、匂いだ」
「当たり前でしょう」
鋭いツッコミを入れるのやめて欲しい。
まだ出会って一分だぞ僕ら。
僕とマスターの間に気まずい沈黙が走るが、僕は気にせずに本題に入る。
「マスター、聞きたいことがあるんだけどさ」
「ちゃんとそれ、飲みきってくれるなら答えるよ」
「……うん」
僕はグラスをぐいと呷る。案の定おいしくはない。
「この街で、一番強い人って誰だか知ってる?僕さ、強い人を探してるんだ」
「強い人?」
マスターは顎の髭に手を当てながら、天井を見上げる。
思い当たる人物を探しているのだろうが、しかしその表情は芳しくはなかった。
その顔がどんな意味を示すのか、と僕が推測するのも束の間、マスターは口を開く。
「一番って聞かれるとなかなか答えづらいね。このデロイアに集まる人間ってのはさ、そもそも強い人が多いから。私くらいの人間には、順位をつけるのが難しいんだ」
「そっか」
「すまないね」
僕は無味のドリンクを流し込みながら、マスターの言葉に頷いた。
僕が探しているのは魔族を軽々倒す、というレベルの人間である。しかしマスターの言う、「デロイアに集まる人間」という表現で語られる強さでは、その次元には遠く及ばない。
つまり彼は、僕が探しているような情報は持っていないのだろう。
上位の冒険者ですら、複数でチームを組まなければ下位の魔族にすら及ばないのが、この世界における種族の差である。
「あぁでも、そうだ。そういえば二日くらい前にも、同じようなことを聞かれたよ」
「強い人がいるかって?」
「そうそう。答えも同じようなものを返したけどね」
強い人間を探している人物が、僕以外にもいる。
そしてその人物が現れた日付は、兵が倒され始めたタイミングに被さる、ということか。偶然とは考えにくい。
「それ、どんな人だった?」
「男一人と女二人の三人組だったかな。三人とも武器を持っていたから、恐らく冒険者だとは思うが」
「三人組……」
四人でのパーティ行動が基本とされるこの世界では、三人組というのは歪といえば歪。
或いは四人目を求めて強い人間を探している、なんて可能性もあるか。
「ちなみに、その三人組に会うのは簡単だよ」
「どゆこと?」
「彼ら昨日から、力自慢を探すために腕相撲で懸賞を貼り出してるのさ。勝つとかなり上等なナイフが貰えるみたいだね」
「へぇ……。場所は分かる?」
「この路地を出たところの、一つ向かいにある大通りだったかな。結構な人だかりだから、行けばきっとすぐに見つかるよ」
「ありがとう、行ってみる」
とりあえず、謎の三人組に会ってみよう。
もし彼ら自身が僕の探す人物と違ったとしても、彼らが力自慢を探しているのなら、そこで得られた結果は僕にとっての利益になる。
行って損は無さそうだ。
「……」
ただそれよりも先に、まだ半分くらい残っているこのミルクの炭酸割りをどうにかしないと、僕はこの店を出られない。
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