第4話 二日目 - 2


 そしてアーシェルは、ルネスをどう利用するかについて話し出した。


「……まずは姫の眼球一つを抉り、それと合わせて髪の毛一束を王国の城へと送ります」


 開幕からエグイ、と思わせられるスタンス。

 口は挟まないが、僕は息を飲む。


「これは国王らに、『姫の身柄を預かっている証拠だ』、『我々は姫相手だろうと、どんな行為も躊躇しない』と宣言する目的です。その後の交渉を有利に動かす効果が見込めます」


「……なるほど」


「その後、姫の身柄を引き換えに『神剣ユグレシア』の要求――は失敗すると思うんですけど、まぁなんとか勇者装備の一つを奪い取れないかなって。引き際を見極めないと、人間共は『姫様は人間族の為に死ぬ覚悟をされている!侮辱するな!』とか勝手なこと言って姫を見捨てそうなので、そこは私が調整します」


「言いそー……」


 ちなみに神剣ユグレシアとは、勇者に与えれること、世界最強のつるぎである。

 魔王軍は人間が持っていると考えているが、実は人間側も魔王軍が持っていると考えている、何処にあるのかさっぱりな剣。



~~~

【遥か昔、『ユグドラシル』という巨大な木樹が、世界全てを覆いかけた。

 その危機から世界を救ったのは、どこにでもある『ドレシア』という一つの花であった。


 『ドレシア』は植物に寄生し、それが枯れるまで養分を吸い尽くす、という特徴を持つ。

 相手が大きければ大きいほど寄生確率が低下するため、通常は雑草に寄生するだけの、危険とは程遠い植物だ。

 しかし何の奇跡か、ある『ドレシア』は『ユグドラシル』への寄生に成功したのだ。


 『ユグドラシル』の持つ養分全てを吸い切り、一つの花に圧縮した『ドレシア』は、この世のあらゆる物質には再現不能の硬度を得たという。

 その一輪の大きな花から作り上げられたのが、『神剣ユグレシア』である。


 また切削の際には『ユグドラシル』が残した無数の種を利用したと言われ、その全てを使い果たした末に、その剣は完成に至った】

~~~



「――っていう伝説がある凄い剣」


「どうしました、急に」


 また無意識に口に出してしまう、悪い癖が出てしまったようだ。

 僕は気にせずに続けてくれ、とアーシェルに手を向ける。


「それで姫の身柄の交換についてですが、恐らく二週間。これが交渉にかかる時間だと推測しています。その間は姫には拷問や洗脳を行って、人間側の情報を引き出せるだけ引き出す予定です。貴方も本当に姫を性処理に使いたいのであれば、そのタイミングで交ぜて貰えば良いでしょう」


「……」


「私は交渉のテーブルで、人間共に引き渡すものを『生存している姫』で落とし込みます。恐らく人間側は『完全に無傷な姫』を要求してくると思いますが、既に眼球を抜いた後だからそれは無理だとか適当に誤魔化せば、どうにかなるかなと」


「……で?」


「要するに、完全に精神崩壊させた姫をお返しする形になりますね。彼女自身が優秀な魔法使いですから、戦力を削いで損はありません。最終的には、生きてるだけで使い物にならない姫と、勇者装備をトレード。……以上です」


 アーシェルってば、可愛い顔して恐ろしいことを考える。

 彼女は僕が思っていた以上に、何から何まで奪い取るつもりだったようだ。


「つまりアーシェルが考えてる適任っていうのは、拷問洗脳に精通してる奴?」

 

「ええ。四天王ザザミエです。……あの男なら、姫を殺してしまう心配もありませんし」


 ザザミエ。


 人間のぐちゃぐちゃになった泣き顔を見るのが生き甲斐だ、と豪語する、四天王一の残虐野郎だ。

 死のラインを見極める、という点において天性の才能を持っており、相手を苦しめる能力にて並ぶ者はいない。


 もし奴が、ルネスの前に立ったら、と。

 想像するだけで吐き気が止まらなかった。


 アーシェルは任された仕事をこなしているだけだ、と理解しつつも、僕は不快感を隠し切れずにいる。


「……あの、ユーリシュ。貴方を怒らせるような言葉があったのであれば、謝ります。どうしてそんな顔を?」


 魔族である僕が「姫を傷つけたくない」と考えるなど、アーシェルであっても想像がつかないのだろう。


「いや、なんでもないよ。……それよりも今の話を整理すると、必要なのは『姫の存在の証拠』『姫の持つ人間側の情報』『姫の無力化』であってる?」


「……はい。それ以外にも副産物は色々と狙っていますが、大きく分ければその三つですね」


 余計な感情は切り捨てて、少しでも頭を回すのが合理的である。それがルネスの為になるのは、考えるまでもなく明らかだった。


 僕は心を落ち着かせてアーシェルを見つめる。


「一つ、聞きたいんだけど」


「はい」


「アーシェル的に、今回みたいな人間側を騙す交渉は、メリットとデメリットどっちが大きいの?」


「デメリットですね。今後の交渉に悪影響を及ぼしますから。しかしそれに見合うメリットがあると判断しました」


「じゃあさ、僕が持ってる『呪封の首飾り』を使った方が良くない?」


 『呪封の首飾り』とは、身に付けると魔法が一切使えなくなる、呪われたアイテムである。

 外すには、首に掛けさせた人物の許可が必要になる。


「なんでそんなの持ってるんですか……」


「見た目が好きでさ。こっそり部屋に飾ってるの」


「呪物を自室に?バカですよ」


「バカは言い過ぎでしょ。……とにかくさ、これを使えば姫の精神崩壊なしで、無力化できるよね。騙すことには変わりないけど、幾らかマシじゃない?」


「……それは、確かにそうですけど。しかし拷問が必要になる以上、結局似たような行為は行われます」


 アーシェルは唇を窄めて、無駄ですよーと僕を睨む。


 ともあれ、まずは『姫の無力化』を解決。

 



 さて、次は――





☆彡 ☆彡 ☆彡





「姫の扱いに関してですが、ユーリシュの『複製魔法』を主軸に考えるべきだと考えております」


 魔王様を含む最高位メンバーに囲まれながら、アーシェルはそう話す。

 相変わらず部屋の空気は重く、口を開くことにすら抵抗を感じる威圧に包まれていたが、それでも会議の流れ自体は順調だった。


「現在、人間共の心理は『姫の救出』に傾いてる状況です。そんな最中に、姫の眼球や手足が送られてきたら、連中はさぞ慌てるでしょう。ユーリシュの『複製魔法』を姫の肉体に用いることで、姫を殺す心配なく、奴らの動揺を誘えます」


「はぁ?実物の手足を送りゃいいだろ。何をぬるいこと言ってんだアーシェル」


 と、半ば喧嘩腰のままに異論を述べるのは、四天王の一人であるザザミエだ。

 ザザミエは既に、自分が姫の拷問を行うつもりで居たようで、不満げな様子を微塵も隠さない。


「ええ。それも一理あるのですが、しかし今回私が考えているのは、人間共に『回復魔法を売りつける』ことです。負傷した姫を治療して欲しければ資源を寄越せと、交渉の合間に挟もうかと思っています」


「バカか。それこそ実際に切り落とさなきゃだろうよ」


「バカは貴方ですよザザミエ。本当に再生させるのに、どれだけコストが掛かると思ってるのですか?偽物の手足で騙し、資源だけを掠め取るのが最適です」


 結局僕とアーシェルの話し合いは、僕の『複製魔法』を全面に利用するという形に落ち着いた。

 僕が「残虐な魔族に滅ぼされた村」の演出にもよく使う、この『複製魔法』は、ただの肉塊としてならば、生き物にだって使用出来る。


 アーシェルの言葉にザザミエも納得したのか、舌打ちしながらも反論の口を閉じた。


 僕は安堵の息を吐く。

 四天王の中で、一番の懸念だった男が引いたのだ。


 このまま行けばルネスに対する権限は僕の手に入り、当面のルネスの安全は保証できるだろう、という確信を抱く。


 しかし。








「……アーシェル。余の方へ、寄れ」








 突如、魔王様が口を開いた。


 空気が凍る。


 僕ら四天王全員の視線は魔王様の元へと集まり、その瞳には各々の感情が映った。


 ザザミエは好奇。

 他二人はそれぞれ、疑問と困惑。

 そして僕は、ただひたすらに不安を感じていた。


 何もミスはしていない。

 会話におかしな点もない。


 だから殺される心配など、考えなくていい筈だ。

 しかしそれでも魔王様の声は、僕の恐怖を強く煽った。


 アーシェルは顔を青く染めながらも、慌てたように魔王様の方へと駆けていく。


 嫌な予感がした。





 そして魔王様のすぐ横に、アーシェルが辿り着いた。

 その、直後。


「はい、魔王様。いかがされま、し…………ぇ?」




――アーシェルの右腕が消えた。




 ほんの一瞬で。

 あった筈のものが無くなった。

 

 アーシェルの目が驚きに見開かれる。

 それがまだ痛みを感じていない、激痛が訪れる直前の顔だとすぐに分かった。


 世界が止まって見えた。

 魔王様の手には、白い細腕が握られていた。アーシェルの、綺麗な手だ。


 魔王様の仕業だと、理解した。


「――――ッ!!!」


 止めないと、アーシェルが殺される。


 僕は全力で、地面を蹴る。

 そして僕は、倒れたアーシェルと魔王様の間でひざまずいた。


 背後にアーシェル。

 正面に魔王様。


 弁明。問い掛け。謝罪。

 数多の選択肢が、脳裏を駆けた。


「――失礼しました魔王様。アーシェルの発言にご不満な点があったのであれば、私が代わってご説明致します」


 頭を、垂れる。


 全力で身体の震えを押さえ込んだ。

 歯が音を立てそうになるのも、声が揺れそうになるのも、死に物狂いで押さえ込んだ。


 そして同時に頭を回す。

 何故、アーシェルは魔王様の怒りを買ったのか。

 何故、唐突に腕をもがれたのか。


 地面の一点を見つめる。冷や汗が垂れる。

 焦点が合わない。息が、苦しい。


「……『回復魔法』」


「…………え?」


 ボソリと。

 魔王様が、何かを呟く。


 気がつくと、僕の後ろで呻いていた筈のアーシェルが、震える息を吐きながら、を押さえていた。


 アーシェルの顔は、涙と恐怖でぐちゃぐちゃである。

 しかし右腕は、元の形へと戻っていた。


 魔王様の唱えた『回復魔法』が、アーシェルの腕を生えさせたのだ。


――どういう、状況だ?


 アーシェルの腕を自分でもぎ取った癖に、自分で治した。

 魔王様の意図が全く見えてこない。


 一体どんな目的でそんなことを、と考える。


「……なるほど。これが『回復魔法』か」


「――――ッ」


 分かった。


 コイツは、『回復魔法』を試したかっただけだ。

 アーシェルが口にした『回復魔法』を試したくなって、その為だけにアーシェルの腕を裂いたんだ。


 狂ってる、と思った。

 僕は震える瞳を持ち上げて、その顔を見る。


 そこにあるのは、無関心。

 コイツは僕らに、一切の興味を示していなかった。

 使えるから使っているだけ。

 仲間とも部下とも、奴隷とすらも思っちゃいない。


 つまりは、道具以下。

 そして今この男はアーシェルを、回復魔法を起動させられるナニカ、として見ている。


――そうだ、これが魔王だった。

 

 世界を掌握する存在ってのは、こういう生物なんだなと、心の底から理解した。


「……退け、ユーリシュ。もう一度試す」


「……ぁ、や……ひっ……」


 アーシェルが、恐怖に声を洩らす。

 倒れ込みながら、僕の背中の裾を引っ張っていた。


 こんな怯えているアーシェルに、同じことを繰り返すって?

 こんな状態のアーシェルを、この化け物に渡せと?

 

「……ははっ」


 巫山戯んなよ。






 僕は手にナイフを握り、そして――


「……っ」


――己の腕を切り落とした。






「……魔王様。その程度の役割、私で十分でございます。お望みであれば、足でも切り落として見せましょう」


「……」


 痛みで思考が真っ赤に染まる。

 刃を振るう度に、気が狂いそうになる。

 


 


 知るか。

 泣いてる女の子を見捨てるよりは、遥かにマシだ。


 耐えろ。歯を食いしばれ。

 腐っても、元勇者だろうが。

 

 地獄には慣れてる。





「――もう一度だ、ユーリシュ。疾く落とせ」


 終わりが、見えない。




……

…………

………………


 





 気がつくと、酷い血溜まりに居た。

 これが全て僕の血だと認識するには、ほんの少し時間がかかった。


 朦朧とする意識の中、自分が両膝を着いていることだけは何となく分かる。


「ごめんなさい……っ!私のせいで、こんな……!」


 胸元に、暖かい感触があった。

 緑色の、さらさらした何かが見えた。


「ユーリシュ!しっかりしてくださいユーリシュ……っ!」


 頭が回らない。

 視界が歪む。

 痛みで気が狂ったのか、血が足りないのか。

 




 まぁなんだっていい、最大の目的は果たしたのだから。

 アーシェルの提案がそのまま可決され、僕はルネスの管理権限を手に入れた。

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