第3話 二日目 - 1
これから行われるのは、魔王様と参謀に四天王を合わせた、最高位六人での定例会議。
週に一度の頻度で開かれ、人間を滅亡させる為の戦略を、明確に擦り合わせる場である。
僕の前任に当たる四天王が魔王様に殺されたのも、この定例会議のタイミングだったと聞くので、変な発言は決して許されない。
故に普段の僕であれば、適当に参謀の話に頷くのだけなのだが、しかし今回の議題ではそうもいかなかった。
これから話し合うそれは、『姫の身柄をどう利用するか』である。
そんな議題において流れに身を任せる、なんてのは不可能だ。もし展開を誤れば、ルネスは拷問強姦の果てに殺されるのだから。
以前魔王軍に囚われたとある貴族は、身体を六つに分けられて、国王及び各町の長の元へと送られたらしいが……ルネスをそんな目に遭わせてたまるか。
「それでは
テーブルに着く魔王様と僕ら四天王とは対称的に、魔王様のすぐ横に立つ女が一人いた。
参謀アーシェル、魔王軍の頭脳とも呼べる人物だ。
彼女は普段から白衣を纏い、サイズの合わぬ大きな丸眼鏡を身につけている。
参謀、兼科学者。それが彼女の立ち位置だった。
戦闘バカの多い魔王軍では珍しい、理知的な存在であるため、話の通じる相手として僕と彼女はそれなりに親しい。
「――――。」
アーシェルは、右目にかかる緑色の髪を指で押さえながら、さり気なく僕を見る。
彼女が表情を変えることは無かったが、それでも彼女が「任せてください」と目で語ってきたのは、何となく分かった。
結論から言ってしまうと、僕は会議を狙い通りに進めるために、アーシェルを懐柔したのだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「……姫の管理権限ですか?」
「うん。どうにか僕の方に回して欲しいんだよね」
アーシェルの実験室にて、僕は彼女と顔を合わせていた。
アーシェルは何かの液体を入れた透明な筒を振りながら、胡乱げに僕に目を向ける。
「珍しいですね、ユーリシュが私にお願いとは。何かありました?」
「別に何かってことは無いんだけど……ただ姫様に一目惚れしちゃってさ。だからそういう用途で使うのもありかなって。……分かるでしょ?」
「貴方が?女を?性処理に?――ダウト」
「ダウトじゃねぇよ僕だって男だぞ」
アーシェルは僕をビシーッと指差しながら、もう片方の手で眼鏡を持ち上げた。
クールでダウナーな瞳に惚れそうになるが、生憎そんな場合でもない。
「いや、だって……。人間を殺すときですら、首チョンパ瞬殺を信念にしている貴方が、そんなお願いしてくるとか気持ち悪いじゃないですか」
「へへっ。男ってのは、好みの女の子を見つけた瞬間に野獣に変わるんだぜ」
「フッ」
「鼻で笑うのは違くない?」
全くもって納得できん。
捕虜を犯すなんて、魔王軍にしてみれば大した行為でもないのに、まさかここまで否定されるとは思わなかった。
僕の演技自体は完璧だった筈だが、残念なことに普段の素行が良すぎたらしい。なお魔王軍としては問題児である。
アーシェルは不満そうな顔をする僕を見上げると、ふと深く溜め息を吐く。
「……私って可愛いじゃないですか」
「急にどしたの?」
「取り敢えず頷いて貰えます?」
「うん可愛い可愛い」
「では私のこと犯したいって思いますか?」
「いや、別に……」
「であれば、貴方が姫を犯すこともありません。Q.E.D.――証明終了です」
「無理があるわ。あとドヤ顔止めろ」
流石に飛躍が過ぎるだろ。
あとどうしてお前が、ルネスよりも可愛い前提なんだ。
三段論法の勉強してこい。
「そもそもユーリシュって生殖器とかあったんですね。てっきり無性タイプの魔族かと思ってました」
「そ、そこまで……?」
「なにせこんなに可愛い私を犯さないですし」
「さっきからどこから来んの?その自信」
「論理的事実として」
「論理的事実」
この女はそのうち「~である。よって私は可愛い。Q.E.D.」とか言い出しそうで恐ろしい。
アーシェルが可愛いのは認めるが、それでも自賛が過ぎれば距離を取らざるを得なかった。
「……まぁ、いつになったらユーリシュが私を犯すのか、って話は置いといて――」
「そんな話はしてないし置くな。捨てろ」
「――姫の管理権限の話については、お断りします」
「……っ」
急に真面目な話に戻されて、僕は不意にリアクションに困る。
アーシェルの纏う空気は一瞬にして変化し、その瞳の色は参謀のものへと戻っていた。
僕は一瞬フリーズした頭を切り替え、アーシェルに問いかける。
「……理由は?」
「姫の利用価値は、魔王軍に全体にとってあまりに大きすぎます。一切の躊躇なく利用して、最大の利益を上げるべきです」
「そりゃ分かるけど」
「それに。作戦に私情を持ち込んだことがバレれば、私が魔王様に殺されます。……嫌です」
「…………」
恐怖を堪えるように僕から目を逸らすアーシェルを見て、僕は返す言葉が思いつかなかった。
僕はルネスの為であれば、幾らでも命を削る覚悟があるが、しかしそれをアーシェルにまで求められるわけが無い。
アーシェルは、唯一僕と対等な友人なのだ。その身を危険に晒せとは、口が裂けても言えなかった。
「私も、貴方の頼みは聞いてあげたいですが……、ごめんなさい」
アーシェルは顔を伏せ、申し訳なさげに謝罪を述べる。
僕よりも遥かに賢いアーシェルのことだから、きっと僕が何かしらの理由を抱えている、ってとこまでは推測が及んでいるのだろう。
だからこそ彼女は、苦しげな表情を浮かべていたのだと思う。
「あはは、そんな顔しないでよ。正直なとこ、断られるのは予想してたからさ」
しかし当の本人である僕は、断られたこと自体はそこまで気にしちゃいない。
僕の表情が明るいままであることに気づいたアーシェルは、唖然としながら口を開く。
「……え、そんな軽いノリのお願いだったんですか?てっきり、私に断られると超困る案件かと想像してたんですけど。あまりにも断りづらすぎて、わざと話を脱線させるほどだったんですが」
「……え?待って、最初のアホな会話わざとだったの?もしかして話を逸らす為に、恥ずかしいの我慢して『私は可愛い』って連呼してたの?流石にそれはアーシェルちゃん可愛い。……襲っていい?」
「バカなこと言ってないで、さっさと本題に入ってくださいよ」
「は?急に梯子落とされたんだけど。僕だって冗談だからな」
閑話休題。
「とはいえね、本題自体は変わらないんだ。最初に言ったセリフそのまま」
「姫の管理権限ですよね」
「そうそう。ついでに言うとアーシェルの言った通り、断られたら超困るってのも合ってる。……それこそ、ホントにアーシェルを襲わなきゃいけなくなるくらい」
「殺されちゃう感じですか?」
「殺しはしないけど、丸一日くらい気絶してもらうかな」
ルネスを力づくで逃がすのに、アーシェルという頭脳は邪魔過ぎる。
まぁ例えアーシェルが留守だったとしても、魔王様が常に城で過ごしている以上は、強引な脱走など千回試して一回上手くいくかどうかだが。
「それで本題そのままに、こっからが本番なんだけど……アーシェルは今、どんな姫の使い方を考えてるの?」
「……教えるのは構いませんが、それを聞いてどうするつもりです」
「僕に任せた方が良いぜ、ってアーシェルにアピールしようかなと。論理的に僕が一番適任って分かってくれれば、私情を挟むことも無く解決でしょ?」
それならば、アーシェルが魔王様に何かを言われる心配もない。
僕よりも姫の管理に適していると感じる四天王が、今のアーシェルの頭の中にはいる。
だから僕は、それを超えれば良いのだ。
「そんなの無理ですよ。もしかしてユーリシュ、私のことバカにしてますか?これでも参謀やってるんですから、貴方が気づけることを、私が見逃すなど有り得ません」
「ホントに?僕の部隊――僕も含めて、誰にも教えてない能力結構あるけど」
「……は?」
四天王全ての部隊、全ての能力を把握しているつもりだったらしいアーシェルは、僕の一言に言葉を失う。
生憎だけれど、むしろ隠し玉を一つも持ってない四天王なんて、誰も居ないんじゃないかな。
「そ、そんなの、魔王様に殺されてしまいますよ……。正直に話した方が良いですって」
「気持ちは分かるけどね。……でもさ、それ以前に僕ら現場組って、作戦に失敗したら殺されるんだ」
「……?そう、ですね」
「要するに僕らは、一回もミスが許されないわけ。なのに魔王様は、僕らの戦力ギリギリで対応できる作戦を要求してくる」
「……あぁ、なるほど」
「うん。――そんな環境で、最大戦力を伝えるわけないだろって」
恐怖政治ってほんと良くないなー、と僕は思う。恐怖政治によって生まれた不穏分子である、この僕が言うのだから間違いない。
ともかくアーシェルは、僕の言葉が全くの嘘ではないと理解してくれたようで、改めて会話の姿勢に戻ってくれた。
「そ、そういうことなら。……大して複雑でもありませんが、とりあえず現段階の構想をお話します」
「お願い」
そして、んんっと喉の調子を整えながら、アーシェルは話し出す。
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