第13話 8月17日(木)
日が落ちて、ようやく空が濃い紺色へ変わっていく。これで日中の暑さももう少しマシになれば最高なのだけれど、今夜も相変わらず、寝苦しそうだ。冷房と外の空気が混ざり合って、なんとも言えない微温さを味わいながら、まだ微かに冷たいビールを飲んだ。
向かいの席に座る哲朗は、色が違うビアカクテルに口をつけ、満更でもなさそうな顔をしている。隣に座っていた森田さんは、控えめなペースでグラスを傾けていた。
「強引に付き合わせちゃって、ごめんね」
僕の言葉に、森田さんは「いえいえ」と微笑んだ。
「たまにはこういうのも必要ですから。向こうは向こうで、お義父さん、お義母さんと美味しいもの食べに行くって言ってましたから」
森田さんは笑いながら、自分の前にあるハンバーグにナイフを入れる。なんとなく遠慮がちな動作で口へ運んだ。
哲朗は楽しそうに生ハムを二、三枚を箸で取って食べた。さっき運ばれてきたばかりの緑のビアカクテルを飲み切って、ドリンクメニューを開いている。
「お盆も全然帰らなかったんだって?」
僕の問いかけに、哲朗は顔を上げることも、返事をすることもない。メニューに目を落としたまま、「どうしよっかな〜」と呟いている。
「この間のパーティにはいましたよね?」
森田さんはビールで口を湿らせ、哲朗の横からドリンクメニューに目を走らせる。珍しくスーツで着飾っていた哲朗を見たのは、先週のことだった。森田さんも会場にいたんだっけ。
僕が「どうやら、あの時だけだったらしい」と言うと、森田さんは「へー」と半ば驚いた様子で声を上げた。「もっと帰って、親孝行した方がいいよ」と付け加えながら、森田さんはワンサイズ大きめのビールを頼んでいた。
「必要なタイミングで帰ってますよ。勉強と仕事で暇がないだけです」
哲朗は顔をほんのり赤らめながら、シャンディガフを頼んだ。
「じゃあ、来月の連休には帰れるよな?」
僕は若干嫌味なトーンを込めて言った。哲朗は肩を竦めただけで、明言を避けた。
「ま、程々に」
森田さんの優しい声かけには、素直に「はい」と答えた。
「哲朗君が近くにいてくれる安心感はありがたいし、心強いじゃないですか」
「実家も全然近いんだけどね」
「それも、そうなんですけど」
森田さんは乾いた笑い声を響かせながら、テーブルに運ばれてきた新しいビールに口をつけた。哲朗は僕たちのやりとりを気にすることなく、一人で飲んで、一人で食べている。
「兎にも角にも、二人にはますます頼っていくから、よろしく頼むよ」
森田さんは力強く頷いてくれたが、哲朗は僕のことなど眼中にないらしく、とにかく飲んで、食べてを繰り返している。難しい話、ややこしい話はもう十分だ。そっちがそのつもりなら、こっちも付き合ってやる。
森田さんにドリンクメニューを取ってもらって、ハーフ&ハーフに決める。豪快に食べる哲朗に合わせ、つまみも何か追加しよう。とりあえず、サラダは頼んでも良さそうだ。手を上げて、店員さんを呼ぶ。
明日のことも頭に片隅に入れつつ、今日はとことん飲んでやる。
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