第4話 梔妃テイラー
◇梔妃テイラー
村を出て数時間ほど経つとすると山道に入った。太陽の位置からすると時間は昼を過ぎていた。
「アンディ昨日も本読んでたの?」
「なんだっていいだろ。昼間は手伝いで読めないんだから」
働くのは嫌いだが本を読むのは俺の中で最大の娯楽だ。普段から誰と遊んだりとかもするわけじゃない人間にとって唯一の友といっていいだろう。
それに本は多くのことを知ることができる。先人の知恵が詰め込まれた本は最早人類の宝と言って良いだろう。
人間の根源にあり、全ての行動の原動力となるもの。それは好奇心である。それはつまり知識欲に他ならない。
対して本は人類における叡智の塊である。
史実は人類の思考プロセスを語り、物語は前例に囚われない思考を生み、学術書は新たに知識を授ける。
だから俺は尽きることのない知識欲を埋める本が好きだ。
「アンディって普段はどんな本読んでるの?」
「伝記、哲学、物語、色々ある。別に種類は問わない」
青々と茂る葉、山道に沿って流れ透明に輝く川に、初夏の暑さが混じり合う。
多くの人々が見ればそれは夏の爽やかさを思い浮かべるようなそれらは俺達にとっていつも重い過去の記憶を呼び起こしてくる。
「そういえば王都に行く前に一つ寄って置きたい場所があるんだけど寄ってもいいか」
「しょーがないなぁ、一人でいても詰まらないしから付き合ったげる」
はいはいそりゃどうもと礼を言うと俺達はとある場所へと向かった。
そこは今では雑草とシロツメクサがまばらに咲いているだけのなんの変哲もないたたど野原。
「あれから、五年が経つんだな」
今日から丁度五年前、かつてここに存在したグレンズ村はプレイヤーという戦士達に襲われた。
恐らくこの地に繁殖する薬草の独占を狙ってやってきたのだろう。
村は完全に焼き払われ、薬師の人以外の住民はテイラーただ一人を残して惨殺された。
「やっぱり今でも彼らと戦おうとしてる?」
テイラーは心配そうな顔をこちらに向ける。その声には出来ることなら戦わないで欲しいと願う顔
「そういう状況になればな」
「無茶だけはしないでね」
「分かってる」
俺はそう口にしたがの彼女の顔はどうもパッとしていなかった。
気づいているのだろう、もし敵と対峙することがあるとすれば俺は必ず無茶をしてでも戦ってしまうということを。
俺の心は未だに五年前に残っている。プレイヤーに対して怒り、憎しみを五年間持って生き続けてきた俺にとって、それが無くなった生活というのが分からない。その分からないということが堪らなく怖く、不安なのである。
しばらくしてテイラーが口を開く。
「あたしさ、あの時なんでか他の村の人たちを見殺しにしちゃったんだよね。なぜか、どうしてか、体が動かなかったんだ。あたしそれが凄い許せなくてさ。それなのに自分だけは悠々と生延びちゃってさ……ねぇどうしてアンディはあたしを助けたの?」
テイラーはその澄んだ瞳に涙を浮かべ、唇をぐっと噛みしめていた。
唇は強く噛んでいるからだろう、少し血が滲んでいる。
それがプレイヤーに対して、そして仲間を助けられなかった己への怒りであることを理解するのにそう時間は掛からなかった。
「——さぁな、なにか理由があったような気もするし、そうじゃない気もする。五年も前のことだからな、流石に忘れちゃったな」
「ねぇ、訊きたいことがあるんだけどさ、どうしてあたしを助けたの?あの時、あたし以外にも助けられるような人居なかったの?」
あの時、確かに俺が畑の方では無く、もし村の中の方へ行けば助けられる人は多かったかもしれない。
「お前、助けられたくなかったって言うの?」
「あたしじゃ無くてさ、もっと他に助けるべき人はいなかったの」
正直、自分でもなぜわざわざ畑へ向かおうと考えたのか、それは分からない。
五年前のことで朧気にだが、あの時村に行く途中畑にいる人々を数人見た気はする。
だが、それも当時畑へ向かった理由ではなかったと思う。
ただの偶然だったのかもしれない、そういう運命だったのかもしれない。
「いたか、いなかったかで問われればいた、かもな。でもさ、まぁ何はともあれ俺はお前を助けたんだよ」
「あたしは助けてなんて頼んでない」
テイラーは吐き捨てるように言う。
「それでも俺は俺の意思でお前を助けた。確かにこれは俺のエゴだ。でもなこれまで一緒に暮らしてきたのはお前の意思だ。それでもまだ悠々と生延びちゃってとか言うつもりかよ」
売り言葉に買い言葉で俺も声を荒げた。それでも俺は更に言葉を続ける。
「テイラー、どうしてそこまで自分を否定しようとする?」
「あんたにはわからないよ。あたしがどういう気持ちなのかとか」
「だからお前は馬鹿って言うんだよ。俺とお前は似た者同士、大切なものを失ってなおも生延びた者だ」
「だから何だっていうのさ!」
俺は俯くテイラーの顔をこちらに向けて言葉を放つ。
「俺だってあの日父親を失って、今のお前みた考えたことだってある。だからこそお前に言ってやる。お前は馬鹿だ。だけどお前は誰よりも優しい奴だと俺は知っている」
「……⁉」
テイラーは突如かあああっと顔を赤らめた。
「だからこそお前は亡くなった仲間たちの分も生きる義務がある。それでももし辛いって思ったときは頼りないかもしれんけど俺に頼れ。半分くらいなら肩代わりしてやるよ」
「わ、分かったよ。て言うかあんた、あたしのこと馬鹿馬鹿言い過ぎだから!あたしそんなに馬鹿じゃないから!」
「ま、まぁ何はともあれ、お前は根暗な俺みたいなやつとは違ってうちの村一かわいいって言われてるんだからお前が死んだら村の人全員が泣いて悲しむぞ」
ゲシッ——と俺の腰にテイラーの蹴りが入る。
「痛っ!えっ、なんで?なんで俺蹴られたの?理不尽すぎね?なぁ」
「知らない!」
俺の抗議は虚しくもテイラーのそっぽにかき消されテイラーはすたすたと俺の前を歩いていく。
「あ、あのさ、アンディはさ、その……どう思う?」
唐突に立ち止まってテイラーは俺に訊いてきた。
「どう、とは?」
「いや、だから、その……えっと……」
テイラーにしては珍しく歯切れが悪いな。
「なんだよ。言いたいことあるならはっきり言えって」
「その……あたしのこと……どう思ってる?」
「え?なに、ごめん聞こえなかった。もう一回言ってくれないか?」
「あーもう馬鹿!死ね!鈍感!アンディの馬鹿って言ったんだよ!」
「おい、待て。え、ちょ、酷くね⁉」
「うるさい!大体アンディは色々雑すぎるの!朝は寝坊、約束は忘れる、仕事になればあんたの尻拭いはあたしがいつもしてるのに!」
「ご、ご迷惑おかけしてます……」
否定のしようもない事実に俺はただただ謝り続けるのだった。
その後しばらく村の跡地を散策して俺達は馬車へ戻り、馬に鞭を打って再び王都に向かって走り出す。
「それでさ、どうだ?気持ちの整理とかできたか?」
「うーん、どうなんだろ。でも、そうだね前より今を向き合えるようになった気がする。ねえ、それより見て!クチナシの花が沢山咲いてるよ!」
いつもならクチナシの何色にも染まらないと謳っているような白さも、テイラーの前では彼女をより美しく魅せるために咲いているようだった。
「クチナシは薬草としてだけじゃなくて、染料とか、着色料とかにも使えるんだよ」
「そうなのか、それなら今はちょっと荷物が多いからこの仕事が落ち着いたら一緒に取りに来るか」
それを聞いてぱあああっとテイラーは明るい笑顔で頷いた。
「絶対また一緒に来ようね!」
「そういうの死亡伏線(フラグ)っていうんだって昔村の人が言ってたぞ」
あ、今の藪蛇だったかもと思った時にはいつも時すでに遅し。
ゲシッ——俺はテイラーに思いっきり膝を蹴られるのであった。
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