第5話 とある野菜娘
◇とある野菜娘
それにしても今回は荷物が本当に多いものだ。
というか寧ろちょっと多すぎるくらいで、これを全部売り切るのは大変そうだ。
「これ、全部売り切ったらいくらになるんだろうなぁ」
「分からないけど絶対今までで一番になると思うよ」
いっぱい稼げれば荷車を新調できるのだ。
これには期待に胸が膨らむ。
「でもさ、こんなに荷物あったっけ」
「こんなもんじゃなかったか?」
とは言うも、確かに言われてみればもうちょっと少なかったような気がしないでもない。
「ねぇ、やっぱり増えてない?」
再びテイラーが訊いてくる。
「な、なに言ってんだよ。そんなわけないだろ最初からこんなもんだって」
「なんでそんなに早口なの?もしかして怖い?」
「は、はぁ?そんなわけないから。怖がってないから!怖がってないから!」
そう俺は決して怖がってなどいない。
勿論、早口なのは気のせい。
「そんな大きな声で言わなくてもちゃんと聞こえてるって」
「大声出してないからね⁉」
そうこの声は地声。
大丈夫、俺は怖がってなどいない。
——ガサゴソ
「今後ろの荷物動いたよね」
「ごめん俺前見て運転中だから見てないわ」
「すごい汗かいてない?てか鳥肌立ってるし。やっぱ怖いんじゃん」
「汗は熱いから。鳥肌は冷えたから」
「いや、カタコトで言われても説得力無いから。あーもう焦れったいからもう確認するよ」
「ま、待て、確認するなら俺やるから。おれのタイミングで確認しないとガチで怖いから」
「やっぱ怖いんじゃん」
「ほ、ほっとけ」
俺は操縦をテイラーに代わり、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ怖がっていたがナイフを取り出して、後ろにいるらしい何かを確認することにした。
「怖くない、怖くない、怖くない」
何かいるところの上にある荷物を一つ一つゆっくりと退かしていった。
そして、野菜の入っている袋を持ち上げた時、
「あれ?これ軽くね?っていうか、え、中身無——」
「くね?」と続けるつもりだった俺は袋の下を見た。
——むしゃむしゃむしゃ。
「あれ、俺ちょっと疲れてるのかも」
うん、間違いない。
俺は絶対疲れて幻覚を見ているんだ。
ネズミやゴキブリならまだ分かる。
一万歩くらい譲って、暗殺者とかがいたとするのも普通はあり得ないけどおとぎ話の世界ならあり得ないこともないだろう。
だが、俺がみたのは女の子。それも顔だけ出して野菜をむしゃむしゃ食い続けている女の子。
これが夢じゃないならいったい夢とは何なのか。
「ねえ、何がいたの?」
テイラーは一度馬車を止めて俺に訊いてきた。
「ごめん、俺疲れてるのかもしれない。なんか袋どかしたら女の子が見えちゃってさ、ちょっと目覚ますために一発頼むわ」
「え、あんた女の子の幻覚が見えるほど疲れてるの?それ疲労通り越して病気なんじゃないの?」
なんかこいつちょっと怒ってないか?
というか、こいつ俺をなんだと思ってるんだ。
「まあ頼むよ。あ、少し気使ってもいいk」
——バチィィィン‼
テイラーの全力百パーセントのフルスイングビンタは俺の顔に直撃した。
「ああああ‼痛ったー‼」
こいつ本気でやりやがった⁉
「どう?起きた?」
「は、はい……目は覚めました……」
ビンタのせいで頬をリスのように腫らした俺は再び先ほどの袋の下を確認しに行った。
さっきのは夢でありますようにと祈りながら、もう一度俺は袋を退かした。
——むしゃむしゃむしゃ。
「ですよねぇ。これ現実ですよねぇ。」
「アンディ、結局なんだったの?」
「えーっと、その、やっぱり女の子だったんだけど……」
「それは何?死にたいってこと?そっか死にたいのかあ。アンディ、ちょっとだけナイフ貸してくれないかい?」
光を目から失いながら無表情でテイラーは俺に語り掛けてきた。
「い、いや本当にいるんだって、ちょっと確認してくれって」
俺はテイラーを荷台へ案内して、袋を退かす。
——むしゃむしゃむしゃ
「う、うそ。ホントに女の子が……」
テイラーもまだ半信半疑なのか頬を自分で抓りながら言葉を漏らしてるな。
「おい、お前!いつまで野菜食ってんだ!」
「おや、すまない。空腹で死にそうだったものでな。しかしだな、野菜というのは栄養価が高く、美容にも良いものなんだぞ。特にこのトマトとか」
少女は食べるのを止めて起き上がった。
そのシルエットはスラっとしていて俺と同じくらいの背丈だろうか。栗色のショートボブは癖毛なのかすこし跳ね、黒瑪瑙(オニキス)ような瞳は猫っぽい吊り目。そして、その大きく張った胸に目が……ってそうじゃなくて、もしここに千人の人がいれば間違いなく千人全員が美少女と認め、求婚を申し出る人も多くでることだろう。両手にトマトを持ち、口の中いっぱいにトマトを頬張っていなければな。
「うわっ!ってか喋った!」
いきなり少女が喋りだすものだからテイラーは素っ頓狂な声を上げていた。
「おい、君初対面の人に対して失礼だぞ。僕だって喋るんだぞ。ていうか僕の渾身のVRギャグもスルーされるとちょっと寂しいんだが」
「あ、そう言えばお前、俺達の売り物勝手に食ったろ」
どこがギャグなのか分からないので、俺もそのギャグについては触れずに話を進めた。
少女はおーというように手を打ってどこにしまってあったのか、大きな袋を取り出した。
「ああ、あの野菜は実に旨かったぞ。瑞々しくてそれでいて甘みもある。あんなにおいしい野菜は初めてだ。それで、これはその礼だ、受け取ってくれ」
彼女がどこからともなく袋を受け取ると、——ドスッ!と俺はそれを落としていた。
「重っ!なんだこれ、いくら入ってるんだ?」
「金貨二百枚だよ」
「「金貨二百枚⁉」」
俺とテイラーは声を揃えて大声を上げた。
金貨二百枚、だと。金貨一枚で王都における宿一泊分だぞ。
金貨二百枚って馬車買えるとかってレベルじゃねぇぞ!
テイラーにどうするか尋ねようと、そちら振り向くとテイラーは、
「馬車で五十枚、新しい農具で十枚、あとは、あとは……」
テイラーは金貨百枚で何を買うかで現実逃避している。お前怖えよ。それ呪文か何かですか?
「ま、待て。お前はこんなに渡しちまって大丈夫なのかよ」
「あー、こんくらい全然大丈夫だよ?僕いま六万くらいあるし」
ろ、六、六万……え、この人マジ何者だよ。
六万って普通に王国の予算並みだろ……
「ていうかさ一つ言わせてもらうけどさ、さっきからお前、お前って呼ぶのいうの止めてくれないか。僕にはルネって名前があるんだから。ほらステータスバーに表示されてるの見ればわかるでしょ?」
ルネと名乗った少女はそう言って自身の頭の上を指をさす。
ルネの言うステータスバーが何か分からないが、すくなくとも俺の視界には何も映っていない。
「アンディなんか見える?」
「いや、何も見えない」
どうやら俺だけじゃなく、なにも見えていないのはテイラーも同様のようだ。
「え、見えない?おかしいなぁ。あれ、僕も君たちの見えないんだけどバグかなぁ?」
「あのさ、そもそもステータスバーって何だ?あとそのバグっていうのは何なんだ?」
先ほどから知らない単語が立て続けて出てきているので俺は一応その点を訊くことにした。
するとルネはこちらを訝しそうに見つめながら口を開いた。
「さっきまで全然気にしてなかったけど、君見慣れない装備だよね。だからなのかPK目的のプレイヤーって感じがしない。あのさ、その装備どうやって手に入れたの?」
『プレイヤー』——その言葉が出た瞬間俺たちは警戒心を最大限にして、俺はナイフを、テイラーは弓に手をかけた。
「え、ちょ、ちょっとまって。どうしてそんなに急に警戒するのさ。僕何かしちゃったかな?」
(何かしちゃったかな、だと?)
「お前達プレイヤーは自己の利益の為だけに俺達人間の住む村を奪い、そしてその為に多くの人を殺してなにかしちゃっただと?ふざけるのも大概にしろよ!」
「アンドリュー落ち着いて!」
テイラーの俺を止める声は届かず、それまでなんとか理性で踏みとどまっていたが遂にその鎖が砕かれた。
俺はナイフを抜き最短最速のコースでルネに向かって突進する。
「死ねぇぇぇ!」
しかし俺のナイフは彼女に届くことはなかった。
ルネは俺のナイフを掴んでパキッとそれを折り、すぐに俺の腕を掴んだ。
こいつ、滅茶苦茶強えぇじゃねえか。ナイフ折るとかどんな握力してんだ、この女。
「君さ、人の話は最後まで聞こうよ」
ルネは先ほどまでのちゃらんぽらんとしていた態度とはうって変わり、急にその濃密で、カミソリのように鋭い殺気を言葉に纏わせていた。
俺は彼女に瞬く間に無力化され、舌打ちして折れたナイフを手放す。
「ア、アンドリューをまず離しなさい」
俺の後ろから震えながらもなんとか声を出したテイラーは弓を構えていた。
普段の「アンディ」という呼び方が「アンドリュー」と変わっているところからも焦りが直に伝わってくる。
「もとはと言えば君が先に手を出したんだけど——まぁいいか。その代わり君らも僕に攻撃はしないでね。次そういうことがあったら、殺しちゃうかもしれないから」
「分かりました。アンドリューも少しは落ち着いて」
俺の悪い癖だ。『プレイヤー』絡みの件になると、つい冷静ではいられなくなってしまう。
しかし、こいつの殺気、今までに感じたこともないほど濃く、重たいものだったな。
五年前の襲撃の時でさえ、こいつほどのものを発したものは、あのマスターと呼ばれていた細身の男くらいだろうか……
「ああ大丈夫だ、落ち着いた。とりあえず遅くなったけど俺はアンドリュー=アインザック。さっきはいきなり襲い掛かって悪かったな。まぁアンディって呼ばれることが多いからそう呼んでくれ」
「あたしはテイラー=クランドだよ。そのままテイラーでいいからね」
俺に続いてテイラーも答える。
「僕はルネ。クラスは今はブレーダーだよ。ところでさ君たちはNPCなのに見てると普通に会話できてるし僕たち人間と大差ないように思えるんだけど」
『NPC』か。そういえば昔襲ってきた大男もそんなことを言っていたな。
「NPCってのが具体的にどういうのか分からないが多分そうだと思う」
「あたしたちは一応普段は農業とかして、偶にこうやって王都に行って、行商をしてるんだ」
ルネは呆気らかんとした表情で俺達を見つめていた。
(なんだ、俺たちがそんなに可笑しいのか)
「え、それじゃあ君たちは自我をもって行動してるって事かい?そんなことがありえるのか……」
「俺たちが自我を持って行動してるかって?それ普通じゃないのか?」
「普通なわけあるか!しかもここまで高度な知能を持ってるとなるとこれは『ちょっとすごいNPC』って領域すら遥かに凌駕しているんだよ!」
俺は当初ただ話を聞いていたのだが、このルネの慌てっぷりを見るとどうやらただ事では無いらしいことは窺えた。
「いいかい?君たちは自分たちとプレイヤー以外で自分の意思で動いてる人たちを見たことがあるかい?ないだr」
「「あるよ」」
ルネは俺たちのような人間が他にいないと思っているらしい。
が、俺達は村の人間は皆自分の意思で動いているはずだ。
仮に彼等が自分の意思ではなく仕組まれたものだとしたら余りにも不規則すぎる。
「うそでしょ、どこでそんな人たちに会ったっていうの⁉」
ルネはいきなり俺の目の前まで詰め寄ってきた。
「俺達の村の人だよ……昔から俺らと同じ感じだったぞ」
「人工知能の村……」
ルネは余りに衝撃的な出来事だったのか茫然としていた。
すると横からテイラーが
「あ、でもあたしは……ふもごもご!何するのアンディ!」
俺は自身のことを切り出そうとしたテイラーの口を慌てて手で塞いだ。
少々乱暴だったのは悪いがここで自身のことを語られると俺も眼についのことを話さざるを得なくなってしまう。
「お前のことはまだ伏せておいてくれ。ややこしくなりそうだし。不用意に情報を開示する必要はない。まだどこまで信用できるかも分からないしな」
俺たちのやり取りを見られたかと思ったが……どうやら、その心配は無さそうだな。
ルネは俺達とのやりとりを横にずっと何かを考え込んでいるようだ。
「そっか。うん、そうだね」
俺のそれっぽい理由でテイラーは納得したようだな。
しかし、ルネはそうはいかないだろう。
向こうからしたら俺たちは巨大な宝石でも見つけたかのような、いやそれ以上の出来事に遭遇したようなものなのだろう。
「うーん、正直色々と君達の存在については訊きたいんだけどさ、でも僕らまだ初対面じゃん?まあ、だからそういうのはもっと仲良くなってからでいいよ!」
「いいのか、本当に。俺はもっとぐいぐい訊いてくるものだと思ってたんだが」
以外にもルネはあっさりと引き下がってくれた。
俺は訊きに入られたときどうやって誤魔化すかを考えていたが、どうやら杞憂だったみたいだな。
「いいんだよ。下手に地雷踏み抜いてこれ以上君達との関係を悪くしたくないし。そもそも僕は君たちと仲良くできればそれで良いんだ」
思っていたよりもずっと欲のない奴だな。などと考えているとルネは俺の方をジーっと見つめてくる。
「アンディ君、君さぁ今欲のない奴とか思ったでしょ」
「えっ、なんで分かんの?魔法?」
こいつ何者?人の心読めるとかそっち系?まぁ、あっち系もこっち系も分からないけど。
「いやいや、普通に君分かり易すぎでしょ。ぷふっ」
我慢していたが堪えきれなくなったのかちょっと吹き出しやがる。
なにこいつ、めっちゃ腹立つんですけど。
「まあまあ二人とも落ち着いて。それに実際アンディの凄い分かりやすいよ。顔にでっかくはっきりと文字書いてあるよね」
「アンディ君ってさ、正直、動物の感情表現といい勝負だよね」
「おい、お前ら好き勝手言いすぎだろ」
お前らさ、好き勝手言った挙句に俺のことを無視するとか俺の扱い雑すぎませんかね?
「ねぇ、君達これから王都に行くんでしょ?」
「そうだよ」
俺の声は虚しくもテイラーとルネには届かず、二人は俺の声を無視して会話を続ける。
「それならさ、僕も連れてってよ!ほら見たところ君ら、護衛とかいないし。僕、こう見えても結構強いんだぞ?」
「全然いいよ!っていうか寧ろ大歓迎だよ!」
テイラーはルネの手を取って飛び跳ねるほど大喜びしていた。
「おい、勝手に決めるなって。そいつを疑う訳じゃないが、それでもあいつらみたいなプレイヤーと繋がってたらどうするんだよ」
「分かった。君がそこまで僕を拒むなら僕は構わないよ。あーあ、惜しいことをしたねぇ。僕はこれでもかなーりの情報通なんだよ?君がプレイヤーを恨む元凶となったものについても知ってるかもしれないのになぁ」
チラッ、チラッと俺の方に視線を向けながらルネは煽るように言ってくる
畜生、こいつ俺が滅茶苦茶欲しがりそうなものを持ち出しやがって。
確かに、あのプレイヤー達の情報は正直かなり欲しい。だがこいつがこの辺の情報を本当に知っているという確証はない。
「そーいえばこの辺、NPC狩りしてる人たちの溜まり場なんだよねぇ。あれ、アンディくぅんナイフ無いけど、だぁいじょーぶぅ?」
なんだこいつ、俺のことを見上げながらのこの態度。めっちゃウザいんだが。
「あー、わかりました、分かりましたよ!じゃあついて来いよ。その代わり、あとでちゃんと情報教えてもらうからな」
「それに、まぁ僕のことはこの数日で評価でもしてくれたらいいよ」
ルネの猛アピールに屈した俺は渋々乗車することを認めた。
まぁこいつ絶対俺が拒否しても何としても付いて来てたな。
「さぁ出陣だ!さぁ馬を出せ!王都へ向かうのだアンディ君」
俺がげんなりしているのをよそに、ルネは荷台へ飛び乗って立ち上がり、ルネは将軍のように俺に指図してきた。
「お前何様だよ……」
いい加減突っ込み疲れてきて少々というか大分覇気のない突っ込みをルネに返す。
全く二人から三人に増えただけだというのに随分と騒がしくなったものだ。
でも、まぁ、この騒がしさも悪くはないな。時々ウザいけど。
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