第3話 ド田舎出身
◇ド田舎出身
「いい加減起きなさーい!」
と大きな声でカーテンを開けて俺を起こしに来た。
母である。
「母じゃないわ!」
母ではなかった、というか口に出てたか。
「あのさ、もう少し寝させてよ」
俺は近くにあった本を顔の上に乗せて二度寝を試みる。
「アンディ、今日は王都に行く日でしょ!」
「——え、あ……すぐに準備するから先待っててくれ」
「わかった。着替え終わったら声かけて」
彼女——テイラー=クランドは棚に置いてあった俺の服を渡して部屋を出た。
彼女と俺には血の繋がりとか遠い親戚だとかそういうわけではない。
五年前、とある村の近くを通りすがったところで襲撃されていた村に居た彼女を助けた後に俺の家で一緒に暮らしている仲だ。
ズボンを穿き、袖に腕を通し終えると、
「あとはナイフと弓だな」
俺は棚上に置かれたナイフをホルダーに入れ、弓を手に取り、外においてある馬車へと向かった。
別に騎士や兵隊というわけではないが、まぁこれは護身用だ。
そうして俺は例年より一段と暑く感じる初夏の日差しに身を照らされつつも外へ出た。
「今年の夏は特に暑くなりそうだな」
「ほら馬車はもう準備してあるよ」
テイラーに促されて俺も大分使い古された御者台に乗り込む。
しかし少々朝から何から何まで手間をかけさせて悪いことをしたな。
一応礼は言っておかないとか……
「何から何まで気を使わせて悪いな」
「いや、別にアンディのためにしたわけじゃないから」
ピシャリと言われてしまい俺は「お、おう……」とだけ言葉を残した。
「でも俺いつもお前にいろいろ任せちゃってるよな。まぁ埋め合わせになるか分からないけど今度何かお願いでもあれば聞くよ」
「いや、でも……」
「ん、なんか言った?」
「なんでもない。なんでもないから」
テイラーは少し慌てたように大げさに手を振ってそういった。
「なんかあるなら俺にできることなら何でも言っていいぞ?」
「本当に?」
「ああ。男に二言は無えよ」
『なんでも』はちょっとばかし大言だったか。
とはいえ今更後に引けないし、まあ後のことは後の俺に任せよう。
テイラーはぷいっと顔を俺から背けそのブロンドの髪の毛をいじって言う。
「あたしは特にないよ。特に無いけど、どうしてもっていうならさ今度付き合ってよ」
「え、は?え、それって……」
これはまさか愛の告白とかそういう類のやつか!俺にも遂に春がやってきたのか!
「——あ、別にそういう意味じゃないから。勘違いしないでね?ただちょっと王都に行ったら行きたいなぁってお店があるからってだけだし。アンディはただの荷物持ちだから」
あー、ハイハイ分かってましたよ。そもそもテイラーに好かれてるとも思ったことだって一度もないがな。
「ああ全然構わないぞ」
「じゃあその時はよろしくね!」
まぁ、テイラーが喜んでくれるならいいか。
すると家から母さんが洗濯物を持って出てきた。
「ふふ、相変わらず二人とも仲がいいわね」
さっきまでのやりとりを家から覗いていたらしい母さんはニヤニヤしてそういうと、テイラーは少し俯いていた。そもそも覗き見していたとは、下衆な母め。
「母さん、そういうからかうようなこと言ってもテイラーも嫌だからやめてって」
俺は何を考えているのかよく分らないような笑顔の母に諭すと——ゲシッとテイラーから俺の腰に回し蹴りが飛んできた。
痛っ!なんで蹴られた?という風にそっちを向くとテイラーは顔をこちらからそむけた。
え、俺何かやりました?という風に母さんの方に向き直ると、母さんは呆れたようにため息を吐いていた。
「テイラーちゃん、こんな息子でごめんね、本当に」
「いえいえ、気にしないでください。いつものことなので」
「愚痴の途中のようですがそろそろ出発しますよー、ほらほら母さん俺達はもう行くから村の人たちにもよろしく頼むね」
本人の目の前でそれを言いますか、というような顔で俺は二人の会話に割って入る。
「はいはい。そっちもちゃんと稼いでくるんだよ、ほら早くいってらっしゃい」
母さんの声を最後に俺たちは家を出発した。
見渡す限り畑であるこの小さな小さなクローズ村は地図にすら乗っていない、文字通り世界の最果てに位置する。そのせいでこの村は周辺にある村以外には存在すら知られていない。そのせいでこの村に商人が来ることは無く、売りたければ自分達の手で売りに行かなければならないし、食料は自分達で作れても、他の道具などは王都に行かなければ買えないというものが多い。そういうわけでこの村では年に数回村の者を王都に人を送って、物の売買を行わなければならない。それが今回は俺らっていうわけである。
そんなこの村には特産品も、名所も何もないが他の村と少し違うところがある。
「売れ残りでもしたら承知しねぇからな!」
「おーい、テイラーちゃんしっかり稼いでくるんだよ!あとアンドリューも足引っ張るんじゃないよ!」
「分かってるって」
そう、この村の人達はとても暖かい。
人間味があるとでもいうのだろうか。
ちょっと俺の存在がとってつけたように感じたが俺はこの村のそういうところがが結構好きだったりする。
「おいアンディ、美少女と一緒とか死ね!」
「アンディ、お前は途中で野垂れ死んでいいぞ!」
前言撤回。
俺はこの村の人たちのすぐ死ね死ね言うところが結構嫌いである。
そうしてテイラーは励ましの言葉を、俺は罵詈雑言の数々を貰いながらこの村を後にした。
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