第2話 ムゲンの領域には悪魔がいる
【第一章】
◇ムゲンの領域には悪魔がいる
0.1010001001……
sc……p…… s……rc……
世界の裏側を見た。無限の数字と文字に囲まれた世界。一言で表すなら無機質そのもの。
見えるものは数字と文字だけなはずなのに脳裏に刻まれる光景はどこだかわからない場所や誰だか知りもしない人たちばかり。
しかし何もないその空間に蛍が飛ぶように一つ、また一つとある一点に向かって増えていくその光はやがて一人の女性作り上げていた。
その人は長く、少しウェーブがかった柔らかい白亜の髪とドレスに身を包み、目元は白い布で隠されていたが、それはどことなくミステリアスで妖艶な雰囲気を醸し出しており、まさしく彫刻から現世に現れた神様のようだった。
「あなたと会うのは久しぶりですね。ですがここで会うのは初めてでしたよね?」
彼女の声色はとても落ち着いたもので、聞いた人の心を落ち着かせるような不思議な力がある。
「お前は誰だ」
「覚えられていませんでしたか。確かにあの時は名乗っていませんでしたし、仕様がないですね。でも、一応昔あなたの命を助けたんですよぉ?」
彼女は微笑みながらニヤニヤと俺の方を舐め回すように見つめながら語る。こいつ、こっちがなにを助けられたのか知らないのかをいいことにマジで恩着せがましいな。
「おい、いいから早く俺の質問に答えてくれないか?」
「うーん、ですが私自身特に名前があるわけじゃないんです」
彼女はしばらく考え込むように唸りながらあっという声を上げる。
「そうです!ここは仮に『ラプラス』と名乗っておきましょう」
「じゃあ、一つ訊きくが、お前は俺はお前に助けられたわけじゃないぞ」
「魔眼、私から貰いましたよね?」
イタズラっぽい笑みを交えたように言った瞬間、その垣間から見えた瞳は烈火の如く燃え盛る炎の如き激しさと、初夏に咲き誇る薔薇の如き絢爛さを持つ鮮やかものだった。
「え、おい、その目……まさか魔眼って、グレンズ村の時の……」
「そうですよ?あなたにはもっと私に感謝してもらいいいんですよお?」
「お前命を助けてくれるのはありがたいんだけどさ、意外と悪魔的な性格の悪さしてるだろ。命の危機に強引に押し売りしてきて後で恩返せとかお前、新手のペテン師もドン引きの手口だぞ、これ」
「悪魔ですか……フフフ、強ち的外れではないかもですね」
彼女の目隠しはどこかミステリアスなオーラを生み、少し子供っぽい性格のギャップを持つ妖艶な笑みに俺は一瞬ドキッとさせられてしまった。
「な、なあお前どうして目を隠してるんだ?」
実際彼女が何故目を隠すのかは当然気になっていたので話を逸らした。
決してこいつが綺麗で気恥ずかしくなったとかそういう訳ではない。
「あーやっぱり気になりますよね、こんな醜い姿」
「醜い?どこが?寧ろさ、なんというか魅力的……いや、神々しい?って言うのかな」
「神々しいって、なんかちょっと傷つきますよ」
一瞬だけ照れた顔をしたような気がしたが、なぜか手のひらを返したかのようにラプラスは少し怒ったように言いながら溜息をつく。
なんで?俺褒めたよね?
「ていうか話戻すけど。早く理由を教えてくれよ」
俺はラプラスに話を進めるよう催促する。
「気が変わりました。人を褒めることがすっごーく下手っぴなあなたには教えてあげませーん」
ラプラスはまだ拗ねているのか、ふいっと顔を背けた。
こいつ、うっすらと気づいていたが実は結構面倒くさい奴なのではないだろうか……
っていうかじゃあどう褒めりゃ良かったんだよ。
「あなた今面倒くさい奴とか思ったでしょ?」
げ、バレてる。まさか顔に出てたか。
「分かりました。では条件です。もし、またここに来てくれたら、その時には必ず教えると約束しましょう」
「ああ、それは全然構わないぜ。約束だ」
俺はラプラスに向かって小指をを伸ばす。
「えっと、それは……」
「約束を交わすときは小指を交わすんだぜ。知らないのか?」
「はい、私今までずっと一人でしたので……」
ラプラスは少し悲しげなトーンで言う。
そうかこの無機質で数字と文字以外は何もない、だが無限に脳裏に世界の姿が流れ続けるこの空間にこいつは何年、何十年とたった一人で過ごしてきたのか。
「でもですね、今はあなたがいます。これからはあなたがいてくれます。確かに今までは寂しさもありました。でももう大丈夫。だってあなたがいるから」
そういってラプラスは俺の小指に自分の小指を交わす。
彼女が向ける笑顔は今まで見てきた多くの笑顔の中でも一、二を争うほどの、それはもう百点満点の笑顔。
「約束破ったら、許しませんよ?」
「そろそろ別れの時間のようですね。それでは最後に聞きたいことはありますか」
「ラプラス、あの眼の力は一体どういうものなんだ」
「では、時間が無いので一度しか言いませんよ——あの緋眼は私の眼。世界の裏側に干渉し世界を見る力、です」
世界の裏側から世界を見る力——それはつまり俺らの世界の全てを見る力ってことか。
だからあの時、見たことも言ったことも無い土地にいた人たちが見えたのか。
だとするなら一つ気になる点がある。
「それならば、あの時お前が俺に唱えさせたあの言葉は何なんだ」
「あれは絶対権と呼ばれる力の一つで、この世界からそちらの世界に干渉できるという眼の能力の一つです。絶対権は如何なるものよりも絶対的な権力として発言します。しかもその可能性は無限に広がり、枝分かれし続ける樹木の如く続く」
「それは——つまり神にも等しい力を使えるってことじゃないか……」
でも、この力は恐らく無尽蔵に引き出せるようなものじゃないんだろう。
流石に何の制約も無く使えるというのならそれは比喩でもなんでもなく文字通りの神様ってもんだ。
「ええ、ですがまぁ恐らく、薄々察しているとは思いますが、この力にはそれ相応のリスクが伴います。大規模の物となれば一回の使用ですら危険です。もしこれ以上のものとなればあなたの命が危ないです。前回ですらあなたの脳は酷使され過ぎたというのに……ごめんなさい、時間ももうないみたいですので今、私の口から話せるのはこれで全てです」
だからあの時、俺はとんでもない痛みに苛まされたのか。
まぁ、それだけの力と可能性が秘められているなら当然ってところもあるか。
「いや、これだけの情報をくれたことに俺が感謝するいわれはあっても謝られるものは無いと思うぜ」
「そういうわけでまた遠くない未来でお会いしましょう。私はいつでもあなたを見守っていますよ」
ラプラスはもう分かっているかのようにそう言い残して俺の視界は真っ白になった。
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