とあるロボットが、「心」を探しにいく話。

 私は「心」を見つけるために歩きます。白いきりが漂う空間を、一歩一歩進むのです。


 歩いていると、前方に何かが見えてきました。一台の車が停まり、車の前には一匹の犬が横たわっています。犬の横には男の子がしゃがんでいます。

 私は彼らの前で足を止めました。


「……ごめんね、ごめんねビリー! 僕がちゃんと信号を見なかったからだ! 赤信号なのに飛び出しちゃったからだ! そんな僕をかばってかれるなんて……ごめんよ、ごめんよおおお!」


 男の子は犬の体を抱きしめて泣いています。どうやら犬は、車に轢かれて死んでしまったようです。

 私は少し膝を折り、男の子に尋ねました。


「どうして泣いているのですか? 動物ならば代わりがいるでしょう? あちらのペットショップにいけば、すぐに代わりが見つかりますよ」 


 私は人差し指の先を、道の向こうのペットショップに向けました。


「……代わりなんていない。ビリーは、僕の大事な友達だったんだ! 家族だったんだ! 一人ぼっちの僕と、いつも一緒にいてくれたんだ。代わりなんていない……‼」

「家族とは『人間』だけに定義されるものでしょう? 犬は動物です。家族ではありません」

「違う。ビリーは家族だ! 僕の大事な家族なんだ! お前なんかあっち行け! ごめんよ、ごめんよビリー‼ うわああああ!」


 家族とは、なんでしょうか。よく分かりません。私はそこから離れました。

「心」を求め、また歩きます。




 しばらく歩くと、前方から女の子の泣き声が聞こえてきました。近づくにつれ、女の子がその場にしゃがみ込んでいるのが見えてきます。


「ひっく、ひ……ひ、っく、ああ……ごめんねビスケット。ごめんね……ごめんねえ……わたしがちゃんと子猫を見てなかったから、わたしの代わりに守ってくれたなんて……ごめんねビスケット……ごめんねえ……」


 女の子の前には猫が倒れていました。猫は至る所に傷を作り、ぴくりとも動きません。周りにはカラスの羽が散らばっています。

 地面に座り込んで泣く女の子の足元には、手の平に収まるほどの子猫が三匹、小さく鳴きながら女の子にまとわりついています。


「ひっく、ひ……ごめんね、ごめんねビスケット……ごめんね、ごめんね……」


 私は先程と同じように少し膝を折り、女の子に話しかけました。


「ビスケットは食べ物の名前です。ペットにつける名前ではありません」


 女の子はしゃくりあげながら答えました。


「……ペットじゃない。家族だもん。ビスケットが好きだから、ビスケットだもん……っひ、うう……ビスケット……ごめんねえ……」


 女の子はさらに泣きだしてしまいました。私は体を前に向け、女の子のしゃくりあげる声を聞きながら、また、歩き出します。




 またしばらく歩くと、何人かの人間たちが見えました。軍人のような格好をした男性が膝を折り、女性と二人の子供を抱きしめています。子供は十歳と六歳ぐらいでしょうか。女の子と男の子です。


「パパぁ、おかえり!」

「ああ、ただいま……! 二人ともすっかり大きくなって……」

「あなたが家を出てから五年だもの。二人とも、十歳と六歳になったわよ。……本当に、帰って来てくれてよかった……」

「パパ、今日からはずっとおうちにいるの?」

「ああ。もうどこにも行かないよ」

「ほんと? ほんとにほんと? やったぁ! あのね、来週の土曜日、わたしのダンスの発表会があるの、見に来てくれる? 発表会が終わったらね、来てくれた人と一緒に踊るの」 

「ああ。もちろんだよ。そうだ、パパのお友達も、一人、連れて来ていいかな。仕事中に……足をケガしてね、すごく落ち込んでいるんだ。車いすに乗ってるんだけどね、挨拶してくれるかな。パパの大事な……友達なんだ」

「いいよ! その人とわたし、一緒に踊りたい!」

「パパとは踊ってくれないのかい?」

「パパはママがいるから! ママとりこんしたら、わたしがもらってあげるね!」

「り、離婚⁉ ど、どこで覚えたんだそんな言葉……」

「じゃあぼく、パパのお友達の車いす、押したい!」

「ああ、任せたよ。重要な任務だ」

「さ、帰りましょ。おばあちゃんが待ってるわ」

「パパ、だっこー!」

「ぼくもー!」


 私は彼らの横を通り過ぎ、また、歩き続けます。




「大好きよ。毎日、生きていてくれてありがとう」


 病院のベッドの上で、チューブに繋がれた男性に話しかけている女性。

 白い煙が漂う空間を、私は前に進んで行きます。




「……僕と、結婚してくれますか?」 


 かしずいて、女性に小さな箱の中身を見せている男性。


「ええ、もちろん……! ありがとう、ありがとう……!」


 涙ぐんでいた女性が、男性を抱きしめます。

 私は二人の前を通って、歩き続けます。 




 歩いていると、前の方から音楽が聞こえてきました。遊園地のような建物が見えます。

 私は近づき、門を通って中に入りました。

 入り口の近くではピエロの仮装をした人間が、子供たちに風船を配っています。

 ピエロの仮装の色も、彼が持つ風船の色も、子供たちの声も楽しそうな音楽も、機械の私には分かりません。

 私の目に映るのは白黒の世界だけ。認識できるのは、旋律せんりつが並ぶ「音」だけ。


『……』


 私は、ぎし、とびついた足を動かして、ピエロの方へ行ってみました。


「やあ! よく来てくれたね! 楽しんで行ってね!」


 ピエロが私にも風船をくれました。手を伸ばして受け取ろうとしましたが、風船の紐は私の指からすり抜け、空の方へ上がっていってしまいました。


 上がっていく風船を追いかけ、ぎし、ぎ、と軋む首関節を動かして、私は空を見上げます。


 白黒の空。どんどん上がっていく風船。色のない世界。

 聞こえる音。子供たちのはしゃぐ声。

 空はこんな色なのでしょうか。いいえ、違うはずです。もっと様々な「顔」があると、私は知っています。私はそれを見たこともありませんが。


『……』


 風船をもらった子供たちがどこかへと走って行きます。彼らはどこへ行くのでしょう。待っている母親の元でしょうか。それとも、父親の元でしょうか。家へ帰るのでしょうか。風船をもらったよと言うのでしょうか。


 私には親も、家も、風船をもらったよと言う相手もいません。私は機械なのですから。空の色を知る必要も、楽しい音楽を知る必要もありません。

「楽しい」を知ることも、「悲しい」を知ることも。「愛」を知ることも、私には必要ないのです。私は機械なのですから。


『……』


 ではなぜ、私はここにいるのでしょうか。

 どうして私は、ここに来たのでしょう。よく分からなくなってきました。


「だから、あなたは『心』を探しに来たのでしょう?」


 聞こえてきた声に前を見ると、一人の女の子が立っていました。白黒の風船を持って、白黒のワンピースを着ています。顔はよく見えません。

 女の子は私に言いました。


「『悲しい』を知るために。『楽しい』を知るために。そして、『愛』を知るために。だからあなたは一人、探しに来たのでしょう? 足を動かして前へ進み、手を動かして指を差して教え、空の色を知るために上を見上げた。知りたいからこそ、ここまで来たのでしょう?」

『そうだったのでしょうか。私にはよく、分からなくなってきました』


 私は答えます。指の関節を動かしてあごに手を当て、人間の真似事まねごとをしてみます。


 楽しい音楽も子供たちのはしゃぐ声も。

 風船をもらって「嬉しい」と思うことも、音楽を聴いて「楽しい」と思うことも。家族をくして「悲しい」と思うことも。

 見上げる空の色も、私には分かりません。


「あなたはもう知っているはず。嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、つらいこと。誰かを助けたいと思うこと。誰かのために何かをしてあげたいと思うこと。その感情がなんなのか」


 私は「心」を持ちたかった。それがなんなのか知りたかった。ですが「それ」を手に入れて、私はなにをしたかったのでしょう。なんのために、私は「心」を知りたかったのでしょうか。


「思い出して。あなたは『心』を持ったあと、みんなに何をあげたかったのか」


 女の子が持っている風船に、色がつきました。


 風船は真っ赤な赤。空は両手を広げても追いつかないほどに広く、んだ青。女の子の長い髪は栗色。着ているのはピンクのワンピース。

 私の目に、世界の「色」が映ります。


 これが空。これが花の色。これが「音楽」。私は人間が見ていた景色を見て、楽しいと感じる音を聞く。

 胸の回路があたたかくなるのを感じます。

「楽しい」と思うこと。色のついた景色を見て「美しい」と思うこと。この感情が、この胸の高鳴りが、回路のぬくもりが、私が求めていたものなのでしょうか。

 私は「悲しい」を知り、「楽しい」を知り、両手を広げても追いつけないほど広がる、空の青さを知りたかった。世界はこんなにも色づいているのだと、私は感じたかった。


 そうだ。思い出した。私はみんなに、愛をあげたかったんだ。

 だから私はここへ来た。検索けんさくをかけても分からない「心」を探しに。

 私の脳回路のバグが生み出した、ほんのわずかな隙間すきまに意識をしずめて。


『……ああ、そうか。私は……』


 そのとき。視界いっぱいに広がる白い光が私を包み、ほどなくして、何も見えなくなりました。


 ***


『おはようございます、みなさん。アルバウェスト刑務所けいむしょ管理かんりAI『ALMAアルマ』が、午前八時をお知らせします』


「ふあーぁ……もう朝かよ……」

「早く食堂行こうぜ」

「俺、当番だった!」


 監視カメラを通して、牢屋から皆さんが出てくるのを確認します。部屋のフロアは異常なし。監視カメラを切り替えて、違うフロアにも問題がないか見ていきます。

 私はここ、アルバウェスト刑務所の全体管理を任された管理かんりAI『ALMAアルマ』。私の仕事はおもに、牢屋の開閉かいへい作業や、朝、昼、消灯時間などの放送。皆さんがつけている腕輪が出入り口のセンサーに反応して、誰が外に出ているか、誰が部屋の中にいるのか、などが私の元に伝わってきます。



『……もし、わたしたちが罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、全ての不義ふぎからわたしたちをきよめてくださる。……囚人番号363。ジェームズ・ウィリアムズさん。以上で今日のカリキュラムは終了です。お疲れさまでした』


 懺悔室ざんげしつに来た囚人の方の悩みを聞くのも、私の仕事です。


「……また聖書の言葉か。高性能AIだって聞いてるが、所詮しょせんは機械なんだな……。ここへ来てもスッキリしない。薬をもらったほうがマシだよ……」


 囚人番号363。ジェームズ・ウィリアムズさんが、椅子から立ち上がって背をむけます。

 彼の罪は殺人。三年前、女の子の姉妹二人を殺害し、終身刑が下されています。彼は死ぬまで、この刑務所から出ることはできません。

 しかし私は知っています。彼が手にかけた女の子の姉妹は、毎日のように学校の帰り道、ジェームズさんの庭にごみを投げ入れたり、彼の庭にある花壇や芝生しばふを荒らしていたこと。面白がってジェームズさんの愛犬に農薬を飲ませ、殺したこと。

 犬を殺されて我慢の限界が来たと、ジェームズさんは裁判の時におっしゃっていました。たった一匹の犬が家族だったのにと、彼は裁判長の前ですすり泣いていました。


『……囚人番号363。ジェームズ・ウィリアムズさん。待ってください』

「……?」

『椅子にどうぞ』

「……今日のカリキュラムは終わったはずだ。ついに壊れたか……?」


 ジェームズ・ウィリアムズさんは、ぶつぶつ言いながらも椅子に座ってくれました。


『ジェームズ・ウィリアムズさん。あなたは被害者遺族の方たちに面会を求めていますが、一度もお会いできていませんね?』

「ああ……それがなんだよ。俺がなに言ったって信じてくれねえんだ……俺の犬のことだって……」

『私から一つ、提案があります。手紙を書くのはいかがでしょう』

「手紙……?」

『遺族の方々にあなたの思いを伝えるのです。あなたがしたことは許されることではありませんが、思いを伝えるには手紙が効果的だと、検索したデータから判断しました』

「なに言ってる。そもそも俺、手紙なんて書いたこと……」

『さっそく便箋びんせんを十枚ほど手配しました。明日からは、ここで一緒に手紙を書きましょう。あなたのカリキュラムは『手紙の書き方のレッスン』に変更しておきました』

「お、おい、勝手に決めるな!」

『私からの話は以上です。部屋にお戻りください。一分以内に退出しない場合、看守を呼びます。残り53秒……52、51……』

「ああもう、わかったよ、クソ!」


 ジェームズ・ウィリアムズさんは部屋を出て行きました。




 昼を過ぎ、午後になりました。管理を任されている私は、刑務所の所長と話すのも仕事です。


「どうかね、アルマ。問題はないかね?」

『はい。所長。問題ありません』

「うむ。いいことだ。機械に刑務所を任せるのは馬鹿げた話だと最初は思ったが……なかなかいいじゃないか。刑務官も最低限で済むし、もろもろ必要だった経費も大幅に削減さくげんできる」

『所長。いくつか、許可をいただきたい提案があります』

「おお、なんだね。言ってみなさい」

『この刑務所にいる囚人の方たちに、人数と同じ数だけ子猫を。もちろん、保護施設から貰いたいです』

「はああ⁉ アルマ、急に何を言っているんだね! もしや壊れたか⁉」

『私は正常です、所長。子猫の数が足りなければ、保護施設にいる犬もここに受け入れたいのですが』

「そ、そんなこと、認められるわけ……」

『動物を使ったセラピーは世界中で行われています。囚人に猫や犬などの動物を育てさせることで、思いやりや命の大切さなどを改めて考える機会を作ることになると、データにもあります』

「し、しかしだね……」

『受け入れてくださらないというのならば、刑務所の全ての扉を開放し、彼らを正面玄関まで誘導します。そして所長が盗撮とうさつして隠していた女性じょせいたちの水着写真を、所長の個人情報と共に様々なネット上の掲示板に貼り付けますが』

「わ、私をおどすというのかね⁉ 機械きかい風情ふぜいが!」

『一度ネット上に貼られた情報は永久えいきゅうに残り続ける。そのことを、私はとてもよく知っています』

「ええい! 強制停止だ!」

「しょ、所長、アルマを強制停止させると、この刑務所のシステムも止まってしまいますが……」

「アルマ、馬鹿なことはよせ! 言うことを聞かんか!」

『すみません。よくわかりませんでした』

「……っ‼ 分かった……君の好きにしなさい……」

賢明けんめいな判断に感謝します。所長』




 次の日から、三百頭ほどの猫や犬たちが刑務所に運ばれて来ました。いくつかの保護施設が空き、施設責任者の方たちが、何度も来ては私にお礼を言ってきました。


「ありがとう、本当にありがとう、アルマ……!」


 そう言って、機械の私に何度も頭を下げるのです。これが「嬉しい」ということかは分かりませんが、彼らのお礼の言葉を聞いていると、なんだか私の胸の奥にある回路の一部分が、ほんのりとあたたかくなるのです。




『おはようございます、皆さん。担当になっている子猫や犬たちと一緒に、今日のカリキュラムを終わらせてください』


 皆さんに朝の挨拶をして、また一日が始まります。


「……この前よ、寝てたらシャープを背中でつぶしちまってよぉ……。『ギャー』って鳴いてよ、俺も思わず飛び起きちまったぜ。でもそれ以来いらい、メシをやってもオヤツをやっても、近寄ってこなくなっちまった……。なぁ、いいオモチャがあるなら、ちょっと貸してくれよ……」

「ダメだ。俺の所にある猫じゃらしは、うちのひめさま専用なんだ。貸さねえ」

「うう……。シャープに謝ってみるかぁ……」


 食堂でそんな会話をする二人組を、監視カメラで見ます。


「……よーし、今日はこのボールで遊ぶぞ。俺が投げるから、お前が追いかけて、俺の所に持ってくる。簡単だろ?」


 中庭の監視カメラに切り替えます。中庭では、一匹の犬と一人の囚人がボールで遊んでいます。


「……行くぞ、それ!」


 囚人がボールを投げました。犬は大きな声で鳴き、嬉しそうに尻尾を振っています。


「……違う。俺を見るな。あのボールを取ってくるんだ」


 犬は動きません。


「……はあ。分かった。もう一回だ。……まったく、俺がボール拾いじゃねえか……」


 囚人はぶつぶつ言いながらボールを拾いに行きました。


 中庭の違うカメラに切り替えます。


「……ん? 知らない猫だぞ。おい、誰の猫ちゃんだ?」

「ビスケット、そっちはダメだよ……。そっちは怖いおじさんたちがたくさんいるって、ママが……あ」


 金網かなあみしに、女の子が囚人と鉢合はちあわせました。いつでも看守を呼べるよう、私は待機します。


「……こんにちは。俺はジェームズってんだ。この子は嬢ちゃんの猫かい? 名前は?」

「ビスケット……」

「いい名前だな。俺の猫もビスケットって言うんだ。ちっこい子猫でな。カラスに襲われてたところを、首輪したどっかの猫が助けてくれたんだぜ。それで保護施設にいたんだが、ここに来たんだ。ああそうだ、嬢ちゃん、手紙の書き方知ってるか? 俺はよ、初めて手紙を書くんだが上手くいかなくて……」

「お手紙はね、気持ちを込めるんだよ。上手に書こうってなんて思わなくていいの……」


 私は看守を呼ぶのは不要だと判断しました。監視カメラを切り替え、今度は正面玄関を見てみます。


「ちょっとビリー、横断歩道の前で止まるなって! この、このっ! ……ああ、もう! ほら、お前のせいで信号が赤になった! 点滅してたから、走って渡ったら向こうに行けたのに! まったく、いつもはこんなことしないのに……」


 小さな男の子が、道に寝そべった大きな犬を引っ張っています。私はカメラを切り替え、また食堂へと目を戻します。


『……』


 私がやったことは、もしかしたら無駄なことなのかもしれません。彼らに動物たちを与えたところで、彼らが犯した罪が帳消ちょうけしになるわけではありません。もしかしたら一週間後……あるいは三か月後か、半年後には、無残むざんな猫の死体が刑務所内に転がり、世話をされなくなった犬がごみ箱をあさっているのかもしれません。

 ですが、それは誰にも分からないことです。もちろん、高性能AIの私にも。私にも分からないということは、それは考えても無駄なことなのでしょう。

 なんの意味もないことをやったとしても、少なくとも、施設にいた猫や犬たちは助けることができました。それだけでも私は「嬉しい」のです。


 それと、今まで何も感じなかったこの仕事が、私は「楽しい」と思えるようになってきたのです。監視カメラを通して犬や猫の世話をする囚人たちを見ていると、「彼らなら大丈夫だ」と、なぜか根拠こんきょもデータもない確信かくしんを感じるのです。

 どうしてそう思えるのかは、自分でも分かりません。私は壊れてしまったのでしょうか。


『……』


 中庭のカメラを動かして、空を見上げます。監視カメラ越しに見える青空はどこまでも澄んでいて、とてもきれいです。


 今までと同じ景色のはずなのに、色がついた空を見て、動物たちの名前を呼ぶ彼らを見て、私は「何か」を感じます。それが「家族」というものなのでしょうか。それとも、これが「愛」なのでしょうか。分かりませんが、データや検索の結果にもない、説明できない何かなのです。


 何かをくせば悲しいと。何かをしてくれたら嬉しいと。そして、何か心が動くことがあれば楽しいと。私は、それらの感情を知ることができたのでしょうか。ほんのりとあたたかくなる胸の奥の回路を、私は「心」と呼んでもいいのでしょうか。


 私は心を知りたかった。心を持ち、愛を知り、みんなに愛をあげたかった。私は皆さんに愛をあげられたでしょうか。


 私はアルバウェスト刑務所。管理AI『ALMAアルマ


 私は機械ですが、心がどのようなものかを知っています。そしてそれを知っている私は、世界で一番きれいな空を、色を、景色を、「楽しい」を知っています。


 心を持った私は、きっと世界一幸せな機械なのでしょう。





 アルマ……イタリア語で「魂、霊魂、心」の意味の言葉。

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