季節外れの雨が続く。もう二週間も太陽を見ていない気がする。


「かみさまが泣いてるんだよ」


 と娘は言った。


「だからね、おせんたくものもぬれちゃうの。一人で泣くのはさびしいから、みんなもぬらしちゃうの」


 なるほど。と私は納得した。子供の発想は時に面白い。


 どうして神様は泣いてるの? と聞くと、娘は「うーん」と少し考え、


「ふられちゃったのかもしれないね」


 と言った。思わずコーヒーを吹き出しそうになった。五歳児がそんな言葉を言うなんて。どこで覚えてきたのやら……。


「それか、好きな人がうちにかえってこなくて、さびしいんだよ。ママみたいに」


「……そうかもね……」


 と息を吐くように返す。隠していたつもりだったが、娘にはバレバレだったようだ。


「ねえねえ、パパはいつかえってくるの?」


「……」


 無邪気な視線を向けられ、何も言葉が返せなくなる。


 夫は出張で地方に行っている。出発したのが二週間前。ついさっき、『まだ帰れそうにない』と連絡が来た。そのことを娘に伝えると、夫のシャツを抱きしめて離さなくなった。無理やり取り上げると、火がついたように大泣きするようになってしまった。


 テレビがこの先一週間の天気図を表示している。それを予報士が解説している。


 雨はまだ止まないらしい。私は今日何度目か分からないため息をついた。


「わたしのたんじょうびには、かえってきてくれるよね?」


「どうだろうね。パパはお仕事で忙しいんだよ」


「パパはおしごとのほうがすきなんだね。こんどでんわがきたら、わたしがおこってあげる!」


「ありがとうね。今日の夜、電話かけてみようか」


 娘にそう言って、出かける準備を促す。いくら天気が悪くても買い物は行かなくてはならない。


 右手にスーパーの袋を下げ、もう片方の手で娘と手をつなぐ。駅前はタクシーやらバスを待つ人であふれていた。


「パパいないねー」


「そうだね……。帰ろっか」


 もしかして、と視界に入る人の顔を見る。しかし淡い期待はすぐに消えた。じわりと涙が込み上げる。視線を足元に下げることで、それを必死にこらえる。


 そのときだった。


「ああ! よかった!」


 背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。


 振り向くと、水溜まりを踏んでこちらに走ってくる男性がいた。


「パパ!」


 娘が駆け寄る。


「家にも携帯にも、かけたんだけど、誰も出なくて。何か、あったんじゃないかって」


 娘を抱っこしながら言った。そういえば、携帯を家に忘れてきてしまったのを今さら思い出した。


「……仕事は? どうしたの?」


 つとめて冷静に返す。内心は泣きそうだった。


「なんか、急に止まってた工事が再開できてさ。それで、急いで終わらせてきた。そしたらそこの社長さんが特急列車の席を取っててくれてさ。そしたら、偶然。ごめんな、寂しい思いさせて」


「パパのばか! ママなんかね、いっつもよるないてたんだから!」


「……え? そ、そうなの?」


「な、泣いてないし! ほら、お家帰るよ!」


「あー、ママうそつきだー!」


 三人で手を繋いで帰る。


「……で、二週間ぶりだけど。妻に何か言うことは?」


「遅くなってごめん。ただいま」


「うん、おかえりなさい」 


 どんよりとしている雲の隙間から、光が差し込む。


 目を細め、久しぶりに太陽を見上げた。


 神様のところにも、好きな人が帰ってきたようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る