彼女の瞳の色
倒れていた少女を城の一室のベットに寝かせて、3日たった。
彼女はまだ目覚めない。
城に帰ってきてから、古い文献を漁ったが、もしや、自分がおとぎ話と馬鹿にしていた月の乙女なのだろうか?
800年ほど前、この帝国が現在のペラスギア帝国となった時期に、当時の狂狼となった男の狂狼化を解き、彼と番として添い遂げたという月の乙女の話。
狂狼になりかけて、敵兵を殲滅した先の戦いから、アルカスは城中の古い文献を漁るように調べた。
ある日、その中に月の乙女について書かれた文献を見つけたのだ。
しかしその話は、冷静沈着を常とし、現実を見据えて数多の戦いをくぐり抜けてきたアルカスからしてみれば、まるで子供や、女性が好きそうなおとぎ話のようにしか映らなかった。
故に、彼女が現れるまで特に思い出しもしなかったのだ。
けれど、彼女はアルカスの目の前で温かい光を放った。
自分と彼女を包んだその光によって、体はその重みで地に沈みかけ、心は塗りつぶされるかの如く溜まっていた澱が、霧のように消えてしまったのだ。
あの、文献に残っていた内容と酷似している。
彼女は一体何処から現れたのか?
少なくとも、我がペラスギア帝国には彼女のように小さな人間は存在しない
それに、抱き上げて運んだときに気付いたが、彼女はとても細い
ある程度筋肉はついているようだが、自分がちょっと力を込めればその細い腕などは折れてしまうのではないか?
人狼族の女性は、皆180センチ程度の身長で、彼女のような新月の月夜のような髪色の女性は見たことがない。
近年、ペラスギアに増えつつある人間の中にも見たことがなかった。
そのペラスギアにおいて、人口の3割を占めようかと言う人間達も、人狼族程でないにせよ押し並べて170センチ程はある身長で、女性でも筋肉がしっかりついている。
人狼の国なので、人間から見ると力を求められるのがデフォルトの国なのだ。
痩せたひ弱い身体では生きていけない。
若しかすると、プレギアースや、他の小国からやって来たのだろうか?
アルカスは、早くこの少女と話がしてみたかった。
瞳の色は何色だろうか?
自分を見たら、……笑いかけてくれるだろうか?
彼女が目覚めるときにそばに居たい。
目覚めて1番に彼女の目に映るのは自分でありたいと、まるで恋に焦がれた男のように思ってしまう。
故に、アルカスはことあるごとに彼女の様子を見にきていた。
皇帝なのだから勿論、執務は山のようにあるのだが、側近達を上手く巻いては、彼女の部屋に居座る主を、弟と部下は信じられないような目で見ていた。
今日も、執務室を抜け出すアルカスの後ろ姿を見ながら、宰相職補佐官のシメオンは、遠くを見つめるような目をした。
5年前に先帝陛下から、ペラスギア帝国の皇帝位を継承した我が乳兄弟は、恐ろしく責任感が強く、生真面目で、誰よりも職務に忠実である。
先帝陛下などは、皇后様がご存命の頃は、度々執務を抜け出して、皇后様の元に足をお運びだったし、最愛の皇后様が亡くなられてからは暫く、腑抜けのようではいらっしゃったが、残された2人の可愛い王子を構うのに、何よりも時間を割くようになった。
宰相である父は、机の上の書類をどう捌くかいつも頭を悩ませていた。
弟君のエラトス殿下におかれては、如何に上手く手を抜いてサボるかを日々考えておられるような方だ。
そのツケが、全て皇帝である自分に回ってこようとも、我が主は何の文句も言わず、せっせと仕事をしていたのに……。
3日前に森に落ちていたのを拾ってきた……もとい、森から連れ帰られたお嬢様がお目覚めにならないのが、余程心配と見えて、彼女の枕元から離れたがらないのだ。
これは、可及的速やかに彼女の身辺及び、彼女自身を調べ上げなくてはと、宰相補佐官のシメオンは脳内の仕事リストの一番上の項目に上げた。
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