2021年08月01日【エラー】動作の失敗/代打/ドメンコ追加エピソード (1608字を/57分で)
ドメンコはたまに、アジトを離れて喫茶店で寛ぐことがある。外の空気感を感じておくためだ。新聞やインターネット越しでは見えないものがある。年齢層や文化圏の偏りも減らすため、各地からランダムに選んだ店舗を使う。
この日は安価な、中高生が多い店にいた。特定の制服が一気に増える時間帯で学校の自定が見える。校章と立地から第二中学校の生徒たちだ。ドメンコは若い側ではあるが、中学生と比べたら二倍を生きている。後進に席を譲る準備はできている。その直前に電話が鳴った。河合の、事件を知らせるほうの番号だ。
「そこを出たら、左手前の道、右側で二番目の建物の陰だ」
「わかった。詳しくは」
「その場に少なくとも三人と、被害者が一人。すべて同級生で、トランスジェンダーを論った罵倒をしてる。早く行ってやれ」
ドメンコはトレーを返却口に置く。勢いはいいが音は小さい。背広姿に荷物はポケットだけの軽装で、精悍なオールバックの男が電話を受けてすぐに駆ける。周囲からもよく見えていた。なんだかかっこいいなと噂が始まる。ドメンコは背中で聴き、誰ともぶつからずに店を出た。
集合住宅が並ぶ。道は車道とごく狭い路側帯だけだが、一応、車の通りは少ない。見た目以上に広く使える。声が響きそうな街並みだが、話にあった声は聞こえない。隠れたがっているとわかる。それ故に周囲への警戒は甘い。ドメンコが近寄るまで、誰も気づかないままで、目を向けもしなかった。
「もっとでかい声を出せよ、この──」
「そこまでだ」
ドメンコが罵声を遮って割り込んだ。体格の差もあって少年たちはたじろぎ、少女との距離を確保した。思いがけない乱入にいちばん驚いたのは少女のほうだ。味方がいないと思っていた。
「なんだよ、おっちゃん」
「俺の名はドメンコ。ドメンコ・マブイコウォッチだ。普段はか弱い女性を狙った卑劣漢と戦うが、通りがかりにきみたちの情報を聞いて、傷を負う前に割り込んだ」
「か弱い女性? そいつは――」
「黙れよ。言葉は人を殺せる。今日はこれで帰れ。また近いうちに学校で会おう」
ドメンコは凄みを効かせると、体格の差で身の危険を覚えた二人は尻尾を巻いて逃げ去った。繋いだままの電話にひと区切りを伝える。河合からは彼らの学校に行くアポの日程を聞かされて、あとは目の前の少女へのアフターケアだ。目の高さを合わせると、虫が囁くように小さく掠れた声で話す。
「ありがとうございます。けども、どうして」
「女性であることを理由にした悪行から守るために活動してる。君も例外にはならない。まあ、仕事だよ。活動資金は別でもらってるから、君への要求は一切ないよ」
ドメンコは温和に誠実に話すが、少女はまだ訝しむ。味方がいる自体を信じておらず、隙を見せたら自分を食い物にしている前提の態度だ。生きるには望ましいが、そうさせている背景がある事実は悲しい。
信用を得るよりも重要なことがある。目の前の女性が尊厳を保って健康で生きられるなら、それだけでいい。ドメンコが何者で、どう思われるかは、どうであっても問題にはならない。ドメンコは名刺と少しの助言を残して去る。
「ボイストレーニングは、まずは声を調整する筋肉に意識を向けるといい。筋肉は三箇所だけで、喉の下の方は弛めて、上の方だけで声を出すんだ。それ以上はここに連絡してくれ。河合大介ってやつが俺よりも詳しくサポートする。周囲への説明とか治療とかってなると、何かと大変だからな。俺たちはいつでも君の味方だ」
ドメンコは元の道へ戻る。念のため、少年たちが待ち伏せをしていないか確認してからアジトへ戻る。明日になれば学校から親を経由して伝わっているだろうから、彼女の周りは今日で落ち着く。長続きさせるため、目先の課題として講習に備えて台本を読みこむ。
まだまだ山積みだが、ひとつずつ切り崩していけば、やがては終わる日が来る。ドメンコの代で済んだらいいが、期待はしない。
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