傑作選シリーズ4:女2人のバディ
2021年07月30日【アクション】陸/犠牲/最高の流れ (3069字を/157分で)
廃墟同然の商店街を隠れ蓑にする連中を叩き出せ。ごく短い指令を受けて、車を乱暴に駆り、まずはシャッターの背後で待ち構えていた見張りをシャッターごと蹴散らした。
アルトが助手席から飛び出し、ギリギリで腰を抜かしただけの残りを片付けていく。小さな呻き声や命乞いを尻目に、車を念のため脱出しやすい向きにして、ソプラノは優雅に運転席から降りた。
「十一秒。大口を叩いた割には、そんなもんかね」
目線は建物の奥に向けたままでソプラノの嫌味を吐き出す。上半身を見ればオフィス風のパンツルックだが、足元だけは異様に攻撃的なコンバットブーツが覗いている。
「シャッター開けから数えただろ。車を出てからなら九秒だ」
アルトは軽い反論をそこそこに、ソプラノを追い越して扉の傍についた。ハンドサインで急かす。アルトは女生徒風の装いだが、肘当てと膝当てで最低限の怪我対策はしている。太もものスカートで隠れる部分などに複数のナイフを仕込んでいたり、スカーフの下にロープを隠し持ち、偽の生徒証を多数所持している。
「汚れるのが早くない? やっぱり着替えるなんて、無しよ」
「いいんだよ。あんたらから借りる方がずっと怖い」
治安が落ち着いた頃の建築で、一階が駐車場のため、ここの扉は引いて開ける。ドアノブを掴んだたアルトの反対側に勢いよく引いて、先にアルトが突入する。
事務所だった部屋だ。机はすっかり埃を被った置物で、口の字型の動線を妨げるものは何もない。アルトは姿勢を低くしつつ足早に目を通し、外で待つソプラノへの声を放った。
「クリア!」
安全確認を合図にソプラノが中に入り、次の扉へ手をかける。今度は引き戸で、話し声を和らげたり、侵入者の勢いを削ぐ。この先は階段と、二階に部屋ひとつと、踊り場に喫煙所がある。仕掛けてくるなら、ここだ。
引き戸をまずは少しだけ開ける。ソプラノが下を、アルトが上を見ている。まずは開けた瞬間の罠はない。続いて、懐から出した手鏡で上を確認する。待ち伏せはまだ見えない。
「どう思う?」
ソプラノの問いに対して、アルトは手を銃の形にして、合言葉で返事をする。
「
手すりが不透明な階段だ。見下ろすのは簡単だが、下からは何も見えない。アルトは外側に立って上りながら、手に小さな包みを構えて、二階の天井を見る。どの位置に投げれば隠れやすい場所に落ちるかを短時間で判断しなければならない。
踊り場からアルトを狙う待ち伏せに対しては、ソプラノが拳銃を構えてゆっくりと進む。もし飛び出したならば、アルトに触れる前に鉛玉を贈ってやる。
アルトは包みを投げた。天井に当たると衝撃で開き、中身の粉が飛び散った。相手は非正規の装備とわかっている。ただの胡椒でも吸い込んだり目に入れば隙ができる。
グズッ、グズッ。一人分の咽せる声を聞いて、アルトは踊り場まで駆け上がった。待ち伏せに備えて持っていたナイフを振り下ろして、戻す勢いで投げつけた。上にいた構成員は咄嗟に身を捩ったが、落ちたナイフを逆利用する手はない。拾い上げるなら、構えたボウガンから手が放れる。無視して姿勢を戻すなら、アルトは次のナイフを投げる。
動転してボウガンの矢を放った。狙えていない状態では明後日の方向へ飛び、なまじ威力が高いばかりに跳弾もない。アルトが距離を詰める頃には、構成員は伏せて手を頭の上に置く。降参の構えを見せた。
「ソプラノ、早く」
追いついたソプラノが捕虜として持ち帰る準備をする間、アルトは見張り役になる。まだボスも、噂の物品も見えていない。部屋は残りひとつだが、この場で不意打ちを受けたら危険だ。相手側の足場は広く確実だが、対するアルトの足場は狭く、階段で踏みはずしたらおしまいだ。
窓を塞いだ建物なので、逃げ道はない。相手が生きる道は迎撃だけだ。このチャンスを狙うはず。アルファは目を部屋から外し、絶好の隙を演出した。引き戸が動く音に合わせて、ナイフを投げた。
小さな呻き声と、すぐにナイフが落ちる音。当たったらしいが傷は浅い。ソプラノの作業を待たずにナイフを拾いにいく。扉を蹴り開けて向こう脛への打撃を加える。アルトが胸ぐらを掴む頃にはソプラノも追いついた。
「お前、ボスじゃないだろ。どこに隠れてる? 言えば命は助けてやるよ」
アルトが聞き出す他は、一見すると無人の部屋をソプラノが検めていく。ロッカーを開けて、書類棚を蹴り、手近な小物を机の奥へ投げ込む。どこにも人の様子はない。
「痛いなあ。離してくださいよ。ここにボスはいないんです。もう逃げました」
男は情けない声でアルトに懇願する。同時に、ソプラノはまだ部屋を確認していく。閉所でも物陰でもないなら、隠れる余地はどこに? あるいは本当に、この場を離れているかもしれない。先が見えない探索では、見えるもの全てを見落としてはならない。たとえば床下に空間があるなら。リノリウムの正方形が敷き詰められたどこかに、つなぎ目を誤魔化して取り外せる場所があるなら。その視点で床を見たら、すぐに違和感を見つけた。
「ならお前がその面でボスか? 逃げたことにしたら見つからないもんなあ」
「いやいや滅相も。この場は本当に私だけでして」
「アルト!」
呼びかけに応じて目線をソプラノに移す。ソプラノは拳銃をアルトの顔に向けて構えている。その意味を察知し、アルトは膝の力を抜いてしゃがんだ。アルトの背後にいたボスとソプラノが同時に引き金を引く。弾丸はアルトの頭があった場所ですれ違う。穴を開けた場所は、ソプラノの背後の壁と、ボスの胸だ。
アルトはしゃがむついでに、構成員をうつ伏せに倒して首を押さえつけていた。
「ここにいるのは私だけ、と言った君、申し開きは?」
「あー、いや、あれはですね。私も把握していない伏兵でして」
「よろしい。その歳で下っ端だとよーくわかった」
ソプラノが倒れたボスを確認する。情報にあったボス本人とわかったら、残りはアルトの下にいる男を確保したらひとまずは終わりだ。妨害もなく暴れもしない一人は楽に捕縛できる。
「死んでる。そいつを捕まえて今回は終わりよ」
「はいよ」
車に戻り、後ろに二人を押し込んだ。ソプラノは帰路でも乱暴な運転をする。お淑やかさを上半身だけで使い切っている。
「そういやソプラノ。なんであいつは後ろにいた? どこに隠れてたんだよ」
「壁の中。本来の壁より手前に偽の壁があって、その奥に空間があったのよ。床のタイル張りが、両方とも半端な場所から始まってたから、もしかしたらと思ってね」
「なるほどなあ。部屋が一つだけなら空間が狭くても気付きにくいし、左右非対称でもない」
アルトは素直に感心する。ソプラノとの付き合いはそこそこ長いが、おいしい所は毎回ソプラノが持っていく。その分、汚れ役もソプラノに負わせているのであまり文句は言えない。
「あ、私は向こうの角で降りる」
「もう行くの? 表彰式だと思うけど」
「魚は陸では生きられない。それだけだよ」
「ふうん。まあ、犠牲も出したし怖がるのも無理ないか」
「犠牲を出したのは全部あんただけどな」
アルトを降ろして、ソプラノは本庁へ戻る。これで最後にするぞと思い続けて早三年、なんやかんやで定期的にソプラノの仕事に呼びつけられる。全額先払い以外にいい要素がない案件だが、目立つ生き方ができないアルトには総合的には低リスクで済む資金源だ。
次はケーキも奢らせよう。アルトは小さくぼやき、住処へと戻っていった。
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