2021年07月02日【エラー】今日のお題の/記録がないので/代打のドメンコ追加エピソード (1900字を/41分で)
―― お知らせ ――
この日はなぜだか、
三題噺のお題が記録されてなかった。
なので今回は私の旧作『特務捜査官ドメンコ・マブイコウォッチ』の、
追加エピソードをお出しします。
リクエストがあったのと、
手元に書きかけの没エピソードがあったので。
没にした理由:本筋への影響がなかった。
―― お知らせここまで ――
河合はときどき、朝から散歩に出る。パソコンやタブレットの画面から離れて、なにも役目を持たず、羽を伸ばす日だ。スマートフォンだけはポケットに入れているが、緊急の知らせ以外では音が鳴らず、なんでもない状態では確認もしない。
今は追っている犯人から逃げられた直後だが、同時に手かがりが何ひとつない。こんな状態で無意味な努力ごっこをするよりも、脳や体を休ませたほうが最後には成功しやすい。一応、各地のカメラで集めた映像を自動化できる範囲で解析している。結果が出る頃に備えて、今日は休息に回す。休息にも勇気が要る。
朝から電車で遠方へ行き、徒歩で散策しながら夕方ごろアジトに戻る。日によって別の道を選ぶ。食べ歩きも立ち寄る店も毎回すっかり別物になる。とはいえアジトに近づくほど、道の選択肢が狭まり、すでに知っている道が増える。それでも今日は最後に、新たな出来事があった。
「おにーさん、こういうの興味ないですか?」
若い男が河合を呼んだ。まだ少年とも呼べる顔立ちに、不釣り合いなほど整った燕尾服から、印象は歓楽店の呼び子くんだ。日が落ちかけた今になって、建物の裏口から出た姿を見ている。どの情報もその想定を後押ししている。
「いえ、結構です。そういうやつは」
「お金ならお安くなってますよ」
「そういう話でもなくて」
「僕、今月やばいんです。あと二人を入れろって言われてて」
河合の印象が温和そうなので、情に訴える手を使う。それでも河合は動じない。仮に本当だとしても、お情けで今日を繕うようでは長期的にリスクの方が大きい。話しても無意味と判断して立ち去る背中に、聞き捨てならない言葉が送られた。
「ひょっとして、あっちのかたですか?」
思慮に浅い一言から河合は苦い記憶を想起した。河合の顔が険しくなった。あまり問題ある物言いをするならば、ただ黙ってはいられない。念のため確認しなければならない。
「あっち、とは」
「この先の通りをふたつ越えたとこに、組の境があるんですよ。向こうではこっちの店に来た人に怒鳴り込みとか嫌がらせとか、そういうのが常態化してると聞いてます」
「そんなことが。もっと詳しく聴きたいですね」
「いいっすよ」と話が始まりかけたところで、少年の耳にある無線機からの怒号が河合にまで聞こえた。
「いいわけないだろ、仕事に戻れ!」
「あっすいません!」と小さく喋り、再び顔を河合に向ける。
「おにーさん、途中で申し訳ないです。また頼みます。今更すけどおにーさんでいいんですよね」
河合にとって、この付近はすでに見知った地元と思っていた。しかし現地には見えない区切りがあるらしい。この少年が指す「向こう」とは、明らかにアジトの近くにある連中だ。
河合にとって、少年の最後の一言には特別な意味がある。上機嫌でアジトに戻り、階段を上って、扉を開けた。中ではドメンコが読書中で、扉の音に気づいてしおりを挟んだ。河合の顔から普段との違いを察知する。
「なんだ、やけに上機嫌だが」
「ああ。日本って国は最高だ。最高の言葉に、最高の人間。気候だけは堪えたが、じきに慣れる」
「久しぶりに聞いたよ。いいことがあったな」
「そうだ。今日は時にな」
ドメンコは河合の事情をどことなく察しているが、本人が語らずにいる以上、踏み込まず、予想を見せもしない。いつか必要になるとわかっている以上、日常になるまで練習できる環境は、身を置くだけで成果になる。無意識で出る部分に気付くチャンスだ。
「その最高の日本で苦しんでる子の情報が届いてる。まだ確認しなくてもいいが、俺は明日の朝イチで出るぞ」
「俺が好く理由の裏目かもな。一人になってから確認する」
―― 読者向け情報 ――
設定を出す機会が遠いので、
補足で語っておきます。
河合大介はトランスジェンダー(ftm)で、
おにーさん呼びや、男ならこうだろうなどの偏見を通して、
自分を自分として見てもらえている状態を味わっています。
良くも悪くも自分でいられる。
シスジェンダーの人はむしろ嫌うことさえある状況でも、
河合にとってはやっと手にした日常です。
―― 読者向け情報ここまで ――
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