2021年05月21日【指定なし】未来/少女/消えた小学校(1830字を/69分で)


 アルファの地域では夏休みの始まりが遅い。終業式を終えて、大急ぎで駆け出した。友人ブラボーの家が最も近い。チャーリーを連れて三人でテレビに向かう。この計画は各両親にも伝えてあり、特にブラボーの母親は最も熱心に応援してくれる。予めテレビをつけて、チャンネルを合わせてあり、念のため録画もしてある。


「間に合った! まだエンディングだ」


 時間の余裕があった。荷物を置き、手を洗える。トイレも済ませられた。テレビの前に並び、コマーシャルメッセージを見て時を待つ。今日は話題の新作アニメが放送される日だ。三人が意気投合してから二年、きっかけとなった作品のスピンオフとあり、全員で一緒に観るこの日を楽しみにしていた。


『未来少女デルタ 第一話 消えた小学校の原因』


 デルタは幼少期に両親と家を失い、都市部の路地裏で残飯を漁りながら、汚れ仕事で日銭を稼いでいた。地域では珍しく髪色が黒のおかげで闇夜に紛れやすく、同時に、あちこちでは忌子と囁かれていた。数年前までは時折、小学生同士の輪に混ぜてもらえることもあった。しかし彼らも高学年になると、大人たちの真似をしてデルタへの迫害を楽しみはじめた。誰もが望んだ通り、デルタはただ一人で、社会の汚れ落としとして送り込まれた。落とした分は自らの身に纏わりつく。終わりのない日々に一石を投じたのは、後に相棒と出会うきっかけとなる、一人の依頼人だった。


「あなたの話は聞いてる。長期的な仕事をお願いするわ。半年後に娘のエコーが見合いをする。相手は成り上がりの田舎貴族の息子フォックスで、碌な教育を受けてないくせに、親の七光りで威張り散らしてる輩よ。証拠を出せない情報も含めるなら、小学校を狙って人攫いもしてる。そんなやつには決してエコーを触らせないわ。あなたはその日まで、うちで使用人として働き、そいつに近づくチャンスを作る。そいつを始末して」


 デルタは黙ったままで頷いた。声を出さないのは処世術を兼ねた暗殺術だ。驚いた時、予想外の事態で、人無意識に声を発する。それは隠れ潜む者にとっては致命的な脆弱性だ。そこで普段から声を出さずにいる。声帯が弱れば声も咄嗟には出ない。助けを呼べない副作用もあるが、デルタの場合は元々が助けを求められない。状況によるリスクと共有しているので、実質的にリスクが増えずに利点だけを得られる。


 使用人の制服として支給されたベージュの服に着替えた。普段の感覚で動けば汚れてしまい、黒い服と違って汚れが目立つ。相応しい歩き方から教え込まれて、生活の知恵に触れる機会も増える。デルタには貴重な経験だが、同時に知らなくてよかった世界を知ってしまったのでもある。半年後に再び元の暮らしに戻れるかは、半年後になってから考える。


 エコーに付き従う間、気になる人物がいた。服装から見える身分を変えて、同じ男が何度もエコーとすれ違うなど近くにいる。この事実にはデルタ以外は誰も気づいていない。その男を初めて見た日はちょうど、依頼人が家を開けた日からだ。一週間の外遊に合わせていると仮定したら、あの男は確実に危険だ。


 依頼人が帰る日の朝、男に動きがあった。今日はエコーが歩く背後をつけている。行動パターンは把握済みか。ならば動くのは今日で、依頼人の帰りを待ってはいられない。


 帰り道には、潜みやすく人目も少ないい道がある。車での通行も少ないながら可能で、大通りに続く曲がり道が多い。仕掛けるとしたら確実にここだ。


 狙い目の道に差し掛かる直前で、デルタはエコーの手を引き、別の道に進んだ。一見するとより薄暗い裏道だが、建物に囲まれているため、声を出せば遠くまでよく響く。この建物には小学生の子供を失った親が多く住んでいて、捜査が難航した理由の「他の誰かが通報すると思って何もしなかった」者による悲しみをよく知っている。そんな経験のおかげで、似た兆候を鋭敏に見つけて直ちに行動する。そんな期待が持てる。フォックスにとっては見た目以上にやりにくい空間だ。


 裏道に入り、男の影が追って裏道に入る所まででエンディングテーマが始まった。声の出演やプロデューサーなどの、よくわからない名前が現れては消えていく。アルファ、ブラボー、チャーリーの三人は、歌を聴き終えて、次回予告を見て、そのあとはもちろん感想戦だ。どのシーンがよかったとか、予想と比べてどうだったとかの話を思い思いに順番に語っていく。ブラボーの母は子供たちの様子を静かに見守っていた。



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