2021年06月29日【邪道ファンタジー】暁/墓場/暗黒のカエル (2530字を/86分で)
冒険者が金を積まれるとき、安全とはかけ離れた環境が待っている。アルファはすでに慣れ切っているが、組んで早々のブラボーはまだ駆け出しで、すっかり怖気付いている。険しさを冒すと書いて冒険者だ。力量を知るのはいいが、根拠なく恐るのはやめろと説教をする。
今回の仕事は、暗黒カエルの退治だ。夜ごとに共同墓地に出没するようになり、供物を食い荒らして掃除の手間が増えている。視界が悪く、足元には亡骸が眠っている。聖職者は万が一にでも蔑ろにできない都合で、冒険者に任せる。数は不明だが、鍋に収まる程度の大きさなので、二十は下回ると予想している。
アルファとブラボーは最初に、近くで宿を借りて、情報を集めている。何日をかけても報酬は同じだが、失敗すれば得られるものは着手金だけだ。確実な手のために準備を惜しまない。今回は着手金だけで二日は賄えるし、成功報酬と合わせれば六日分になる。時間の余裕をすべて計画に回し、四日目で決める。差分を余裕として手元に残しておく。
「ブラボー、今夜だけど。異常はあるか」
「いいえ、おかげ様で。僕のために四日も使ったんですか」
「まさか。それは副産物で、情報が一番。解毒薬って高いんだから」
「ええ! 最初に、暗黒カエルに毒はないって」
「退治するのは暗黒カエル。でも、戦場にいるのは他にもたくさんいる。ご存知ないとは、思わなかったね」
ブラボーは再び怖気づいたが、アルファは現地に連れ出して地面を指す。墓地の隅に土の色が変わる境界線があり、ここを踏み越えると暗黒ムカデが潜みやすい土質になる。決して踏み越えないよう指示し、踏み越えない限りはまず安全とも伝える。
「そんな危険な場所と隣り合わせなんて」
「勘違いしないで。潜むかもしれないだけで、確実に現れるわけじゃない。こっちに用がある人は少ないみたいだし、特に誰も困ってないのでしょう」
十分に仮眠を取って夜を待つ。日が沈んでからは、仕掛けた供物を喰らう音を探して耳を澄ませる。虫や他の動物の足音ばかりの外から、深夜になってついに音が聞こえた。計画通りの集まり方になるまで待ち、アルファの合図で、松明と短剣を携えて飛び出す。
計画通りのコースで歩く。暗黒カエルは明かりを嫌うので、松明を持って動くだけで追い込める。供物に群がっていた所から逃げられる方向は限られ、あっさり隅に追い込んだ。あとは順々に短剣で始末するだけだ。
そう確信していたが、奥の暗黒カエルだけ様子が違った。背中を向けてもぞもぞと動き、近くの数匹が集まっていく。
「変異体! 下がって!」
アルファが叫ぶと同時に、暗黒カエルは同族を喰らっての巨大化が始まった。大きくなるごとに口に含める数が増えて、最後にはバケツ一杯分の大口で全ての暗黒カエルを飲み込んだ。大きさは人間の子供程度だが、脚力に限ればその比ではない。一度でも受ければ骨が砕ける。ちょうどアルファが間一髪で避けた後ろの、墓石と同じように。
「アルファさん、どうしたら!」
「足止めを! 朝まで生き延びて!」
月は沈みかけている。それでも朝までの時間を戦い続けるには体力が足りない。ブラボーはもちろん、アルファも。ならば言う通り足止めで、負担を暗黒カエルだけに押し付ける。ブラボーは短剣を強く握りしめた。アルファの位置を見て、互いの間合いが干渉しない距離を保つ。教えの通り、積極的な攻撃は控えて、迎撃と、迎撃しやすい位置取りに専念する。
暗黒カエルも本能的に気づいているようで、アルファがあえて隙を見せた瞬間ばかりを狙って飛びかかる。短剣で受け流しながら少しずつ表皮に傷をつけている。ブラボーが見えるだけでも疲れが見えるが、それでもブラボーに任せるよりは被害を抑えられている。
ブラボーは情けなくなった。眺めるだけでいる自分が。カエルにすら相手にされない自分が。短剣を持ちながら、背中を向けたカエルに傷ひとつつけられない自分が。
飛びかかる都合で、少しずつ動いている。アルファと出会って間もない頃の、見ていた戦い方を思い出した。今はブラボーの左側に墓石が来ている。右手の短剣が動ける範囲が広く、届かない方向からは攻撃が来ない。動くなら今だ。
ブラボーは背中側から歩き寄って、短剣で突く構えをした。同時にカエルの右目がギョロリと動き、背中でブラボーへの体当たりをした。蹴りほどの威力ではないが、短剣は致命傷からずれた場所に刺さり、驚いたブラボーの手から滑り落ちた。ブラボーを出しゃばった後悔が包む。最期まで役に立てないまま、せめてこの隙をアルファに使ってもらえるよう願って目を閉じる。
続く一撃は来なかった。カエルがブラボーを踏み潰す前に、アルファが短剣を投げつけてカエルの脚に傷を負わせた。ずれた力は空振りとなってバランスを崩し、倒れ際に、背中に刺さった短剣をアルファが掴んだ。カエルの腕が千切れて、続いて左右の脚も短剣で切り離しにかかる。無傷のほうの脚で避けようとするが、その足元では暗黒ムカデが機嫌を損ねている。カエルへの噛み付きの直後から脚を痙攣させて、どうにか逃げようとしてもすぐにアルファが追いついた。
もうカエルは何も動けないが、念には念をいれて、アルファは右目でカエルを見たままで、左目をブラボーに向けた。松明を右に持ち替えて、左手を差し伸べる。
「いいタイミングだった。よくできたね」
「アルファさん、こうなると分かってて?」
「まさか。ムカデの上で暴れるまで待つつもりだったのが、おかげで早まったよ」
「ピンチだと思って動いたんですが、やっぱり僕、今回も役立たずでした」
「今回は、結果的に、ね。ああして勇気を出せる事実と、観察に基づいた判断を見せてもらった。次回やその後が楽しみだよ」
アルファは呼吸を整えて、ブラボーが改めて語る信義をただ聞いていた。助手が増えるのは、味わってみれば満更でもない。
暁が空を照らす。その光は暗黒カエルの体を変質させ、砂に変えていった。暗黒の生き物が暗黒たる理由だ。十分な休憩もできたので、依頼人への報告に向かう。予定より難関になったので、成功報酬の増額ぐらい当然の要求だ。証拠として暗黒カエルの変異体だった砂を小袋に詰めて、二人で歩き始めた。
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