2021年06月09日【悲恋】本/金庫/いてつく恩返し (1081字を/26分で)
雪の降る寒い日に、アルファは重い荷物を背負って街道を歩いていた。貧しい家に育ったので、寒い中でも服は見窄らしく、腕を体に密着させて、表面積を減らして体温を守っている。それでも風が吹くたびに雪が懐に入りこみ、大事な体温を奪っていく。
荷物が重い理由も、家に鍵をかけられないためだ。そんな状況で先に金庫だけを買ったので、金庫ごと盗まれるのを防ぐため、いつでも背負子に金庫を乗せている。中身は空っぽだ。外側がどれだけ立派でも中身がなければ意味がない。自分で理解するだけの知能を持っているものだから、より惨めに感じてしまう。
アルファが向かう先は街の本屋さんだ。誰が使っても同じになるまで分解した知識を使えば、アルファの成果も増えて、他の人間たちからの蔑みを抑えられる。本は使いかたさえわかっていれば大きな力を持つ。それ故に、貧民の決起を防ぎたい層は、知識を奪うための策を練っている。本は狙い目のひとつだ。
アルファが向かう本屋さんは、それらの勢力から逃れて、誰にでも知識を授ける使命を抱いている。ここに向かうのがアルファにとっての現状脱出だ。もし失敗したら、その時は改めて考え直すことになる。
その考えは杞憂に終わり、アルファは無事に本を手に入れた。台無しになる前にその場で読み始める。数学の使いかた。いくつの力をかければ、どれだけの作用が生まれるか、把握したならアルファの作業を進めやすくなる。積み重なったら、やがて一つの動きでふくすを同時に動かせるようにもなる。
まずは一つだけを覚えて、続きは帰ってからにする。金庫にしまい、帰り道を進んだ。雪が激しくなる。すでに粉雪から猛吹雪になっていた。近くの民家から隙間風に震える子供の声が聞こえる。アルファ以上のおんぼろ建築で、風が吹くたびに飛ばされそうに傾いく。建築基準法を無視した欠陥住宅で、基底部の深さが不十分なのだ。
アルファは見ていられず、その家に飛び込んで、金庫の中にある本を贈った。なけなしの金で買った本だが、自分以上のおんぼろ民家に住む子供をこのまま放ってはおけない。強さを得て状況を脱出させたい。子供たちはアルファよりも寿命までの期間が長い。つまり身につけた能力を使える期間も長い。
老婆の思い出語りはここで一旦の休憩を挟んだ。歳のせいか疲れやすくなり、広い屋敷のほとんどを自分では使えなくなった。今ではあちこちで出会った、困っていた子供たちに使わせている。
ブラボーは静かに、隣の部屋に向かい、飾った写真に手を合わせた。ちょうどこの場所で初めて出会った人だ。ブラボーもその遺志を継ぎ、子供たちを守る。
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