2021年05月29日【王道ファンタジー】森/井戸/家の中の記憶(925字を/35分で)
アルファの妹が大きくなってきたので、初めての散歩に出た。晴天の陽気の下で兄妹水入らずだ。まずは村の、他の家に向かう。反対側にある森の方が近いほど離れている理由は、二人の母親が脚を痛めていて、ほとんど動けないためだ。古い家ながら腕だけでも動ける設計になっていて、すぐには代替できずにいる。
景色の移り変わりを眺めて話を弾ませる。ブラボーは家の周りで遊ぶ頃から地面の草花を眺める時間を好んでいた。少し違う色の草を見つけては大はしゃぎでアルファを呼ぶ。アルファは認識が雑であるために形や色の違いを見落とし、同じ草だと思っている。観察はブラボーに任せている間はアルファは別のことに集中できる。
途中の井戸で、他の村人と顔を合わせた。アルファの挨拶を見ていれば顔馴染みの人物だとわかる。相手もブラボーを見て「大きくなったね」と声をかける。ブラボーには覚えがない相手なので、アルファの背後に隠れた。ブラボーより大きな二人は笑顔で何かを話し、村人は先に井戸を離れた。
「僕らも水を飲もうか」
「お兄ちゃん、さっきの人、どなた?」
「チャーリーさんだよ。冬にうちに泊まって手伝ってくれた人」
「わかんない。うちってどんな場所?」
ここからしばらく、両者の認識のずれを探す会話が続く。お互いにまだまだ幼いため、アルファはどんな理由であるかを判断する材料を持たない。答えを知っていれば的外れな予想を繰り返す。無意味な時間を書くのは作者も読者も不愉快な時間になる。ブラボーは家の中の記憶と家の外の記憶が断絶していて、場所を跨いだら記憶を引き出せなくなる。経験の違いはそのまま人格の違いになる。家の中のブラボーは草花を見つけた経験を持たないので観察が下手であり、家の外のブラボーには母親がいない。
難儀な特性を伝えた、ちょうど村に来ていた旅人だ。珍しいが少なくはないと知り、村人たちは始めかけていた異端狩りの矛を収めた。ブラボーは決断する。家の中のブラボーはごく狭い知識しか持たず、おおよそ役に立たない。家の外のブラボーを中心とし、家を持たない暮らしを始めよう。決めたらあとは、雨風から体温を守る方法があれば済む。
常緑樹の陰にハンモックをかけた。決して家ではない、一時的な拠点だ。
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