2021年05月15日【ギャグコメ】楽園/観覧車/輝く脇役(1270字を/50分で)
冬の観覧車が好きた。誰もが厚着をするおかげで座席は誰の肌も触れず、汚れがつきにくい。快適な環境から眺める景色も、木々がいくつかを残して葉を落とし、冬以外では隠れる部分を見せてくれる。アルファはこうして、冬のたびに一度は、一人で一している。
遊園地には数々のアトラクションがあるが、観覧車を降りた後で何をするかは決めていない。普段ならばランチを食べて帰る程度だが、今年は押し間違えて三枚チケットを買ってしまった。返品について確認も面倒だったので、乗り物を探して試してみようと思ったが、ジェットコースターもメリーゴーラウンドも長蛇の列を作っている。今日は冬休みの序盤にして、クリスマスの直前だ。
ひとまずはできたてのポップコーンを買ってベンチに座った。今年はイレギュラーが多い。例年より仕事が多く振り分けられ、例年より早い時期にここに来て、例年より混んでいる。手元にある食べ物も、ランチよりお菓子に近い。混雑を見て、せっかくだから例年との違いをつけて、聞くばかりだったできたてのポップコーンを選んだ。二十年来のポップコーンの味は想像と違う。素材が変わったのか、舌が変わったのか、とにかく違う味だ。
「隣、いいですか」
アルファは急に声をかけられ、返事が遅れてしまった。中央近くに座っていたので左側にずれる。
「ええどうぞ。失礼したね」
「あなたもお一人でこちらに?」
隣人は右手で飲み物を持ち、首をアルファ側に向けた。嫌う理由もないので話に応じ、弾ませる。似た状況に違う事情で向き合ったり、違う状況に似た事情で向き合ったりしていて、新鮮さと馴染みを両立している。共通点と相違点のバランスから打ち解けるまで時間はかからなかった。
全くの一致している要素もあった。お互い、女一人で来ている。
ブラボーの提案で次のアトラクションが決まった。偶然に見かけて気になったが、二人での参加が必須だったので、付き合ってくれそうな人を探していたそうだ。『楽園』というホラーハウスで、ジャンルとタイトルが不釣合いな所が興味を掻き立てる。どのように予想を裏切るのか、アルファも楽しみにする。
チケットを渡し、中に入った。最初に出迎えたのは、半球型の模型の前に座ってドライバーで端を持ち上げている男だ。色や形こそオムライスでも入っていそうだが、アルファはその半球の意味を知っている。
デーモンコア。かつて原子爆弾を作る研究において、どこまで動かせば反応するか実験する道具だ。うっかり半球を落としたら青白い光と共に放射線を発し、近くにいた研究員が一ヶ月以内に死亡する事故が二度も起こっている。
もちろん目の前にあるのは模造品だろうが、形だけで緊張感を抱くほどに危険物だ。この心境は、刀身が引っ込むナイフであっても突きつけられれば恐怖するのと似ている。
早く先に行くぞ、とアルファが促す一方で、ブラボーは説明書きを読んでいる。デーモンコアに関する概要から、目の前で何をしているのか把握して顔をあげた。
ドライバーが外れたと示す音が響く。周囲が青く輝いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます