おすすめ 2021年05月10日【ホラー】秋/砂時計/残り五秒の剣(2673字を/120分で)(2611字を/120分で
季節は流れて秋。
セスタはようやく「砂漠の怪物」の手がかりを見つけた。逃亡生活の合間を使って、各地の図書館を巡っていた。相手が国家ぐるみでなかったおかげで、司書の知識を頼る手を使えたのも幸いだ。
手にした記事は誰が見てもいい加減な飛ばし記事だが、怪物本人から聞いた情報と合わせれば信憑性が高い側だ。少なくとも情報なしと比べたら、ずっと。
メモリーキューブを本体とする、質量を持った立体映像。何の目的で誰が作ったか不明な存在だ。確かなのは人間を殺す動作を含んでいることと、現代の技術を逸脱していること。情報としては戦術レベルで、次に打つ手を決めるまでは役に立たない。
「切符よし、剣よし、防具よし。行くよアルマ」
仮の拠点の契約は今日までだ。最後に移動ルートと天気を確認してタブレット端末の電源を落とした。アルマはフードつきのコートを着てとてとてと駆ける。歳が離れた姉妹か、歳が近い親子に見える二人を、フロントマンは穏やかに見送った。
目的地はトットリ県にある。あくまで砂にこだわるか、それとも砂が最も見つけやすかったか。いずれにしても人口が少ない場所なのはわかりやすい。囲まれたら対処される存在であるか、もしくは怪物のせいで人口が減るかだ。
今回の目標は、ひとつでも情報が拾えれば御の字とする。
アルマは初めての新幹線に緊張した様子を見せる。周囲は大人たちばかりで、しかしアルマへの視線に悪意はない。せいぜいが通り道の確認程度で、彼らの目はもっと遠くを見ている。アルマはこの空間を心地よいと口にした。
昼食は弁当、俗に言う駅弁のうち、値段を見ずに決めた。アルマの体験をよいものにするための、セスタなりの気遣いだ。
食べるのはもう少し後の、動き始めた後にする。在来線の感覚では難しそうだが、セスタは楽しみにするよう指示した。
指定席へ向かい、発車までに周囲を見渡す。席の置き方と人々の荷物以外は在来線と大差がない。時計を見る。もうすぐで発車の時刻だ。
窓の外が動き始めたとき、アルマは目を丸くした。音は静かで振動もなく、歩き始めるのと同じように当たり前に動き始めた。
まず新幹線でオカヤマ駅に行く。特急列車に乗り換えて、さらにもう一度ローカル路線に乗り換える。
最後のの電車だかバスだかは一日に一本しかない。重要なのは頻度ではなく車体だ。もしもその車体にメモリーキューブが乗せられていたら、車内で確実に鉢合わせる。逃げ道はなく、障害物で動きにくい。戦場としては最悪だ。
目的地の情報には「ズールー駅を出てから二分後に見える」と書かれていた。電気製品のトラブルに備えて砂時計で測る。車内は運転手を除いてセスタとアルマの二人だけだ。仕掛けるならここと想定する。砂時計をひっくり返し、二分を待った。
案の定、一分とせずに、いなかったはずの半裸の男が現れた。今回は若そうな顔つきだが、変わらず筋肉質な上半身を見せつけている。セスタは立ち上がり、剣を構えた。砂時計を置き、他の荷物はアルマに任せて戦場の遠くへ隠れさせる。若者はそこで初めてセスタに気づいた様子で声をかけた。
「おやお嬢さん、僕にお気づきで?」
驚きを露骨に出した喋りだ。状況は互角で、後退できる限界の分だけ怪物が有利とも言える。その状況で話を始めた。闘争は第一目標でないと判断する。
「その通り。君は何者なんだ」
「守護者、で通じますかね。この車体を守っています。これまで無事故無違反ですよ」
「立体映像の怪物について、情報は」
「怪物だなんて心外だなあ。僕だって人間の諸君と同じ、文明を使って生きている存在だよ」
「君に似た存在に殺されかけた。そいつは自らを砂漠の怪物として噂を流し、調査した人間を殺していた」
若者は顎に指を当てて考える素振りをした。この姿勢と目線では急な攻撃はまずない。敵対の意思なしと確信し、セスタも警戒を緩めた。
「タウルスをご存知か。じゃあ僕も名乗ろう。キャンサーだ。よろしく」
「やはり知り合いなのか」
「怪物狩りだよ。そいつらは人間に似た姿で、時には寄生する場合もある。オリオンは血の気が盛んだから、おそらく巻き込んだんだろう。代わって謝罪を」
言葉の途中でキャンサーの様子が変わった。砂時計が二分後を指している。窓の先に見えるのは山だ。特別なものは見えないが、特別なものを隠すにちょうどいい。日光の入り方から、キャンサーの様子が変わったのと同時に山が見えるようになった。
キャンサーは白目を剥き、左右の前腕をキチン質の剣に変えてセスタに襲いかかった。咄嗟にセスタも剣を持ち上げて受け止める。剣となった両腕を眼前で交差させる、斬撃よりタックルに近い動きだ。後ろへ飛び退く勢いで剣を引き抜くと、キャンサーは前のめりにバランスを崩した。理知的な印象が失われている。
話を事実と仮定するなら、現状はキャンサーが言う怪物側の策謀による一時的な乱心と推測した。しかし、このままではセスタが死に、アルマもきっと遅れて死ぬ。セスタはまずアルマを守りたい。
セスタは目を使った。『中心を見る目』は目にした全てについて正確な情報を提供する。キャンサーを抑えるならば狙うべき場所は左肩の一点だ。適切なタイミングを待ち『万物を貫く剣』で突く。
立体映像も肩甲骨周りの骨が入り組んでいて、剣先を隙間に引っかけている。交差させた前側となる左腕が止まり、右腕の可動域を狭めている。キャンサーは壁に押し付けられながらもばたばたと抵抗する。
車内から件の山が見えなくなるまでまだ時間がかかる。その後も状態が戻らなかったならば、不可逆的な変化と断定してキャンサーの本体を破壊する。判断する前に剣が折れたら、次の手はアルマを連れて車外に飛び降りることだ。速度は出ているが、二人が死にはしない。セスタがさせない。
保て。剣への負荷に問題はない。重要なのは腕だ。実行できない力は持ち腐れるのみ。角度をつけて脚の力も使う。キャンサーを壁に押し付けている。窓の外を見た。あと少しだ。リン酸カルシウムによる筋肉の悲鳴を理性で黙らせ、一番長い五秒を過ごした。
時が過ぎると、キャンサーは急におとなしくなった。目と意識が戻り、状況を確認する。セスタが勝利条件を満たした。
キャンサーはセスタへの協力を約束した。これまでとは別の何かが起こっている。その解決のためにセスタの力が必要だ。
セスタの返事は握手だ。
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