傑作選シリーズ1:ゾディアック (仮題)

おすすめ 2021年03月27日【ホラー】砂漠/矛盾/最弱の幼女(3111字を/103分で)


 吹き荒れる砂が夕陽を乱反射する。視界が遮られ、開けた空間なのに部屋にいるのと同然に感じる。砂漠の天候としてはおおよそ最悪な中、歩いて横断する人影がいた。一歩ごとに爪先で左右を探り、ガラクタや植物が落ちていないと確認してから踏み出す。尺取り虫が這うような動きで、少しずつだが確実に前へ進んでいる。


 Aは幼少のうちに、特異な目を見初められた。見た物の本質を見抜く力があり、言いよる男たちが体目当てと察知したり、擦り寄る女たちの打算が見えた。やがて疑心に囚われたAが甘言を得られる唯一の場がインターネットだ。誰かが入力した内容がサーバに保存され、問い合わせると同じ内容が送られて送る。自分の機械で再構築した文字ならAが見ても自分の端末が役割を全うしているだけだ。相手の意図を中継点が隠してくれる。


 闇組織がAに目をつけるのは必然だった。敵対的でない発言をAに対して送る唯一の救いになり、Aは褒められるままに行動した。通常ならばAを切り離す手間が必要だが、Aの周囲の人間たちは、自発的に闇組織に協力していた。故意なら改める余地があるが、何も気づいていない善意の第三者なので、誰にも彼らを救いようがない。


 数々の自覚なき悪に囲まれたAだが、一人だけ信用に足る存在が現れた。闇組織の手先として行動する途中で、エルフと呼ばれる部族との混血児と出会った。耳の形が異質なので迫害されていたが、Aだけはただの人間だと看破した。境遇が近いのもあり、打ち解けるまでは早かった。一件を終えた後、まだ幼いBは行く当てもないので、Aと共に行動している。


 打ちつける砂から身を守るのは、Aの肩から足首までを覆うマントだ。ただの薄い木綿だが、砂を防ぐには十分な性能がある。風を孕ませれば矢を絡め取って背中を守れて、水を吸わせれば銃弾や炎も防げる。単純な形ゆえに組み合わせの幅が広く、一人旅にちょうどいい。


 Aの左脚にしがみつくようにしてBも砂から守っている。後ろはマントで、前は長い巻きスカートで、足元は靴下で。砂をどうにか防いでいるが、暑さは防げない。


「陽が落ちる。場所もいいし、休憩するよ」


 Aの言葉に対し、右手で脚を叩いて「分かった」と伝える。事前に話をつけた通り、Aから巻きスカートを外して、Bの背中まで守る。Aはマントを外して、テントとして地面に固定した。反対側は支柱を立てるつもりだったが、偶然にも頑丈なガラクタが壁を作っていたので、ありがたく拝借して反対の壁とした。


「もう大丈夫」の声を受けてBは久しぶりに目を開けた。見えるのは砂の色と、横転した車の下側だ。出発する前に聞こえていた噂話を思い出し、不安にする。


「本当に、あった」

「何が?」

「何かが。砂漠にある人工物の近くで、蜃気楼の怪物が出る、って噂があったの」

「怪物ね。幽霊話ならよくあるけど、今回はわざわざ砂漠の人工物に結びつけてる。何かしらはあるね」


 Aは真面目な顔で考え始めた。砂のメモが使い放題なので、Bにはわからない文字や図も使って思考を進めている。その様子をみてBは、これまでの経験から、こんなに信用されると思わなかったので、どこか後ろめたく感じた。


「別の場所のことかもだから、何もないかもしれないけど」

「無駄になるなら、それでいい。実は私もこの車に、見たことがない何かを感じてるんだ」

「やっぱり他のルートを選んでおけばよかった、かなあ」

「これでいい。砂漠なら苦しいだけで済むから、私たちの選択肢としては最善だった」


 Bが不安を言葉にするたびに、Aが優しく背中をさする。Bにとっては最初の旅路なので、先が見えない恐怖に押し潰されそうだ。Aは先輩として背中で支えている。


「危ない」

 Bの脚の間に、突剣を刺した。砂の下へ斜めに潜り込み、引き抜くとちょうど尻の下にあたる位置で脚が多い虫を貫いていた。

「サソリだ。毒があるから、触らないで」


 Aの早技を間近で見るのは、言葉よりもよく響いた。Bの安心した顔に微笑みかける。刀身についた体液を拭き取り、再び銀色に輝いた。


 テントを叩く音が弱まった。陽が落ちて、同時に砂嵐もいくらか大人しくなっている。


 雑音が減れば他の音が聞きやすくなる。外から、掠れそうな声が飛び込んだ。

「苦しいだけだと、思っているのか?」


 Aは外を確認する。

 横転した車の、開いたままの後部トランクから、青白く輝く何かが噴き出していた。地面の近くから形を作っていき、徐々に老齢の人間に似た姿を作っていった。青白かった光はやがて褐色に定着し、筋骨隆々の上半身を露出し、いくつかの傷と、顔を覆う白髭がわかる。Aには追加の違和感がある。確かに姿を見ていながら、正体が掴めない。


「蜃気楼の怪物だ!」

「これが?」

「逃げよう!」

「逃がさん!」


 どこからか取り出したナイフを持ち、Aに斬りかかった。左腕の袖を留めるベルトで初撃を受け流し、距離を取った。突進の勢いも利用して、突剣で心臓の位置を貫き青く輝いた。


 しかし、手応えがない。蜃気楼の怪物は左手に掴んでいた砂をAの顔に投げつけた。目を覆いながら離れて、接近する右手を想定した場所を狙って突剣を振った。まだ手応えがない。再び目を開けたとき、突剣は銀色の光沢を持ったままだった。


「『万物を貫く剣』か! マニアだな。だが残念、そいつを正確に言うなら『貫けない記録を誰も持ち帰れなかった剣』だ。俺たちの身は誰にも貫けない。せっかく噂を流したのに、お前は知らなかったようだな」


 蜃気楼の怪物は勝ち誇って、手近なBの側に振り返って、覆い被さるようにナイフを構えた。このままではBが殺される。


「逃げてA! 役立たずだった私も最期くらい囮になるよ!」

「やめろ!」


 Aは叫ぶ。が、それだけでは足りない。策を見つけなければならない。使える時間は五秒だ。時間切れをしたらBの首にナイフが届く。蜃気楼の怪物は噂を流したと言っていた。つまり誰かを呼びたかったのだ。ご丁寧にも目印がある場所を陣取っている。まるで蟻地獄だ。


 しかしテントを構えた時点では現れなかった。夜が必要? いやそれでは誰かを呼んでも仕方ない。調査団は撤収か休憩をするだろうし、目印の人工物を動かす実験もありうる。ならば重要なのは砂嵐だ。なぜ砂嵐ではいけない? Aは二個の情報に思い至った。視界を動かすと、Aだけにわかる三個目もある。


「そこだ!」

 突剣を投げた。狙いは蜃気楼の怪物ではなく、最初に青白い光と共に現れた場所、トランクに入れられた立方体を貫いた。ショートしたのと似た火花をあげて、焦げ臭さが立ち込める。


「ぐおお! 貴様!」

「蜃気楼の本体は、そこだったようだな」

 今度はAが勝ち誇る。


 蜃気楼の怪物が現れたとき、青白い光が集まるようにしていた。砂嵐で光が遮られる。これらの情報から、Aは立体映像に似た何かと想定したのだ。その仮定は、トランクにある立方体を見て確信に変わった。何かの目的で、意思を込められた立体映像らしき物体がばら撒かれている。刻まれたナンバーから少なくともあと三個は確定だ。それらのひとつがこの砂漠に倒れ、やがて蜃気楼の怪物として噂を流し始めたのだ。


「怪物、『俺たちの身は誰にも貫けない』と言ったが、正確には『貫かれた話を誰からも聞けなかった』だったようだな」


 投げられた言葉をおうむ返しすると、引っかかる言葉に気づいた。


「『たち』? 他がどこにいるか教えろ」

「誰が答えるものかよ! 答え合わせなら地獄でしてやるがな!」


 立方体が燃えて、部品が破裂していく。連動するように蜃気楼の怪物も姿が崩れていった。最期の憎まれ口の後は、笑い声だけを残して、姿を消した。


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