2021年05月08日【大衆小説】夏/橋の下/正義の高校(1166字を/34分で)


 夏休み前の最後の一週間とあって、生徒たちの浮き足立った話し声で溢れている。やれどこへの旅行だとか、やれ誰との爛れたデートをするとかで、学年ごとの順位づけを競う。ブラボーもかつては興じていたが、今にしてみればなんと稚拙なことか。向かいにある喫茶店のボックス席から眺めている。


「アルファよ。見えているな」

「もちろんだ。校門を出た生徒が合計一九九人、校内に残っているのは残り六二人だ」

「よろしい。明日から貴様が潜入するのだ」

「正気か? いくら俺でも、外見は生後八ヶ月の赤ちゃんだぞ。適役は母君に思うが」

「私は顔が割れている。卒業写真を廊下に飾る風習があるから、すぐに見つかるのがオチだ」

「下世話には同じ顔の人間が三人いる、と言うが」

「その三人すべての写真が残っている。強固なセキュリティだ」

「なるほどな。さすがジャスティス・ハイスクールだ。わかった、俺が行こう」


 アルファは椅子から飛び降り、高校へ向かった。大人の顔より短い脚では店内から出るのも一苦労だ。ブラボーは背中を見送りながら、紅茶の残りを味わった。黄泉比良坂で飲んだ頃から変わらない味だ。


 アルファは神族の力を取り戻したとはいえ、肉体は八ヶ月の人間の小童そのものだ。目的は同じく神族の力を取り戻した父君を討つことであり、そのためにジャスティス・ハイスクールは都合がよい。父君もまたこの高校の卒業生であり、母君と同じ理由で不可侵となる。もし侵入したならば、正義の力でたちまち袋叩きにされてしまうからだ。


 横断歩道を渡るにはアルファの脚は遅く、通りきる前に信号が変わってしまう。そこで歩道橋を渡ることにした。


 赤子の身には階段の全てが巨大な障壁として立ち塞がる。肩までの高さをよじ登ること五〇回を切り抜け、ようやく歩道橋の上に立った。すれ違う人々からの妨害がなかったおかげで予想よりも早い。かつてのこの地なら出会うたびに三段は蹴り落とされていた。


 歩道橋を渡るために足を踏み出した。その時、足元が音を立てて崩れた。ジャスティス・ハイスクールの近辺には不浄なるものを拒絶する結界がある。アルファはその結界に触れてしまったのだ。


「ぐわあああ! なぜだ! なぜだ! なぜだ!」


 自らの持ち物を確認する。全て母君に渡してきたはず。ひとつだけ確認漏れがあった。おしめの中だ。アルファのおしめの中には出したてのうんちがあった。


「こいつかああああ!」


 アルファはうんちを掴み、勢いよく投げ捨てた。確認漏れのせいで気が遠くなる歩道橋の階段を登り直しだ。だからおしめを変える必要があったんですね。幸いにも歩道橋の下は通行止めになったので、車に轢かれることなく再挑戦が可能になった。しかし到着が遅れたためにこの先のチャートを即興で練り直すことになる。


「今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました」


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