傑作選シリーズ2:妖神 (仮題)
2021年04月20日【大衆小説】来世/冷蔵庫/最初の子ども時代(1647字を/70分で)
アルファが初めて口にした言葉は、ママでも買うでもnice to meet youでもなかった。
「これが冷蔵庫か。便利なものだな」
母親は驚きのあまり、侵入者を疑った。警報装置を掻い潜った何者かが赤子のふりをして喋ったのかもしれない。その考えは台所で一人佇むアルファを見て改める。
これまでアルファに聞かせた言葉の中に、冷蔵庫も便利も含まなかった。このご家庭には冷蔵庫が二機あるので、片方をパナ、もう片方を大山と呼んでいる。外へ連れて行ったときも冷蔵庫と発した人間はいなかった。冷蔵庫売場の前ですれ違った新婚さんも冷蔵庫とは発しなかった。
「アルファ、どこでその名前を?」
「以前に流言を散見する時期があってな。結局、邂逅を待たず死別してしまったが、いずれ機会が来ると思っていた」
「ほう。私の預かり知らぬ所で鍛錬に励んでいたと見える。殊勝な子は好きだよ」
「恐縮なり。ときに母君。父君のおかえり時刻は?」
「戌の三つ刻、あるいは亥の刻に。なにか心配事かな」
「左様。父君は我が仇敵なり。きっとそれで育児参加に消極的なのだ」
母には思い当たる節があった。
「貴殿が産まれ出る前月、彼の者は育休の準備をしていた。だけど産まれた後は、一転して消極的になったのが気になるね。矮小故の反目とも思ったが、ひょっとしたらと思ってた。きみとの話で確信したよ」
「信用いただけるか」
「半分はね。残り半分は、馴れ初めを申せ」
「よかろう。我が最初の子供時代のことだ。当時の親は周囲を血の海にしてぼくを産んだ。兄弟もいた。その中に私を敵視するものがいたのだ」
「其奴の来世が今の夫だというの?」
「そこは確証なく。輪廻転生を繰り返すうちに俺を敵視するものは増えていったからな」
母は強い。
「ならば妾が出よう。聖戦なら得意分野だ」
「貴様が? キルレシオは一日あたり千キル止まりと聞いたが」
「それも今は昔の話よ。今生までアプデを積み重ねてきた。その一つが処女懐胎だ。ふん!」
母の掛け声に呼ばれるが如く、エプロンの下の、スカートのさらに下から産声が聞こえた。ずるりと赤い塊が落ちる。床を血で染めながら這いずり回って、アルファと顔を向き合わせると、白い歯を見せて口角を吊り上げた。
「まだまだ行くぞ。おらあん!」
母の叫びと共に、ぼとぼとと赤い塊が落ちていく。それぞれが先兵と同じく這いずり回って持ち場についた。母の護衛、アルファの護衛、進路の確保、退路の確保、物資の供給、治療など、役割を分担した一個師団を編成した。
「驚いたかアルファよ。ざっと三千のうち、戦闘員は千。意味がわかるな?」
「驚いたな。千キルが千人ならば、つまり百万キル。しかも敵が使うであろう能力をこちらも身につけている。この勝負、勝つ」
「その通り。ただし、敵も時間の条件は同じだ。どんなアプデを積み重ねてきたか、まずは情報戦といこうじゃないか」
「偵察部隊か」
「それもいいが、せっかく兵力があるのだ。学会を作る」
意外な母の言葉にアルファは反論した。
「そんな悠長な! 兵力は多いが、無限じゃない。確実に成果が出るところに集中するべきた」
「短期的にはな。しかし我らは歴史において勝利する側だ。勝者には悠久の時に繁栄を齎す義務がある。怠れば、負けるのが遅かっただけになるぞ。我が子らの中にはその生き証人もいる。出でよ正義の四文字、DMCA(Disaster Malevolent Catastrophe Ally)!」
呼び声を受けて手をあげて位置を伝え、その者と母の間に待機していた軍勢は自ら左右に割れた。歩いて渡ったのは、外見こそ他の者らと大差ない、唯一メガネをかけている赤子だ。母の前まで機敏な動きで到着すると、敬礼をして、明瞭な大声で報告した。
「マム! きました! マム!」
「よろしい。集まった者共に聞かせてやりたまえ。理不尽で差別的で依怙贔屓で暴力的な言葉をな」
「マム! 語ります! マム!」
返事の後、振り返って群衆に向かう。咳払いに続いて衝撃的な言葉を口にした。
「今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました」
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