2021年04月23日【王道ファンタジー】南/目薬/壊れた恩返し(3042字を/112分で)


 ここ数日、ブラボーは待機中でも兜を被ったままでいる。どのメンバーが問い詰めても、寝癖だとか化粧崩れとかで誤魔化し続ける。ブラボーは誰からも信頼が厚く、誰とも打ち解けている。些細な内容を隠すはずがない。異変を察知して駆け回れど、確実な情報はクエスト受注履歴の、単独でズールー渓谷へ向かった記録だけだった。


 アルファが知らせを受け取ると、すぐにズールー渓谷の調査を始めた。ゴブリンが住み着いていることで有名だが、他にどんな生物がいるかは話題にならない。近辺や道中を合わせても脅威はゴブリン止まりのはずだ。もしくは、危険すぎて誰も情報を持ち帰れなかったか。資料庫に目立つ情報はなく、記録の日付もそろそろ古い。情報を共有して、次に向かうべき場所を決めた。


 トラブルが起これば人がどこへ行くかは決まっている。怪我をしたならば医者へ、怪我をさせられたならば警備隊へ、怪我をしそうならば建築家へ。ちょうど他の各メンバーと分担できる。アルファは医者の話を聞きにいった。


「ズールー渓谷。またこの例か」

「ご存知ですか。どうか教えてください」


 医者は唸りながら、カルテとは別の棚を開いた。近日に多発する例をまとめたファイルに日付と簡潔な症例を書き留める。以前の記録と照らし合わせて、目か耳が関わる異変と推測している。兜以外にも、耳当てや仮面を外したがらない例があった。頭部を隠し始める部分が共通している。ブラボーの兜は鼻より上の高さを覆うタイプだ。


「回復例はありますか」

「ある。特殊な目薬を調合して治った例がひとつだけ。そのブラボーさんが目の方なら、二番目の例になるかもしれない」

「回復しなかった場合は」

「報告があったのは、『一週間後に失踪した』だけだ。この人物も、ブラボーさんのように慕われていた」

「今すぐ連れてきます。先生は目薬を」


 医者の顔色が陰る。話によると、特殊な薬草が必要で、すぐには用意できないという。南のY峡谷に自生しているそうだが、そちらはゴブリンより遥かに危険が生物が群れをなしている。地上には食人植物が生え、その上を怪虫が跳びまわり、空からはワイバーンが屍肉を狙っている。


「今すぐ行きます。決して止めないで。私は一人でも行く」

「そこまでの決意が?」

「ブラボーには恩があるんです。ブラボーがいなかったら今頃、私は誰にも知られずに死んでいた。ブラボーのおかげで拾った命なんです。だから、絶対に報いる」

 医者は大きな呼吸で決断した。

「わかった、止めないよ。ただし、応援を手配する」


 手配を待つ間にもメンバーと合流して、情報共有をした。アルファの情報がいちばんの当たりだった。他の情報は裏付けとしては有用だが、単品では行動に繋がらない。Y峡谷までは往復でも半日とかからない。危険な中を歩き回る時間に限れば、一時間にも満たない。ほとんどの時間を牛車で体を休めて過ごす。


 手配された応援の人員と顔を合わせた。荷物持ち、応急処置、実地調査。必要なことは山のようにある。今回は各二名に絞り、短時間での作戦とした。あの医者が抜け目なく緊急クエストとして発注したおかげで、資金やその他について深く考えずに済む。


 挨拶もそこそこに、現地で体を使う組は楽な姿勢で仮眠をしながら揺られた。文明の威光が弱まり、最後の境界を越えると途端に、大自然が支配する空間が広がった。巨大な植物が無秩序に暴れまわり、その陰では小さな植物が見窄らしく枯れかけている。ギャアギャアとやかましい鳴き声が四方八方から聞こえてくる。仮眠から叩き起こされて、慣れるための準備期間になった。


 山岳地帯に足をつける。ここを出発したら、戻るのは一時間後だ。そのうち一〇分は行きの道で、二〇分でことを済ませて、三〇分で帰り道とする。帰りは薬草を抱えているはずなので、移動時間は帰りの方が長く見積もっている。


 道を確認して、必要なら整えながら進んだ。アンコウの歯に似た、奥へは進みやすいが引き返すには困難にする植物がたまにある。段差を越える度に、目印をつけて「この場所には段差がある」と示す。


 目的の峡谷に着いた。見るまでは岩肌が露出した状態を想像していたが、実際は蔦や苔がへばり着いている。見間違えが即ち転落に繋がる緊張感に包まれる。


 アルファが真っ先に手を動かした。葉の形を見て、これかと思うものを引っこ抜く。まずはすぐに戻って、同行した荷物持ち班に見せる。狙いの薬草だとわかったら、次からは同じような形を見かける度に引っこ抜いていった。助言の通り、一箇所からではなくバラバラの場所から採取すること。密集して生えているならば間引くように採ること。今後も採れる状態を維持するための行動だ。


 その合間に、怪虫が寄ってきたら追い払う。採るだけならさほど苦も無く済むが、怪虫に襲われると話が変わる。人間の手のひらほどの大きさで、長い脚と大きな翅を持つ。長距離の飛行は苦手だが、短距離ならば頻繁な上下移動の影響で性能以上の脅威となる。


 本体は獰猛でもなく毒もないが、無邪気に興味を持ち近寄ってくるため、爪が刺さると細菌の侵入経路となる。追い払う動きをしてはいけない。遊んでくれると思ってさらに近づいてくる。対処法は、最初の一匹を殺してその死体を持つのがよいとされる。


 ひと通りの用事が済み、帰路に着こうとした。同時期に、運悪くワイバーンが一行を見つけた。ここのワイバーンは屍肉食だが、積極的に屍肉を作ろうとする。特に群れが増えてくると、老齢の個体が率先してこの狩りを始める。どちらが死んでも餌が手に入るのだ。


 アルファに急降下突撃が迫る。左手には薬草を抱えていて、すぐに使えるのは右手の一本だけだ。合流には時間が足りない。非常用の短剣を取り出して迎撃の構えをした。


 首の側面を殴りつけるようにして短剣が突き刺さった。ワイバーンの一匹は対処したが、翼を広げた後ろに二匹目が隠れていた。アルファ が振るった右腕が正面にある。鋭い牙が二の腕を引き裂き、勢いと合わせて切断した。


「ぐあああ!」


 平時とはかけ離れた声が響く。背後からアルファを見ると、二匹のワイバーンが左右に連結されているように見えた。状況を理解するまで時間を要したのだ。幸いにもワイバーンは十分な屍肉を得て、近くで食事会をしている。足りないと気づく前に退散するべきだ。


「まずは止血する。大急ぎで拠点に戻ればまだ間に合う」

「私はいいから、早く薬草を!」

「それは急いでも誤差だぞ。緊急なのは君のほうだ」


 同行班の薬液は、多用途だが一時的なものだ。とりあえず拠点に戻るまでを繋ぐ目的に特化している。血液不足で動けなくなる事態は回避したので、痛みを堪えて元の道を歩いた。


 腕一本だけで普段の荷物以上の重さがある。左右のバランスがこれまでにない変化をしては、歩くだけでもまだ適応していない。加えてこの道は段差や落ちた蔦で歩きにくくなっている。なおかつ、傷口付近の衛生を可能な限り維持する。垂れ下がる葉や蔦からかばいながら進んでいく。


 どうにか拠点に戻り、消毒と手当をした。本格的な治療は六時間後になるが、それまでを生き延びる程度なら十分に見込める。とはいえ、その後も右腕なしの暮らしを続けることになる。


 さらなる困難が待っている中でも、アルファの表情は穏やかなままだ。ブラボーを助けられる、その一点だけで満足している。大恩を受けて立ち直った日から、ブラボーのためなら身を惜しまないと決めている。これまでも訓練を重ねて、過酷なクエストを切り抜けた成果もある。


 当分は回復に専念して復旧を早める。スペアの臓器はまだまだ残っているから。



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