2021年04月13日【ミステリー】現世/コーヒーカップ/新しい幼女(1722字を/105分で)
「コーヒーカップに、女の子が一人で乗っていたので」
Aは遊園地勤めを始めて一週間になる。短いながら、少しずつ日々の仕事にも慣れてきた。この知らせへの対処法も。
「すぐに向かいます」
事務所の裏口から出て二〇秒、スタッフ用の通路からコーヒーカップに向かった。慣れた手つきで鍵を取り、完璧な力加減で扉を引く。余計な音を抑えて、無関係な人々には何でもない状況に見せる。
コーヒーカップは色と形が少しずつ違っていて、今年はフルーツの形になっている。目だけを左右してりんごの赤色に、枝がついた方を探し、Aの前に来るまで待つ。
御年を七前後の女性が降りてきた。
「Aさん、こんにちは。待っていましたわ」
頭を下げて、スカートを持ち上げて、左足を下げる。カジュアルながら生地は上質な、いかにもなお嬢様だ。当然、置き去りにされるような家庭環境とは思い難い。
「こんにちは。またですか」
「ええもちろん。何度でも諦めませんよ」
女性、Bは小さいながら背筋を伸ばし、大人びて見える。Aが来てからの一週間に顔を合わせたのは四度目だ。休日を除いけば毎回会う相手で、その度に迷子センターに届けて、その度にいつの間にか姿を消している。
「今日こそ迷子センターで親御さんに返しますよ。僕が嘘を言ってると思われ始めてる」
「まあ。なんて疑り深い。類は友を呼ぶって言いますものね」
「僕は疑ってるのではありません」
「私の家まで着いてこないのに?」
Bの話はいつも同じだ。Bの家に招待する、と言いながら、目玉アトラクションのホラーハウスに連れ込もうとする。一人あたりに使う時間が多いのでチケットの金額が最も高く、二ヶ月先まで完売している。
初めは単に言いくるめでの割り込みを狙っているのだと思ったが、まさかと思う情報がある。ホラーハウス内部にはあちこちに額縁入りの絵が飾られて、由緒正しそうな雰囲気に一役買っている。
中でも三階の回廊に並ぶ少年少女たちの絵は特殊なギミックがある。一枚に一人が描かれた絵の前を通ると、目が動いたり音を立てたりする。日によって動作する絵が違っていて、たまに誰もいない絵に切り替えることがある。設定では、交代で現世に遊びに出ることになっている。
その絵のうち一枚を紛失したと言うのだ。心霊現象は作り物とわかっていても、まさかと思ってしまう。目の前にいるBは、回廊の絵と並んでいても遜色ない風貌をしている。
「試しに、ですよ。このあと夕方の五時二十二分なら、少しだけ融通できるかもしれません」
「随分先なのね。お腹が空いちゃう」
「どうにかします」
Aは各方面への連絡をして、Bの身を預かった。誰に預けようとしてもいつの間にか姿を消し、他の誰も声を聞いたことがない。ならば試しに、A自身が動いたらどうなるか気になったのだ。
売店で飲食物を買う。もちろん自腹で、どれを買うかはB自身に選ばせた。看板から眺めた中から選んだのはホットドッグだ。
飲み物を選ばなかったので、勝手に水とココアを買い与えた。
美味しそうに食べる。ホットドッグはメニューの中で唯一、食器を使わずに食べる。フランクフルトやフライドチキンと違って、残る心棒もない。つまり、唾液が残らない。
いい選択だ。ならば、飲み物で唾液を採取する。今の技術ならデオキシリボ核酸を解析して持ち主の特定ができる。Aはストローに口をつける瞬間を待つ。会話をしながらも目は口元とストローを捉えたままだ。
「飲まない? 塩分を摂ると喉が渇くと思うけど」
促してようやく口をつけた。唾液が残らないような咥え方にはなってにない。第一目標はクリアだ。
食べ終えた後、ごみを捨てに行くふりをしてストローを確保した。他と混ざらないよう、ジッパーバッグで守る。
約束の時刻にホラーハウスへ向かった。きっと三階に何かがある。その日の記憶はこれが最後になった。いつの間にか家に帰っていて、確保したはずのストローも無くなっていた。
出勤し、事務所で着替えを済ませた。今日は早番で、開園前にコーヒーカップの点検をする。
職員を除いて誰もいないはずのコーヒーカップから、御年を七前後の女性が降りてきた。
「Aさん、初めまして。Cと申します。待っていましたわ」
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