2021年04月07日【指定なし】暁/橋/新しいヒロイン(2330字を/100分で)
「悪いなA、今日はデートの約束があるんだ」
その言葉を最後に、教室に残ったのはAだけになった。自分の席に戻り、残りの荷物を鞄に詰めて、無人の教室を後にする。
Aはもうすぐ、高校の二年生になる。地元の小学校を出て、地元の中学校を出て、そのままの流れでなんとなく地元の全日制の高校に通っている。地元愛だと通しているが、本当は心から惹かれる何かに出会っておらず、考えない道を進みながら転機をじっと待っている。小学校からの付き合いがある幼馴染グループは高校も同じだが、変わらず馬鹿な話をする時間は確実に減っていった。男女ともに恋人ができたり、打ち込む趣味や技術と出会ったりしている。Aもそろそろ、積極的に動く方がいいかもしれない。
そう思ってもすぐには行動が思い浮かばないままで、翌日も翌々日も同じような日を過ごした。違いは少しだけ、周囲の様子を眺めた。他の皆はどうやって新しいものと出会っているか。スマホを読んでいる者はいつもメッセージを入力する様子なのできっと違うとして、他に目立つのは雑誌の回し読みだ。スマホも持っている中で回し読みをするとなったら、相応の価値がある情報と見える。今日は本屋に寄ってみようか。
とりあえずメモをしたAに声をかける女性がいた。
「おいっす。まだ一人かい?」
「B。急に何?」
「このあと恋愛相談に付き合ってほしくて」
Aは顔で疑問を伝える。恋愛相談ならば、恋愛経験がないAを選ぶのはおかしいとか、Bは彼氏がどうとか言っていたとか。その疑問への答えはすぐに提示された。
「飲み物くらいなら奢るからさ、相談をされさせて?」
「されさせるって、僕が相談をするって?」
「その通り。説明するときにこそ頭に入るっていうからね」
なんだそりゃ、とぼやきながらもAにとっては渡りに船だ。ちょうど求めていた情報を得られるかもしれない。そうでなくても、久しぶりに幼馴染と遊ぶ機会とあって、新しい趣味について質問をしようと思い浮かべた。
高校からの帰り道にはいくつかのカフェが並んでいる。有名なチェーン店は商店街の一等地に構えて、隣の通りや脇道に個人経営の店がぼちぼちある。その中でBが向かう先には指定があるらしい。
「カフェ・橋渡し? ここがおすすめの店か」
「恋愛相談だからね。ここであれこれ話をすると、いい雰囲気になる機会が来る、って噂があったの」
「僕とBの間に? それとも、それぞれ?」
「それを確かめる」
「実験台じゃないか」
笑い合いながら、ドアを押して入った。頭上からカラランと鈴の音が鳴る。ドラマで聞いた音を聞く機会が本当にあった。
「いらっしゃいませ」
初老の男性が抑揚つきで歓迎の言葉を発した。緑色のセーターの下からワイシャツの襟や袖が見える、いかにもマスターの風貌だ。
「その制服、Z高校の子だね。娘がもうすぐ入学するんで、よかったら仲良くしてやってよ」
「もちろん、来年もいますよ。私は吹奏楽部」
「僕は、えーと、いまは帰宅部」
二人とも一見のはずなのに、Bはいきなり話を弾ませた。同い年のはずなのに、なんだか大人っぽくみえる。そのままの勢いで奥のテーブル席まで先行し、メニューを渡された。コンビニで見た値段と比べると三倍や四倍の値付けがされていて、どんな違いがあるのか興味が出てくる。
「ゆっくり決めなよ。私はもう決めた」
「どれ?」
「ホットココア。変に背伸びしないで、飲み慣れた味に近いほうがいいよ」
「そういうもんか。じゃありんごジュースにしようかな」
注文を済ませて、到着を待つ間は最近の出来事について話した。Aの話は、そろそろ自分から行動しようと思ったこと。Bの話は、彼氏とは細かな反りが合わず別れたこと。
深く掘り下げる前に、飲み物が運ばれてきた。意識を会話から離してコップの中身に移す。話題を変えるにちょうどいい。
切り出したのはBだ。
「それで、恋愛相談だけど」
「それでって言われてもなあ。どう相談したらいいものか」
「気になってる相手がいないなら、どう出会うかって所だね。私としては、趣味とか、友達経由とかの、ある程度の共通点がある相手がおすすめだけど」
「そうだよねえ。その趣味とかを、出会いと繋げる方法がよくわからないけど」
Bは例を出したり流行の情報を語ったりしていく。話の内容からどことなく、Aの内心を探っている気がした。Aからのアプローチを待って、受け取りやすい状況を作っているが、Aが気づかなかったり、気づいてもBへの好意がないならば話を進めないでおく。気づいていようといまいと、主導権をAに渡しているのだ。
ひと通りの話を済ませて、トイレに立つ。先にAが、次にBが。Bと交代するときに、他の客席の様子が気になった。酔っ払った様子の老人グループが大声で喋っている。Bが戻るときに、備えておこう。幸いにも何事もなく、会計を済ませて帰路についた。
翌日の学校で悪い知らせを聞いた。未明に陸橋が崩れて、Bが瓦礫の下敷きになったのだ。上を渡る車が側面に衝突し、崩れた場所の真下を運悪くBが通りかかったそうだ。レンガの色と暁の光を合わせて、現場は赤く染まっていたと言う。
橋と聞いて、Aの脳裏に妙な関連性がひっかかった。カフェ・橋渡し。噂の正体とは思っていないが、それでも言葉の関連性が引っかかる。
放課後に改めてカフェ橋渡しの前に来たが、扉に手をかけた所で思いとどまった。入ったとして、どのように伝えるか。伝えられた店主が何を思うか。
やっぱり、帰ろう。その決心と同時に中から扉が開いた。
立っていたのは同年代か少し若い女性だ。エプロンと名札から店員と思ったが、名札の「体験中」を見て、店主の娘とわかった。
お互い顔を見合って、同じことを思った。
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