2021年04月06日【指定なし】未来/裏取引/荒ぶるカエル(2048字を/80分で)


 世界最悪の闇金融業者、Z商会の事務所の前を通る者は、必ず情けない声を耳にする。近隣に住む20代の女性はこう語った。「いつも上司からお叱りを受けてばかりですが、帰り道でこれを効くと、もっと下がいるんだと安心できる」別の30代の男性はこう語った。「これからどうなるか不安も多いけれど、あの声と内容を聞くと、なんやかんやで生きてはいられるんだなと思える」さらに別の40代の男性はこう語った。「ああいう話をする人もいると思うと、どんな指示を出すべきか考える材料になる。おかげで今期も部下たちからの信頼が厚い」これらの影響も踏まえて、Z商会の事務所はどれも、帰り道の通りに面したテナントを使っている。


 Aは今日もZ商会の事務所へ向かい、借金を返せない旨を伝えにきた。計画もなく借りて、遊びに消費した。今日の遊びを困ってでも求める者が、明日の収入で返済するはずがない。収入が増えるアテもない。この頃は冷房も控えて電気代を減らしている。Aは今、行き詰まりに踏み込んだのだ。


「頼む。もう1ヵ月だけ待ってくれ!」

「同じ言葉を5度は聞いたぞ。返す計画も語らないままでな」

「未来の俺なら払える!」

「払えない者は皆、そう言うのだ。だが、半年もあれば新しい計画は進む。ひとつ取引を提案します」

「本当か、それは!」

「もちろんですとも。スポンサーが増えたおかげで、全額返済した上でAくんの取り分も残る。どうだね」


 Aに希望を差し伸べた。しかしこれはZ商会の提案だ。利害の天秤はどう転んでもAの損失に傾く。特にAは情報を持っていた。Z商会が違法な賭場を運営している噂だ。Z商会以外にも、金貸しと賭博の関係はいくつも見ている。漫画では定番の組み合わせだ。


「ギャンブルじゃあないだろうな」

 Aの確認に対し、Z商会の担当者はゆっくりと頷いて答える。

「もちろん、ギャンブルではありません。言葉遊びもやめましょう。運任せには一切なりません。内容は、当日まで伏せるよう指示を受けていて、私も聞かされた内容は腕次第である、とだけです」

「期間と場所は」

「この場所に集合して、車で案内します。時間は日帰りできる程度ですよ」


 Aは悩む。思考の材料がない状態では、考えていると思い込んでも、実際は決断を先延ばしにしているだけだ。そうと気づかずに悩んだつもりになっている。そこにZ商会の担当者は揺さぶりをかけた。

「実力への自信があるのでしょう。にもかかわらず、評価する目に恵まれていなかった」

「わかった。乗ろう」

「いい決断です。それでは次の日曜日、正午までにこの場へお越しください。昼食はこちらで用意します」


 Z商会に背中を向けるAを笑顔で送り出した。最後に優しい印象を見せて本当はいい人を装う。基本テクニックにAはすっかりと乗せられて、無策で日曜日を待った。



 提示された通り、日曜日の午前中にZ商会の事務所を訪れた。案内されるがままに車に乗り込んだ。窓は外が見えない加工がされて、音も外からは伝わってこない。平衡感覚で動きを探るのはすぐに諦めた。Aはどこへ移動しているのか全くわからない。退屈しのぎとして本棚が置かれているので、手近な漫画を取った。確かこのごろ、現場で話題を耳にした人気作だ。


 ちょうど1冊を読み終えた頃に到着した。いかにも地下らしい駐車場だ。エレベーターに乗っても、何階建てなのかわからない仕様になっている。動き出した感覚を信用するなら、さらに地下深くへ向かっている。


 案内された部屋は、体育館のような広い空間だ。壁や床の色はコンクリートそのままで、複数色の線だけがスポーツ場に似た雰囲気を作っている。高い位置の窓を見上げると、観客らしき上半身が見えた。


「それでは始めましょう。題して、『どっちが強いでSHOW』!」


 マイクを通した司会の声に続き、拍手の音が遠く聞こえた。


「挑戦者のA選手に武器を用意しました。自由に使っていただき、5分後に現れるチャンピオンと戦ってもらいます」


 話と同時に荷車を転がす音が近づいてきた。Aがスーパーマーケットでアルバイトをした時期と同じ、背が高い台車だ。今回は大小さまざまな武器がぶら下がっている。メイス、西洋剣、盾、斧、そして槍。日常生活では触れる機会がないものばかりだ。試しに剣を取る。片手ではずしりと重く、両手で持っても勢いよく振ったら逆に振り回されてしまう。ならば槍だ。身長よりも長い、スピアを構えた。ビリヤードのキューを太くしたような構えで突きを素振りする。前で支えとした手にタコができそうだ。


「それでは5分が経ちました。チャンピオンの入場です。このチャンピオンはこれまで37人分の借金を取り立て不能にしてきました。是非とも挑戦者のA選手には勝っていただきたいですね」


 奥の扉が開いて、異様なシルエットの存在が入場した。

 Z商会の遺伝子操作によって生まれた雄牛カエル、ブルガエルとの闘牛が始まった。Aは槍を手に立ち尽くす。その姿に気づいたブルガエルは、荒々しい雄叫びと共に飛びかかった。


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