2021年04月02日【邪道ファンタジー】昼/アルバム/最速の大学(856字を/20分で)


 Aは余命宣告を受けた。一年以内の生存率は一割もない難病が見つかったのだ。食堂の前を通るとき、今日の日替わりランチはAの好物と知っている顔ぶれが声をかける。しかしAは彼らに気づかないのと同然の表情で家に向かった。これから一年の間にやりたいことを探した。幸いにもぎりぎりで一年は生きられる程度の貯金があるので、仕事をやめて、未来を考えない食生活で生活費を間に合わせた。強いて必要なものは、恐怖心を拭うための手だった。


 その翌日に、幸か不幸か知らせが飛び込んできた。Aが贔屓していた歌手の活動再開が発表されたのだ。新アルバムまで一年強が予告された。Aには、一年を超えて生きたい理由ができた。しかし病はAの都合とは関係なしに進行する。Aは頭を振り絞って何か打てる手を探した。見知らぬ壮年女性が噂を聞きつけた様子でAを訪ねたが、いま求めているのは確実な成果だ。つい一時間前ならばその手を取っていたかもしれない。順番はAに味方した。


 インターネットの知恵を借りて、一つの手段と出会った。一昨日ならばただの冗談として見過ごしたかもしれない。Aに提示されたのは、ロケットの研究をしている、最速大学の入学パンフレットだ。


 相対性理論を使う。光の速度に近づくほど時の流れが遅くなる。Aの余命となる一年のうち半分を宇宙ロケットで過ごしたならば、地球に戻ってきたとき、半年後なのはAだけで、地球では一年以上が過ぎている計画だ。これならば余命が一年であっても、一年後に発売されるアルバムを購入できる。


 Aは早速、最速大学に入学するための準備をした。余命が短そうな教授たちに事情を書いたメールを送り、将来的に教授が使う際の情報を得られる利点を提示した。熱意が通ったか、それとも計画通りなのか、Aは最速大学への道を最速ルートで進んだ。基礎を身につけておいて本当によかったと噛み締めてAは教授室の扉を叩く。そこではすでにロケットの準備が済んでいた。早速、宇宙へ行こう。教授の言葉と至れり尽くせりな準備に涙を浮かべて、Aはロケットに乗り込んだ。



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