2021年04月01日【SF】現世/猫/過酷なカエル(1496字を/40分で)


しょぼい連中に囲まれてる人向け

 異種族を交配させる技術が進歩した。これまではライガーやラバのように、生殖ができなかったところを、新たに発表された技術が覆したのだ。ただし、直接の生殖は変わらずできずにいる。シャーレに取り出し、一定の規則を持った電流で刺激すると、染色体の不足分を補う分裂が起こる。


 最新技術が一般に広まると、新たな課題が見つかっては改善されていく。その繰り返しの果てに、当たり前として馴染んだ頃には、技術だったものは儀式として認知されていった。研究室から外に出て、機材も研究員の手を離れて、神主や神父など個々人の信仰を受け持つ存在に委ねて、子孫を現世に産み落とすための儀式となった。


 Aという、猫とカエルの子がいた。産まれてすぐはオタマジャクシとして、誰が見ても違いがわからない育ちをした。成長と共に尻尾が縮み、猫らしい足腰と毛並みが生えてきた。ところがこれらが、過酷なカエル生活の発端となる。


 産まれた池の環境では、Aの毛は水を吸ってしまい、重く手水の抵抗も多くなってしまう。足腰も泳ぐより歩く方が得意な爪と肉球を持っている。Aは狭い池を出て、広い陸で暮らそうと志した。しかし今はまだ幼く、親元を離れるには至らない。その親はカエルなので、広い陸に出るには力不足だ。蛙の子は蛙と言うので、Aは泳ぐのが下手な蛙として甘んじている。


 Aは成長の過程で徐々に泳ぎが上手くなってきた。他のカエルたちと並んだらまだ見劣りするものの、過去のAと比べればその成果は見間違えようがない。泳ぎに適応するため、爪と毛が短くなり、水かきが大きくなった。食糧の確保も、自ら飛びかかってたまに成功するようになった。反面、広い陸に出る目標からは遠ざかっている。このままでいいのか悩みながら、Aは日々を過ごす。


 やがて、このままではダメだと気づいた。池の環境に適応するほど、陸に出られなくなっていく。狭い池に囚われていく。カエルの子はカエルと言われた通りにしていたために、自らを変える機会を失っていた。不幸中の幸いとして、Aはまだ手遅れにならないうちに気づいた。自らをカエル扱いする呪縛を取り除き、猫として広い陸を進む。そのためにAは行動を始めた。陸での狩りを練習し、陸の歩き方を見様見真似で身につけていく。陸は水中と違って、植物たちの動きがない。揺れ方を見ても衝突を予測できない。なおかつ、方向転換がいつでも素早くできる。池とは異なる常識を基礎中の基礎から覚えなおしていった。


 Aの周囲で友達面をする者たちはAを引き止めようとする。寂しくなると言って優しさを利用したり、不義者と言って誠実さを利用して、Aを狭い池に捕らえようとする。彼らはAを失うと、群れの中で下から数えたときの順位が若くなる。万が一に備えたスケープゴートがひとつ減る。彼らはAを失いたくない。


 Aは心を猫にして妨害を振り切った。周囲には友達もいたが、それでも自らの成功を封じられる状況は耐え難い。友達ならば信用して送り出してくれると信用して、解放を求めた。猫は誰にも捕らわれず、捕らわれないことにも捕らわれない、気高い存在だ。まだ慣れない地上はAにとっては過酷な場だ。池で深みに潜ったような緊急回避ができない場所が多いし、横の他に上空からもAを狙う者がいる。新しい建物が増えたり、逆に取り壊される天変地異も活発だ。それでもカエルとして池に囚われた日々と比べたら、ずっと気楽でいられる。陸でならAを押し込める枷はない。反りが合わない相手とはすぐに別れて、仲良くできる誰かを探し、そして見つけられる。

 Aはカエルを離れて喜びを噛み締めている。



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