2021年03月22日【ギャグコメ】昼/橋の下/真の高校(1912字を/66分で
登校したら誰もいなかった。
初めは偶然にも体育の授業が休みになったのだと思った。ところが校舎に入っても、声ひとつとして聞こえない。普段ならば、教壇から喋る声くらいは聞こえてくる。
Aは教室の、自分の席に座った。前にいるやんちゃ者の席に、絵の具らしき汚れがまた増えていた。席を間違えたのではない。
まずは曜日を間違えたかと思ってスマートフォンで確認する。昼まで遅刻した上に曜日を間違えたとあっては、笑い話になるまで笑い者だ。
木曜日の、午前十一時。思っていた通りで、何も間違えてはいない。ならば異常は学校側にある。
原因にひとつ心当たりがあった。Aとは幼馴染の女性、科学部の部長Bだ。
彼女とは小学校で出会ってから共にあれこれの馬鹿な道具を作ってきた。折れた糸鋸やゼムクリップなどの廃材を組み合わせて、ちょっとした悪戯道具を作っていたのだ。
ときどき、材料を買ってまで作ることもあった。その後は決まって職員室まで呼び出しを受けていた。
中学校の途中で、異性として意識するようにもなり、不可抗力をきっかけに、次第に気まずく感じて上手く話せないことが増えていった。
同じ高校に合格したとわかっても、お互い見かける度に目で追うものの、話す内容は時々の協力や荷物の貸借に留まっていた。
下駄箱にはBの上履きが置かれていた。他の全員は下履きが置かれているのにだ。
Aは科学室に向かった。道中に、インクのような汚れが科学室への線を引いていた。やっぱり何かしでかしている。
扉の先では思った通り、Bがおかしな実験をしていた。
「やあ、ちょうどいい所に来たね。助けてほしいんだ」
Bの声は、机が重なった上側から聞こえてきた。通常教室で使っている机の予備が山のように積まれて、その半分ほどの高さで、手足に扇風機や延長コードが絡まり、抜けられなくなっていた。
「一体なにをやってるんだ」
「や、これは意図的な結果じゃあないんだよ。橋の下で面白そうなものを拾ったから、ここにあるものと混ぜてみたら、こうなってしまってね」
「爆風にでも巻き込まれた?」
「そうでもあるね。偽の高校を作ってしまったんだ」
Bの言葉について考えるのは後にして、机のバランスを見ながら登れるだけ登っていった。絡まったコードをひとつずつ、落ち着いて外していく。時間はかかるが、これが一番確実だ。
どうにか二人揃って降りられた。怪我をしていないと言うので、ひと安心だ。
「それで、偽の高校って?」
「ここだよ。誰もいないだろう。どうやら異空間になってしまったみたいだから、バレる前に直すぞ」
「異空間って、急に漫画みたいな」
「拾った瓶のラベルに『異空間作成汁』って書かれてたからね。きっと調子に乗って広げすぎたんだろう」
「色々言いたいことはあるが、今日は直す方法だけに絞ろう。策があるな?」
「もちろん。汁を攪拌するときに観察しておいた。注ぐときは粘度がやけに高くて、なのに攪拌棒に力を加えるとすぐに動いた。そのままの勢いで膨張して、その後はさっぱりだね。私はあそこにいて、誰も助けにこないから異変を察知したよ。窓の外にも普段とは別の鳥が見えたしね」
Bの言葉はおおよそ信じられない内容だが、Aには信頼がある。どんな状況でもBが嘘で誤魔化したことはないし、この内容が嘘と考えるには奇抜すぎる。
「わかった。僕は何をしたらいい」
「逆方向に攪拌するんだ。私は右回りにしたから、今度は左回りに混ぜる。つまり」
Bは口を耳元に寄せて囁いた。
「校舎の周りを百周して」
「ムードを作った風を装っても、その内容はきつすぎるぞ」
「私が百周も混ぜたからね。手間をかけるけど、そうだ。ご褒美があったらやる気を出してもらえるかな」
Bは制服のボタンを上から二つ外して、すぐに一つを付け直した。
「君もそろそろだろう。なかなか機会がなかったからね。頑張ってくれたまえ」
「Bはそれでいいのかよ」
「いいとも。このまま放置したらもっとひどい目に遭うからね。それから」
何か言いたげに間を開けた。続きは背中を向けて、歩きながら言った。
「二人で走ったらもう少し楽になるか。三〇周は私が助けよう」
Aは不平を言いかけたが、Bの左腕に違和感ある動きを見つけた。
「僕が百でいい。休んでて」
「助かるよ。そうそう、これが目印だ」
Bは絵の具に似た線を指した。教室や、ここまでで見た線だ。
「これが戻ればいいんだな」
真の高校を取り戻すため、Aは走り始めた。これが済んだらきっと、真の高校生活も始まる。
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