2021年03月20日【ギャグコメ】動物/少女/恐怖のヒロイン(2354字を/75分で)


 町内一美少女決定戦の二回戦が始まる頃になってようやくBが到着した。シャツの背中に目立つ汗はまだ珍しい。走ってきたのは明らかだ。周囲の誰もが、前日の美男子決定戦の途中でBが棄権したと知っている。理由は緊急で動物の世話が必要だと伝えた。予想よりも長引いてしまい、Bは寝坊した。


 会場の奥へ進む向かいから、早々と試合を終えた様子でAが歩いてきた。駒を進めるごとに担当のスタッフが増えていく。三人がついているので、二回戦を勝利したとすぐにわかった。


 Bに気づくとすぐに手を振って駆け寄った。


「遅い。もう次だけだよ」

「遅れてごめん。最後まで応援するよ。訓練してきたし、君は必ず勝つ」


 Aは次の内容を知っているので、Bの言葉に顔を曇らせた。

「勝てるかどうか、わからないけど」

「そんな難題が?」


 俯いたままで、黙って控室へ向かった。


 二回戦までは実質的な予選ラウンドで、三回戦が本番となる。ここまで勝ち抜いた町内在住の美少女たちが、最後の一人になるまで戦いは続く。種目は毎年、人気の一つだけを残して内容を改めるが、傾向が近いものを集めている。


 Bは観客席の最前列にある、選手のパートナー席に招待されている。二人までの席だが、Bの隣には、誰もいない。Aが招待したのはBだけなのだ。他の選手が招待したのはは両親や友人も目立っている。恋人が一人だけで招待をされているのは、男女ともに目立たない。


 周囲の席も静かになり、舞台に参加者が並ぶ。ついに運命の三回戦が始まった。


 舞台上の机にスタッフが列をなして、人数分の備品が並べられていく。ボウルを重量計に乗せて、中には小さな、黒か茶色の何かが見える。正体をなんだと思うかでざわめく会場に、司会による説明が通った。


 増えるわかめ大食い対決だ。

 ごく小さな粒に見えるが、水分を含むと五十倍以上に膨れ上がる。人間の胃は水を吸収できないので、直前の休憩にて水を飲んでいたら、量によってはまだ胃に残っている。


 選手たちもざわめいたが、不平等はない。

 水のボトルも並べられていった。ざわめきの多くは静かになったが、数人は恐れ慄く声を漏らしていた。


 試合開始のゴングが鳴った。多くの選手は歩いてボウルに向かう。数人は立ち尽くしたまま棄権した。本人の意思を最大に尊重している。人生には刹那の表彰台よりも優先するべきものがある。棄権した選手にも、その決断に至る過程がある。パートナー席へ向かう様子を、観客たちとスタッフの惜しみない拍手で見送った。


 Aはわかめをレンゲで掬って口に含んだ。噛んでも歯応えは実感できず、そのまま飲み込んだ。次を口に運ぶ前に様子を見るつもりで、同じ考えの選手も多い。しかし一人が勢いよく飲み込んでいった。ボウルを持ち上げて一気に口へと流し込む。その様子に焦りを感じた選手が、一人また一人と口に運んでいった。


 Aと他数人の慎重派は、手元よりも周囲の観察に回った。勢いが止まる選手はまだ見えない。


「ううっ!」


 一人が声を上げて手を止めた。周囲の視線が集まる。ボウルも食器も置き、両手で口を押さえながら、誰とも離れた場所まで後退った。その一人に続いて同様にする選手がどんどんと現れていった。腹部が試合前から大きく変化していた。


 まるで一瞬にして胎児が成長したかのように丸く大きく膨らんでいる。これがわかめの力だ。胃の中で水を吸って急速に本性を取り戻していく。袋の都合などお構いなしで拡大するわかめに対し、選手は胃を固くしたり胃酸を濃くして抵抗する。


 つい数秒前までのすまし顔がすっかり歪みきって戦場の過酷さを周囲に教える。人間が人間以外と戦うにはいつでも道具を使ってきた。それを今回は生身で、しかも内臓だけで戦っている。


 ついに一人目が決壊した。胃がわかめに屈して、溢れたわかめたちが口から流出していく。威勢のよい選手と殆どは脱落し、あっさり流された意思薄弱選手たちは救護班に運ばれていった。再び目覚めるかどうかはもう一つのお楽しみだ。


 Aと慎重派たちは、胃とわかめとせめぎ合いをしている。わかめを各個撃破し、少しずつ追加していく。慎重ゆえに長く保ったほうだが、こちらも徐々に脱落していった。


 予定では全員が手を止めたら次の種目を始めると伝えている。Aは唯一、手を止めていない。最初に一気に食べた選手が胃の中で戦っている。その量まで、徐々に追い上げていった。Aの様子に気づいた先行者は、焦りからレンゲに手をかける。しかし同時に、胃の中に抑えこんだわかめが恐怖を与える。


 両者ともに歪み切った顔をしている。他の選手はわかめと同時に、二人の猛者とも対峙

していると思い知らされた。胃が震える。わかめの猛攻以外にも理由がある。恐怖しているのだ。中央の猛者たちは、周囲で動く選手にも目を向けている。ライオンに睨まれ追い込まれたインパラのように、自らの敗北を認めることになった。


 やがて立っている選手が一人になった。Aの優勝だ。レフェリーが勝敗を確定するためのカウントを始める。十まで数えても再び立ち上がる選手はなかった。


 この瞬間を以って、Aは美少女の中でも町内最強の座を得たのだ。観客たちは感動と恐怖を同時に味わい、歴代最高の歓声を投げかけた。


 次なるAの目標は二つある。一つは美少女以外も含んだ無差別級の町内最強、もう一つは県内最強だ。次の試合までは半年ばかりの時間がある。Aは最愛のBと共に、新たな訓練を始めた。


 なお、今回の種目は最初の一個だけで決着した。この結果は運営スタッフも予想しておらず、人気投票の候補が一通りだけになった。すなわち、次回も続投される。



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