2021年03月17日【サイコミステリー】太陽/トマト/最強の罠(1807字を/55分で)


 何者かが畑を荒らしている。Aは逸早く気づいた。猪や他の動物らしき痕跡に紛れているし、千切れた部分も偽装している。しかし詰めが甘かった。現場に髪の毛が落ちていた。この髪は、最近この辺りに滞在している記者のBだ。地元の者は、白髪か、禿げているか、坊主頭か、どれでもなければ長髪だ。中途半端な長さの髪はBしかいない。臭いも一致している。


 しかし問題なのは、どのように追い詰めるかだ。Bは出会う人すべてに自らの髪を仕込んでいる。肩につけたり、靴に入れたり、時には女学生のプリーツに挟むこともあった。これでは言い逃れができてしまう。自分が髪を仕込んだ相手が盗んだのだ、と主張されれば、覆すに十分な証拠はまだ見つけていない。


 どうにかして弱点を探すため、Bが利用するホテルに忍び込んだ。安い部屋なので、忍び込んでも隠れやすいし、気づきもしない。加えてただ暴れるだけでも、逃げ道が狭い一本だけなので、やがては追い詰められる。


 こんな部屋にいながら狙われる理由を作るあたり、まずは罠を想定した。たとえば、恨みを買っておいて、忍び込んだ者を逆に捕獲し、示談金をふんだくる計画がある。これは近所にある男子高の二年三組にいるCという少年が得意とする技だ。Aも彼から、同郷のよしみで教わったことがある。


 Aは客室のフロアを離れて、厨房に向かった。こっちならばBも侵入できないと考えたのだ。もちろん警備は厳重だが、それ故に侵入さえ成功すれば妨害も少ない。


 Aは近所に住む、寺の跡取りを破門されたクノイチ、Dを頼った。青森県よりさらに北の海で鍛え上げた忍法を使えば、警備を破るのは容易い。


 今回の忍法は天動地動の術だ。


 自分と離れた場所に注目させて、その隙に突破する。Aが通るのは厨房の隣にある事務室だ。通路とシフトの関係から、正面にあるリネン室で、月曜日の午後六時十二分に騒ぎを起こすと、出られる人手は目の前にいる警備員に限られる。二人ともを動かすほどの、大きな行動が必要だ。


 そこで捕まえてきたホームレスを薬物中毒にしてから放ち、Dを襲わせる。どうにか逃げ惑う風を装って苛烈な行動をするよう誘導するのだ。


 鍵の確保はDに任せた。カードキーを増やす程度は、Dならば造作もない。


 AとDは計画した通りに実行した。警備員は二人ともが持ち場を離れて、一人は捕まえてきた薬物中毒のホームレスにかかりきりいなり、もう一人はパニックになるDにかかりきりとなった。


 その隙にAはカードキーを使って扉の先へ向かった。これで一安心だ。事務室にある資料からBについての情報を読み込んだ。必要なのはアレルギーの情報だ。


 Bにはトマトとピーナッツを出さないよう記してあった。トマトを使った罠が有効かもしれないが、それ以上に重要なのは、他のアレルギーをおそらく持っていないことだ。唯一、蕎麦だけはホテル側で扱わないと掲示しているので、可能性がある。しかしあの用心深いBが、こんなところに情報を残すとはどうしても思えなかった。盗まれた中にはトマトもあった。なのでピーナッツもおそらくフェイク情報で、本当の弱点はここに書かれていない中にある。


 それが発注表だ。どの食材を発注するかに興味深い記述があった。


「今年度はカニの仕入れ不可につき、献立の管理において留意すること」


 これだ。Bはこの情報を得ているに違いない。偽のアレルギー情報に喜んで飛びつくような雑魚は他の部分も甘い。スパムメールがアホだけを選ぶためにおかしな文面を使うのと同じ手だ。


 用が済んだので、侵入したときと同じ手で脱出した。カニは痛い出費だが、このまま盗まれるよりは安い。先にカニパーティをする。場合次第では、返り討ちにされて最期の晩餐になるかもしれないのだ。



 今日は曇天だ。太陽が強い日のBは必ず左手に日傘を持っている。つまり、今日ならばカニのすり身スプレーを防ぐ道具がない。それでいて、雨への備えも必要なので傘は持っている。大きくて重いので移動の邪魔になる。しかもストラップで閉じている。一秒で使えない道具など何の役にも立たない。


 Aはカニのすり身スプレーを使い、Bのアナフィラキシーによる自滅を誘って懲らしめた。


 その後、Bが滞在していたホテルに出荷する野菜に色をつけた。書類情報によると評判がよかったのだ。


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