2021年03月16日【王道ファンタジー】地獄/クエスト/見えない子ども時代(1412字を/55分で)
夢使いは簡単な仕事だ。
宿屋や酒場に潜り込んだら、あとは眠った頃合いを見計らって、夢に入り込む。どれだけ熟練の冒険者でも、眠っている間は妨害ができるはずもなく、必要な記憶を苦もなく探し出す。家主と呼ぶ、入り込んだ相手は、途中で起き出すことはない。記憶の中は時間の流れ方が異なるので、直後に出てもいいし、起きる直前でも、何日も後にだってできる。
今月の目的は、南部の密林の奥へ向かうクエストを請けた者の中から、青紫の花を見たことがある誰かを探すことだ。蜜を舐めた経験があるならばなおよい。この花は、南部の密林の奥で待ち構える、食人植物の花だ。通常ならば対処法が確立しているので何ら危険ではないが、花に魅入られたり、蜜の味を知っていると、戻れなくなる場合がある。そこで、夢使いが記憶を探って、件の花を見つけた者を使いやすい駒として確保するのだ。
今夜の家主は若い女性だ。昼間から凛とした表情で活躍していて、懐に飛び込んで短剣でひと突きの動きを得意としている。
長い赤髪を胸の前で束ねて、仰向けに眠っている。近づくときに、寝ていながらわずかな反応を見せた。気づかれるより先に、その夢の中へ飛び込んだ。寝室から夢使いの姿はなくなり、目覚める直前まで夢の中にいる。
今日の記憶から始めて、過去へ過去へと進んでいく。夢使いの移動は、扉と階段を使う。過去と未来の二方向に続いており、扉は一日分で、階段は半年分だ。見える範囲は家主が記憶として見た範囲で、連続した空間は歩いての移動ができる。同じ空間にある複数の記憶は、夢使いが操作した通りの順番と早さで流れていく。
まずは階段を降りる。あの花は誰の手元からも狩り尽くされていて、出会う可能性は五年より前に限られる。その頃の家主はまだあどけない少女だった。所々に怪我をした状態で、一人で山道を歩いている。持ち物は小さなポシェットに食事用のナイフを一本と、石ころと、他は服だけだ。どう見ても、山道を進むには適さない。迷い込んだのとも違いそうだ。家主は山を降りている。この山の先に何かがある。おそらくは、家主に対し敵対的な存在がいる。
この山道を歩いて登るのは困難なので、扉で一日ずつ戻っていく。一日前の家主は山道を歩いている。二日前も、三日前も、山道を歩いている。標高が高くなっていくので、やはりこの山で何かがあったらしい。道中では食べられそうな虫を捕まえたり、湧き水を飲んだりしている。人と会う様子がないので、あの花と触れる機会もない。
さらに扉で戻ろうとしたら、開かなかった。夢使いとしての経験は多い方だと自他共に認めている。それでも扉が開かないのは初めてだ。何かが引っかかって開かないようにしている。
仕方がないので、山道を歩いて登った。記憶の中の家主は、時を逆行しているので、後ろ向きに歩く。その後を追っていく。
家が見えてきた。その近くには柵や道らしき境目もある。ここは家主が住んでいた村のようだ。家主は夜に、食事用のナイフだけを持って飛び出していった。何があったか想像するのは簡単だった。深く考えるより先に、村の敷地に踏み込んだ時点で、数々の記憶が流れ始めた。
家主にとって、ここは地獄だった。家主は夢使いの才覚もあるようなので、後で勧誘すると決めた。こうして入り込んでもなお、誰にも見えないように隠している。きっと最悪の出来事を。
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