2021年03月11日【童話】陰/鷹/静かな遊び(1594字を/62分で)
これはまだチョンマゲを結っていた頃の話です。
Aは体が小さな女の子ですが、毎日あちこちを走り回って、お母さんが編んだ笠と、蓑と、草鞋を売っています。この日はもうじき冬が来ると誰もがわかる、肌寒い日でした。Aは売り物と同じものを身につけて、いかにも元気な顔で家々を巡っています。こうして寒くないように振る舞っていれば、きっとみんなにも便利さが伝わると思っています。
夕方まで走り回ると、荷物は半分くらいになりました。村のみんなの所を回るまで、十日に分けています。今日は六日目で、売れ行きはまあまあいい感じです。小銭のうち、お母さんに許しをもらった分を使って、おにぎりを買いました。大急ぎで食べて、暗くなる前に、急いでお家に帰ります。
その途中で、どの家からも遠い木の陰から、しくしく、しくしくと、囀るような泣き声が聞こえました。早く帰らなければならないとはいえ、いつもならガアガアと鳴く鳥ばかりの道なので、気になってしまいます。
木に近づくと、鷹が泣いていました。羽根に輝く綺麗な模様が、ところどころ禿げて、柔らかそうな肌が覗いています。
Aは心配になって、声をかけました。
「もし。どうして泣いているのですか」
鷹は急に声をかけられたので、驚いて振り返ります。そこに立っていたのはAだけだったので、胸を撫で下ろして、質問への返事をします。
「小さな女の子。私は今、群れから逃げてきたのです」
「どうして、群れから」
「他の鷹が、私をいじめるのです」
「けんか、ですか」
「そうです。しかし、それだけではありません。私たちはいつも、鬼と戦っています」
「なんと恐ろしい。それなのに、鷹同士でけんかをするのですか」
「ええ。鷹の間では、誰がいちばん強い鬼と戦うかを競っています。そのために他の鷹が私を狙います」
鷹の声は、喋るうちに落ち着いてきました。鬼との戦いで体を奮わせた記憶が燃えているのです。鬼を前にして腰が砕けていてはどうしようもないので、鷹はいつでも動けるように、体を強く強く鍛えています。
「小さな女の子。あなたは、どうしてここを通るのですか」
「わたしはこの、笠と、簑と、草鞋を売っています。お母さんが作ったんですよ」
「なんて素敵な。それじゃあ、あなたもきっと、いつかは作るのでしょう」
「少しずつ、練習はしています。まだまだ時間がかかるので、いまは売り歩くだけですが」
鷹はもう泣き声ではなく、穏やかな声になりました。
「素敵な女の子。もうお行きなさい。暗くなってしまいますよ」
「でも、あなたは」
「私はここにいます。まずは傷を癒しながら、その後のことを考えます」
「それじゃあせめて、これを使ってください」
「あなたの売り物でしょう。私はお金を持っていないので、買えません」
「困った時はお互い様、ですよ。お母さんがよくそう言っています。それに」
Aは鷹の目を、近くで真っ直ぐに見つめて、言いました。
「鷹のお姉さん。あなたはきっと、強い鷹なのですね。鬼と戦って、鷹同士でも戦って、それでもこうして生きている。そんなに強いあなたは、治った後もまた戦うのでしょう。その時に少しでも、身を守れるほうがいい」
鷹は真っ直ぐな瞳を見つめて、手に握られた簑だけを受け取りました。羽根が禿げたところを隠すようにして、その身に纏うと、Aに頭を下げた。
「ありがとう、優しい女の子。いつか必ず、お返しをします」
Aはそれを聞き、にこりと笑いかけて、お家への道を歩き始めました。その場に残った鷹は、目を閉じて、瞼の裏にこれまでの戦いを思い描きました。どんな動きをしていたか想像して、次はどんな戦い方をするか、考えをめぐらせます。考えたものを、次は体に覚えさせるためには、方法はひとつです。その場で小さく、静かに、体を動かしました。
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