2021年03月25日【ラブコメ】川/幻/冷酷な世界(1501字を/50分で)
川は生者と死者と隔てる境と言われている。八月六日に、Aは毎年、どんな天気でも川辺に来る。中学を卒業しても、高校を卒業しても、仕事が長引いても、必ず来た。泥だらけのニッカポッカのままで来た日もあった。
「来たよ」
Aの後ろからBが声をかけた。隣にしゃがんでAと同じく黙祷をする。
目を開けると河原のちょうどいい石が中心にあった。
Aと、Bと、Bの姉の三人で仲良く遊んでいた。最期の日も同じく、水切りにちょうどいい、薄い石を探していた。Aが新聞紙を踏み、足を滑らせて川に落ちたのだ。
それを助けたのがBの姉だ。助けを呼びにいくのでは間に合わないと考えて、流されるAを追って走りながら、持っていた縄跳びを投げた。Aがその端を掴み、どうにか引き上げるために体を張った。水面と河原の高さに差がつくまで流されたので、自力では上がれなかったのだ。無事に上がれたのはAだけだった。
AもBも、今年からBの姉より歳上だ。
例年通りなら、この後はBの家に集まり、恋人らしいことをして、セックスをして、眠る。結婚をしていないのはBのリクエストで、姉より歳上になってからがいいと指定したからだ。
歩いてBの家に向かう途中で、Aに問いかけた。
「今の私さ、お姉ちゃんみたいにかっこいいかな」
「そうだな。大人って感じがする」
「ピアスは開けてないけど」
「無かったらかっこ悪いものでもないだろ」
「うん。そうだね」
Bの家に着いた。一時住まいのワンルームでだが、Aのアパートよりは広く感じた。冷蔵庫から麦茶を出して、壁に寄りかかって並んで座った。
「A、来年はどうする」
Bは呟くように質問した。
「来年って、何のことだ」
「あの河原のあたりが開発されるって話」
「そんな話があるのか」
AとBは最寄り駅も同じだが、東西の反対側にある。そのせいで届く知らせに違いがあった。開発の話が届いていたのはBだけだ。
「なるほどなあ」
開発は安全性や利便性によって決まる。この部屋にいる二人のような、狭い範囲の思い出は冷酷になってでも無視して、次の涙を減らすためにやることだ。AもBも、よくわかるようになっていた。
Aは寂しげな横顔を見せたが、次の言葉は明るく続けた。
「結婚して、引越そう。そのきっかけにしろって言ってるような気がする」
「この歳で、そんなにお金が?」
「もちろん。こう見えて俺は稼ぎがいいんだぜ」
「無理してるでしょ」
「本当だって。必要なら今度、通帳でも見せられる」
「そっちじゃない。顔、隠しきれてないよ」
Aは目を大きく開けて、涙を薄く伸ばしていた。拭かずともこぼれないが、光の反射が普段とは違ったのでBにはすぐに分かった。
Bは左手をAの右肩に、右手をAの腰に巻きつけた。Aも同じ動きでBに応える。カーテンの閉め忘れに気づいた。冷房はあるが西陽が当たる。暑いままでも、離れたくはならなかった。
「プロポーズ、受け取るよ。よろしくね」
「うん」
普段のAは威勢の良さが有名だが、この日この時だけは弱気になる。顔を胸に埋めて泣いた。「声をあげていいよ」と言われ、抑えるのをやめた。Aは自分では大きな声をあげていると思っても、Bの耳には届かないくらいに強く抱きしめていた。
西陽と揃って腕を緩めた。
「ありがとう。落ち着いたよ」
「私もね」
二人で揃って、麦茶のボトルに口をつけた。
「私さ、幻を追いかけてた気がする」
「幻?」
「お姉ちゃんみたいにかっこよくなりたいって思ってた。だけど本当は、そうじゃないんだ。私は私のかっこよさを身につけるべきで、それはさっきみたいに、受け止めることなんだ」
Bは誇らしげな微笑で言った。
「さっきの私たち、絵になってたでしょ」
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