第45話 猫をかぶる
「そういえば安東さんから遊ぼうって誘われてるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
花火大会のときに誘うと言っていたが、本当に誘ったらしい。
あの奏さんにしては行動が早い。
本気で仲良くなりたいのだろう。
「みんなでプールに行かないって言われてるんだけど」
「プールか。いいね」
「さんせーい! あたしも行く!」
先ほどまで拗ねていたのに真奈はもう元気に手を上げていた。
「クラスのみんなで行くんだ。真奈は関係ないだろ」
「ひどっ! 仲間外れ?」
「もともとクラスの仲間じゃないからだよ」
「そんなの関係ないし! ね、三ツ井さん!」
「私が企画した人じゃないから分からないけど、安東さんに訊いてみるね」
「訊かなくていいって」
三ツ井さんは人がよすぎる。
ちょっと心配になるほどだ。
「丹後くんのいとこならいいんじゃないかな? 誘ってるのも私と丹後くんと阿久津くんの四人で行こうって書いてあったし」
「四人なんだ」
「おおっ! それならあたしも行けるかも!」
あまり大人数だと大変だから女子は三ツ井さんだけを誘ったのだろう。
俺が訊いてもよかったが、取りあえず三ツ井さんに真奈の件を訊いてもらうこととした。
三ツ井さんと別れて家に帰る途中、真奈がにやにやと俺の顔を覗き込んできた。
「な、なんだよ?」
「あの女の子好きなんでしょ、健斗」
「はぁ? 三ツ井さんはただのクラスメイトだって言っただろ」
「そっちじゃなくて安東さんって子の方」
「え!?」
鋭い指摘に、不覚にも動揺してしまった。
空気を読まず好き勝手やってる真奈だけど昔から勘だけは鋭い。
「ち、違うし」
「誤魔化しても無駄。健斗は分かりやすいんだから」
「は? 勝手に勘違いしてたら?」
「さっきの誰が一番可愛いかって質問、安東さんって答えようとしてたでしょ?」
「さあ? どうだったっけ? 忘れた」
下手に答えればまた追求されるから適当にあしらう。
「健斗は昔からああいうクールな美少女系が好きだからなぁ」
「適当なこと言うなよ。知らないだろ」
「知ってますー。魔法少女ミミナでもヒロインのミミナちゃんじゃなくてサブヒロインのルキアちゃん派だったし」
「なにその脆弱な根拠」
やはり当てずっぽうに言っただけのようだ。
焦って損した。
「でも三ツ井さんってさ」
「なんだよ?」
「あー、やっぱいい。言わない」
「途中でやめるなよ。気になるだろ」
「なんでもないの。あえてライバル増やしても仕方ないし」
「ライバル?」
話が全然見えてこない。
昔から真奈は支離滅裂なところがあるが、それは今も変わってないようだ。
夕飯は真奈が作るらしい。
ちょっと心配だったが、頑として譲らなかったので任せることにした。
メニューはカレーらしいので、そんなに失敗もしないだろう。
完成するころ、うちの親も帰ってきた。
「いらっしゃい、真奈ちゃん」
「お久し振りです、おば様」
「すっかり美人さんになって」
「えー? そんなことないですよぉ。おば様口が上手いんですから」
真奈は昔から大人と接するときはやけに猫を被っている。
さすがに真奈の両親は気付いているようだけど、うちの親はすっかり騙されているようだ。
「真奈ちゃんのカレー、美味しいな」
「本当ですか、叔父様!」
「具材がごろっとしてるのもいいし、辛さもちょうどいい」
「ありがとうございます!」
絶賛するほどのものじゃないけれど、確かにそれなりに美味しい。
食後は音色の夏休みの宿題を見るといって二人で部屋に戻っていった。
「音色の宿題まで見てくれるなんて助かるわ」
「音色も本当のお姉ちゃんみたいに懐いてるしな」
父さんも母さんもニッコリと微笑みながら真奈のことを誉めていた。
俺のベッドに潜り込んでエロいことをしてくるなんて訴えたところで、逆に俺が疑われて叱られるだろう。
ボーッとスマホをいじっていると晃壱からメッセージが来る。
三ツ井さん経由でプールに行く件を聞いたらしい。
『丹後のいとこも来るの?』
『安東さんがいいって言うならな』
『いとこ呼ぶなら音色ちゃんも呼べよ!』
相変わらず晃壱は音色に夢中だ。
あんな中二病の妹のどこがいいのだろう?
『まあ安東さんに聞いてみるよ』
『頼むぞ! 音色ちゃんの水着姿楽しみにしてるからな!』
『兄として複雑になる発言するな』
苦笑いしながら返信しているとトタトタと駆ける足音が聞こえた。
「ちょっとお兄ちゃん! 真奈ちゃんプールに誘っておいて私だけ仲間外れって冷たいんじゃない?」
「誘ってないから。勝手に連れていけって言ってきただけだし」
「私も行くからね!」
「いいのか? 晃壱も来るんだぞ?」
念のため確認すると音色は顔をぶおっと赤くした。
「べ、別にいいし」
「水着とか見られるんだぞ?」
「へ、変な言い方しないでよね!」
音色は視線を泳がせて怒る。
どうやら音色も満更ではないようだ。
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