第37話 打ち上げ花火、誰と見るか?

 クラスの空気が妙にそわそわしている。

 人とあまり話さない私でもその気配はひしひしと感じ取っていた。


 期末テストが近いというのもあるが、それ以上にみんなの心を落ち着かなくさせているのは夏休みである。

 来年は高校三年生。

 実質自由に遊べる夏休みは今年までである。


 どこかで夏休みの話題が出ると、それに釣られるように他のグループも夏休みの話を始める。


「ねぇ、夏休み、どうする?」

「みんなで花火しようよ!」

「そういえば最近海に行ってないな」

「旅行とか行きたいよね」


 色んな声が飛び交うなか、こっそり横目で丹後くんの様子を伺う。

 丹後くんは阿久津くんと教科書を見て話をしている。

 恐らくテストの話をしているのだろう。


 中間テストの時と同じように、丹後くんは私の家に来て勉強をしている。

 優しい丹後くんのことだから覚えた内容を阿久津くんに教えているのだろう。


 浮かれることなく真面目に学問に取り組む丹後くんに胸がキュンと高鳴る。

 と、その後ろに三ツ井さんのグループが見えた。

 なにやらこそこそ話している。

 そしてきゃいきゃいと盛り上がりながら丹後くんたちへと近付いていく。


 まずい!

 なにかよからぬ展開になりそうだ。


 私はそっと席を立ち、壁の掲示物を読むふりをして丹後くんたちに近付く。


「ねえ丹後くんと晃壱」


 声をかけたのは三ツ井さんの親友の乾さんだ。

 人狼ゲームでは私を信用してくれたからちょっと好感度が高い。


「なんで俺だけ呼び捨てなんだよ!」

「晃壱は晃壱って感じだからじゃん」

「どんな感じだよ、それ」


 二人はぶつかりながらも息ぴったりな感じがする。


「そんなことより夏休みにある花火大会、うちらと一緒に行かない?」


 乾さんの言葉を聞いた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような慟哭が起きた。

 実は私も丹後くんと花火大会に行くことを目論んでいた。

 でもなかなか言い出せず、悶々と今日まで来てしまった。


 しかし乾さんは事も無げに丹後くんを誘ってしまう。

 度胸の違いを見せつけられ、思わず凹んでしまった。


「よ、よかったらどうかな? 花火前にみんなで遊んで、夜に花火を見るって感じなんだけど」


 三ツ井さんも丹後くんを誘う。

 赤い頬して、緊張で声を震わせ、丹後くんに気があるのが丸分かりで可愛い。

 悔しいが恋敵の私でさえキュンキュンしてしまった。

 こんな誘いを受けて断れる男子はいないだろう。


「マジで! 行く行く! 絶対行く!」


 晃壱くんが諸手を上げて賛成する。

 こうなったら私も二人きりの花火を諦めて、参加させてもらうべきだろうか!?


 かき氷をあーんして食べさせてもらうのも、花火の音に驚いたふりをして丹後くんに抱きつくのも出来ないが、背に腹は代えられない。


「あ、あのっ」

「あーごめんっ!」


 私の蚊の鳴くような声は丹後くんの声にかき消された。


「その日は親戚が来るから家族で花火を見る予定なんだ。誘ってくれたのに本当にごめん」

「そうなんだ……じゃあ仕方ないね!」


 三ツ井さんは一瞬落胆した顔をしたが、すぐに満面の笑みに戻る。


 乾さんが「えー?」と不服そうなのをなだめてさえいる。

 三ツ井さんは本当に性格のいい人だ。


 ちなみに阿久津くんは分かりやすく焦っていた。

 親戚と行くということは音色ちゃんも行くということだ。

 本当はそっちに行きたいけど今さら断れないという心の内が手に取るように分かる。


 私は丹後くんと花火大会に行けないと知り、どんよりと心を曇らせていた。




 放課後。

 丹後くんは私のうちに来て期末テストの勉強をしていた。


「あのさ、奏さん」

「どこか分からないところがあった?」

「いや、勉強のことじゃないんだけど」

「なに?」

「花火大会、よかったら一緒に行かない?」

「ふへっ!?」


 驚きのあまりぽとっとシャーペンを落としながら、間抜けな声が出てしまう。


「ゆ、浴衣とか、そんなの着なくてもいいよ? ただ一緒に花火を観に行けたらなって……そりゃちょっと浴衣は見てみたいけど」

「ちょ、ちょっと待って」


 頭がパニクって思考が追い付かない。


「駄目なら断ってくれていいんだよ」

「そうじゃなくて……その、親戚と花火大会に行くんじゃなかったの?」

「あ……今日の三ツ井さんたちとの会話を聞かれちゃってた?」

「ごめん。聞くつもりは……」


 思いっきりありました。

 というか聞き耳を立てて近付いちゃってました。


「あれは断るための嘘。奏さんと行きたかったから」

「わ、私と?」

「あんまりたくさんの人と行くと花火を見るより騒ぐ方がメインになっちゃうし。それに奏さんも大人数で行くのは嫌かなって」

「そっか」


 めちゃくちゃ嬉しいんですけどー!?

 ヤバい、死にそう。


 心の中は喜びとキュンキュンで大混乱なのに、鏡に映る私はいつもと変わらない無表情だ。

 こんな時ばかりは表情が変わらないことに感謝してしまう。


「じゃあ頑張ってテストでいい成績を出して、楽しい夏休みを迎えないとね」


 喜びながらそう伝えると、丹後くんは急に真面目な顔になった。


「そっか。そうだよね。遊ぶばかりじゃ駄目だよね。よし分かった! 期末テストが中間テストより総合点が上がったら一緒に花火に行ってくれる?」

「ふぁ!?」


 別にそういう条件とかいらないんですけど!?

 むしろオール赤点でも花火に行くし!


「よし、目標が出来てやる気も上がってきた!」

「あ、あの丹後くん……別にテストの結果は……」

「英語は苦手なところが多いから特に頑張らないと!」


 丹後くんは頬をパンパンと叩いて教科書を見る。

 やる気が出てきてくれたのは嬉しいけど、困惑してしまう。

 これはなんとしてでも丹後くんの成績を上げるしかない!

 丹後くん以上に私のやる気も向上していた。


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