第32話 はじめての笑顔
丹後くんに擽ってもらい、強制的に笑わせてもらう。
もちろん蘭花さんが考えた作戦だ。
聞いたときは『なるほど』と思ったけれど、よく考えればかなり恥ずかしい作戦だ。
丹後くんの手が背後から伸びてくる。
立てて、私の脇腹をフワッと柔らかく撫でた。
「んっ……」
ゾワッと身体中の気が逆立った。
こんな風に男子に体を触られるのはもちろんはじめてのことだ。
丹後くんはゆっくりと、だけど何度も何度も脇腹を甘く撫でてくる。
緊張と擽ったさで私は脚をピンッと伸ばしてしまった。
「擽ったい?」
「う、うん……」
「笑っていいんだよ」
耳許で丹後くんに囁かれると、背筋がゾクゾクッと震えた。
「まだ笑えないみたい……もっと、して?」
「分かった」
丹後くんの指は上に下にと動いて一ヶ所を責めて来ない。
それがむず痒く、もどかしく、肌はどんどん敏感になっていく。
姿見のミラーにチラッと映る自分を見た。
こんなに苦しいのに表情の変化は乏しい。
顔を赤くしてきゅっと唇を噛んでるだけだ。
それでも根気よく丹後くんは私を擽り続けてくれる。
「あっ……」
「どうしたの?」
「なんか、変……はぁっ……」
恥ずかしい吐息が漏れてしまい、キリッと唇を噛んだ。
まるで皮膚の下で小さな虫が這い回るような掻痒感が襲ってきた。
鏡には瞳をとろんとさせた私が映っている。
これは笑顔じゃなくて、なにか別の表情になるやつだ。
恥ずかしい……
こんな顔、丹後くんに見られたくないっ……
お腹に力を込めてぐっと踏ん張った。
「あの、奏さん。もしかして表情を噛み殺してない?」
「あっ……そうかも」
「それじゃ意味ないでしょ? もっと楽に構えてくれないと」
「でも、恥ずかしいし」
「そんなこと言ってたら出来ないよ。あ、そうだ!」
丹後くんは先ほどのアイマスクを手に取る。
「奏さんに目隠しをすればいいんだ。そうすれば少しはましになるかも」
「それはいい考えかも」
どうしても丹後くんの手や顔、鏡に映る自分に気を取られてしまっていた。
見えなければましになるかも知れない。
さっそく着用して擽りを再開する。
しかしその判断は間違いだったとすぐに気付かされることになる。
「じゃあいくよ」
「どうぞ」
お腹に力を込めたその瞬間、首筋にふぁさふぁさっとした感触が走った。
「ひゃああっ!?」
「逃げないで」
「首とかずるい! しかも指じゃなかったし!」
「どこから何がくるか分からない方が効くかなって思って」
おそらく耳掻きの裏のふさふさ、梵天で擽っているのだろう。
擽ったいというよりぞわぞわする。
「首を竦めちゃ駄目だって」
「でもっ……んわっ! み、耳はなし! 反則だよ!」
「そんなルールないし」
なんか丹後くんの声が弾んでる。
もしかして楽しんでいるのかな?
優しい顔して、実は意外とドSだったりして……
でもそんなところも好き。
かと思うと次に足の裏を擽られた。
「だ、だめ! 擽ったいからっ!」
「擽ってるんだから当たり前だよ」
「やっぱり嫌い!」
「やっぱり? なんのこと?」
脛から膝、腋の下と容赦ない攻撃が続く。
次はどこから来るかと身構えるが、ことごとくその予想は裏切られた。
スカートが捲れるのも構わず身をよじり、逃げようとすると丹後くんの脚に挟まれて捕まる。
これはもう、ちょっとした拷問だ。
触られてるところはもちろん、触られてないところまで切なく疼いてきてしまっていた。
身体がどうにかなっちゃったんじゃないかと思うほどだ。
そして再び脇腹をこちょこちょされた瞬間──
「あはははは! も、もうやめて!」
ついに大声で笑った。
その瞬間、丹後くんは私のマスクを取る。
「やった! 笑ったね、奏さん!」
「そ、そうだけど」
鏡には笑顔の余韻が残った私の顔が映っている。
久々に見る、自分の笑った顔だった。
でも強制的な笑いだったのでもう笑ってはいない。
花火よりも余韻のない、一瞬のものだった。
「私から提案しておいてこんなこと言うのもなんだけど……なんていうか、これ、違わない?」
「まあ、確かに。でも奏さんの笑顔見られたし、笑い声も聞こえたから」
「ど、どうだった?」
「どうって……可愛かったよ」
「ほんと?」
「嘘なんてつかないし」
可愛いと言われ、頭の芯がぽーっと熱くなった。
丹後くんは照れくさそうに窓の外へと視線を逃がしている。
「今度はこんな無理矢理じゃなく、自然に笑わせるから」
「うん。ありがとう。私も頑張るね」
今度は胸の中が擽っくなる。
やっぱり丹後くんは擽りの天才だ。
ちょっと恥ずかしかったけど、蘭花さんのおかげではじめて笑顔を丹後くんに見せられた。
さすがは蘭花さんだ。
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いつもより気合い入れて書きました!
楽しんでもらえたら幸いです!
やっぱりマッサージとか擽りとかそういうのが大好きです!
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