第31話 奇策
「おはよー!」
三ツ井さんの元気な声が聞こえる。
俺に対する挨拶じゃない。
奏さんに対する挨拶だ。
「おはよう」
奏さんも静かに挨拶を返す。
あのカラオケに行ってから奏さんと三ツ井さんはずいぶん打ち付けられたみたいだ。
ほとんどは三ツ井さんが声をかけているのだけれど、奏さんも悪い気はしてないように見える。
こうして人とふれ合うことで奏さんも自然と表情が豊かになるかもしれないので、歓迎すべき展開といえよう。
ついでに俺と晃壱も女子と会話する機会が増えた。
しかし晃壱が浮かれて恋に落ちることはなかった。
以前の晃壱なら女子と親しくなれば三日とかからず恋に落ちていたのに……
理由は明白で──
「音色ちゃん、元気?」
俺の妹、丹後音色に夢中だからだ。
「晃壱、それ昨日も訊いてたぞ? 重病人じゃないんだから毎日訊かなくても元気だ」
「家でどんな会話してるの?」
「中二と高二だぞ? ほとんど会話なんてしてないし」
「嘘つけ! お前ら仲良し兄妹だろ。色々話してるんじゃないのか?」
確かに一般的な兄妹よりは会話自体は多いかもしれない。
「聞いても仕方ないぞ?」
「なんでもいいんだって」
「前世の記憶が甦ったとか、虹色のバラは万病に効くから探してこいとか、いつもの中二病満載の内容だ」
正直俺の脳波より妹の脳波を調べてもらいたいくらいだ。
「虹色のバラか。探してみるかな」
「んなもんあるか。お前もよく音色の戯れ言に付き合うよな。そんなことよりせっかく仲のいい女子増えたんだからそっちを狙えよ」
「あり得ないな。音色ちゃん以上の女の子はいない。そんなことより丹後はどうなんだよ?」
「なんでいきなり俺の話なんだよ?」
「惚けるなって。案外三ツ──」
「丹後くん」
晃壱の言葉を遮って奏さんが声をかけてきた。
「なに?」
奏さんは黙って親指を握ったグーで自分の胸をとんとんと叩く。
俺が黙って頷くと奏さんはすーっと立ち去っていく。
これは放課後待ち合わせの合図だ。
クラスのみんなにバレないよう考えたサインだった。
それにしてもなんかちょっと晃壱を睨んでいたような気がする。
まぁ気のせいなんだろうけど。
放課後、奏さんの家に連れていかれる。
元々口数の少ない奏さんだが、今日は特に物静かだ。
でも怒っている様子でもない。
いったいどうしたのだろう?
「何かあったの?」
部屋に入ってから問い掛けると奏さんは無表情のまま顔を赤らめた。
いよいよ様子がおかしい。
「あ、あのね……」
「はい?」
奏さんは正座をして膝の上にぷるぷる震える手を置く。
「笑う方法を思い付いたんだけど」
「え!? そうなの!? すごいね! もしかして自分で試して成功したの?」
「じ、自分では出来ないから」
「なるほど。それで俺を連れてきたんだね」
奏さんはコクコクコクと何度も頷く。
「で、どうするの?」
「…………ぐるの」
「ん? なに?」
「……
「…………は?」
「あ、足の裏とか、腋の下とか、脇腹とか、敏感なところを擽ってもらって笑うの」
「はあぁあ!?」
あまりに突拍子もないアイデアに思わず声が裏返った。
「擽ったければさすがに笑うでしょ? でも自分では出来なくて」
「そりゃ確かに無理だけど……」
だからって異性の俺がしていいことなのだろうか?
彼氏でもないのに……
っていうかそんな大胆な作戦、よく奏さんが思い付いたものだ。
「さ、さすがにあり得ないよね、ははは……いいの、忘れて!」
慌てた感じで奏さんが否定すると、壁からドンッという音が聞こえた。
隣の部屋の蘭花さんが部屋の模様替えでもしているのだろうか?
「いや、悪いアイデアではないと思うよ。突拍子もない考えだけど、確かにそれなら笑うかもしれない。でも男の俺より女の子の方がいいんじゃないかな? たとえば最近仲のいい三ツ井さんとか」
「丹後くんにして欲しい!」
先ほどまで躊躇っていたのに、急に乗り気になった。
目も変に熱を帯びてるし、なんだか情緒不安定だ。
「そう言われても……」
「私を笑わせてくれるって約束したでしょ」
それを言われると弱い。
約束をしたからには責任を果たさなければならないだろう。
「分かった。じゃあやらせてもらうよ」
「ありがとう。あ、でもちょっと待って」
奏さんは引き出しからアイマスクを取り出した。
「は、恥ずかしいから目隠しして」
「分かった」
「一番弱いのは脇腹だと思う」
「了解」
奏さんの背後に座り、アイマスクをつける。
「じゃあいくよ」
「は、はいっ」
擽るならやはり指先でツツーッと撫でるのが基本だろう。
しかし目隠しのせいでどこが脇腹なのか検討もつかない。
ひとまず手を伸ばして手探りで探るしかなさそうだ。
ここが頭で、ここが肩。更に下がって……
この辺りかな?
ぷにぷに柔らかいな……
痩せて見えて、意外と皮下脂肪が多いタイプなのかもしれない。
「んああっ! や、ダメ! そこ、違う!」
「え?」
奏さんは猛スピードで逃げていった。
アイマスクを外すと奏さんは顔を真っ赤にしてじとっと睨んでいた。
脇腹ではなくお腹を揉んでしまったのだろうか?
「ごめん。やっぱり目隠し外すよ。そもそも視界を遮られていたら奏さんが笑ったかどうかも見えないし」
「あっ……それもそうか」
マスクを外して仕切り直しだ。
再び奏さんの背後に回って座る。
「じゃあいくよ」
「お、お願い、します」
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