第27話 間接キス
な、なななんでここに丹後くんが来てくれるの!?
超嬉しいんですけど!?
てっきり三ツ井さんたちと食事をしてるのかと思ってたのに。
丹後くんは景色をおかずにしているかのように空を見上げながらお弁当を食べていた。
学校でこうして一緒にお弁当を食べるのははじめてで、何か緊張してしまう。
なにか話さなくちゃと思うけど緊張で言葉が出ない。
「ようやく退院して学校に来れてホッとしたよ。いつもお見舞いありがとう」
「久々で学校疲れてない?」
「みんなに事故のこと聞かれてちょっと疲れたかな」
丹後くんは冗談めかして笑う。
こんなとき三ツ井さんみたいに一緒に笑えたら、きっと丹後くんに好かれるんだろうな。
そう思うと悲しくなってきた。
「みんなから人気だったね」
「人気っていうか、退院後初の登校だから声かけてくれただけだよ」
「そうかな? 三ツ井さんなんてノートまで貸してくれてたし」
「あ、見てたんだ。ごめん」
「別に私に謝ることじゃないと思う」
なんで私はこんなに可愛くないんだろう。
そんなこと言いたい訳じゃないのに、どんどん悪い方向に口が動いてしまう。
「せっかく奏さんが勉強教えてくれたのに、他人からノートを借りるなんて感じ悪いよね。ごめん」
「あ、いや……」
そういう意味じゃなかったんだけど丹後くんは謝ってくる。
「でも奏さんに勉強教わってたから大丈夫って言う訳にもいかず、流れで借りちゃったんだ」
「そうか。確かにそれは言えないもんね」
『いらないって断ればいいのに』とやきもきしちゃってたけど、そういうことだったのか。考えてみれば当たり前だ。
自分の心の狭さが恥ずかしい。
「それにノートだけ見ても授業の遅れについていけないから。奏さんに教えて貰えなかったらヤバかったかも。本当にありがとう」
「お礼なんて……私もお見舞いに行くの、楽しかったし」
「お見舞いが楽しいといえば、晃壱のやつ、もっと入院しておけって言ってたな」
「ああ……阿久津くん、音色ちゃんのことお気に入りだったもんね」
お見舞いと称して音色ちゃんに会いに行っていただけだ。
まあ、私も人のことは言えないんだけど。
「ったく。人の入院をなんだと思ってるんだろうね」
「ごめん」
「え? なんで奏さんが謝るの?」
「い、いえ。なんでもない。音色ちゃんはどんな感じ? 阿久津くんに興味ありそう?」
「んー? どうかな? おかしなことを言っても晃壱は引かないから、嫌ってはいないと思うけど」
「さすが阿久津くんだね」
「でも好きとかそういうのはないと思うよ。音色はまだまだ子どもだから、恋愛とかそういうのは興味なさそうだし」
「そんなの分からないよ。そんなこと思ってるのはお兄ちゃんだけで、妹ちゃんは意外と興味津々かも」
「ないない。音色が恋なんて。してたら絶対気付くし」
笑って否定してるけど、絶対丹後くんは人の恋心に敏感な方ではないと思う。
予鈴が鳴り「わ、やば」と丹後くんが急いで食べ始める。
「ごめん。私を探してたから食べる時間なくなっちゃって」
「俺が勝手にしたことだから」
モゴモゴしながら喋る丹後くんは可愛い。
私の水筒のお茶をついであげると丹後くんはガブッと飲んで流し込む。
ってかこれって間接キスじゃない!?
あとで私も……
ってまた変態的な発想になってしまっている。
こんな変態の子だってバレたら嫌われちゃう。
午後からも三ツ井さんは頻繁に丹後くんに話し掛けていた。
しかもその様子は明らかに他の人と話しているときと違う。
丹後くんはその違いに気付いている様子もなく、普通に接していた。
どうしよう……
このままじゃ丹後くんを取られちゃう!
三ツ井さんは可愛いし、明るくて性格もいいし、おっぱいも私より大きい。
勝てる要素が一つもない……
悶々としたまま放課後になってしまった。
「ねぇ、丹後くん。よかったら今日、カラオケ行かない?」
「え? 今日?」
「うん。退院祝いってことで」
三ツ井さんと丹後くんのやり取りに聞き耳を立てて固まった。
「ごめん。今日は家で退院祝いをする予定だから」
「そっか。じゃあまた今度ね!」
「うん。誘ってくれたのにごめん」
丹後くんが断ってくれて、ホッと脱力する。
三ツ井さんはちょっと残念そうだ。
人が断られているのを見て安心するなんて、私はなんて卑小な人間なのだろう。
丹後くんはそのまま教室を出ていってしまった。
自己嫌悪に陥りながらトボトボと下校する。
誰とも会話せず、電車に乗って最寄り駅で降りる。
「奏さん」
「丹後くん……なんでここに?」
「お見舞いに来てくれたから、お礼になにかおごってあげたいなって思って」
家でパーティーというのは断るための口実だったようだ。
モヤモヤしていた気持ちがぱーっと晴れていく。
二人でアイスクリーム店に入ってささやかな退院祝いをした。
もっといいものおごるのにって言われたけどこれで十分だ。
一時間くらい他愛のない話をして店を出た。
「また明日」
「うん。また明日ね」
なんとなく帰りづらい空気になる。
もっと一緒にいたい。
素直にそう言えない自分が情けなかった。
「じゃあ」
私から背を向けて歩き出す。
五歩くらい歩いてから振り返ると丹後くんは私の背中を見送ってくれていた。
「丹後くんも帰って。暗くなるよ」
「そうだね。それじゃ」
どうせまた明日会えるのに、なんでこんなに名残惜しいんだろう。
きっとこういうのが青春なんだろう。
ドキドキしながら歩いて、家に入るなりベッドに飛び込んでクッションを抱き締めた。
「あー、無理……好き過ぎる」
声に出すと胸のモヤモヤが少しだけ楽になった。
恋をするってなんだかすごく尊い。
丹後くんが使った水筒で間接キスはした。
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