第26話 午前中だけの人気者

 入院中、毎日奏さんはお見舞いに来て、その日あった出来事を報告してくれる。

 そして授業で進んだ内容も教えてくれた。

 とても助かるのだけれど、なんだか申し訳ない。


 また阿久津も毎日来てくれた。

 けれどこちらは完全に音色が目当てだ。

 ほとんど俺とは会話せずに音色とばかり話している。


「音色ちゃんって可愛いよね。丹後と同じ遺伝子とは思えないよ」

「貴様のような下賎のものが魔王の家を引く私と口を利くなど千年早い!」

「えっ!? 音色ちゃんって魔王の子孫なの!? だからそんなに高貴な顔立ちなんだね」

「へ? そ、そうかな? 私って高貴な顔立ちしてる?」

「してるしてる! 美しく、可愛いだけじゃなくてミステリアスな雰囲気があるもん」

「まぁな。晃壱、お前はなかなか見る目がある」


 お得意の中二病発言を否定もせず、むしろ乗っかるという行為に、音色は戸惑いながらも喜んでいた。



 俺の人生初の交通事故と入院生活は、こうして不謹慎ながら賑やかに過ぎていった。

 もちろん検査の結果は良好。

 これといった異常は見られなかった。

 今後再検査もあるが無事に退院することが出来た。


 退院明けの初日。

 登校した俺は想像していたよりみんなから祝福された。


「もう大丈夫なの?」

「いきなり事故とか焦ったし!」

「頭打って賢くなってたりして」

「異世界転生しなくてよかったな!」


 普段はあまり話をしてなかった人まで声をかけてくる。

 中でも驚いたのは──


「心配したよー。元気になってよかった!」


 涙目でやって来て手を握ってきた三ツ井みつい瑠奈るなさんだ。


「心配かけてごめん」

「ビックリしたんだから。自転車乗るときは気を付けないとダメだよ」


『美少女アンドロイド』と呼ばれる奏さんの対極にいるような、笑顔が絶えないことで有名な『微笑み天使』だ。


 ちょっとあどけない顔立ちと、その顔にそぐわない巨乳で男子たちの人気を集めている。

 やや天然でたまにいじられキャラになるが、その辺りも男子人気が高い理由だ。


 特別に親しいわけではなかったのにこんなに心配してくれるなんて、噂通り優しい人のようだ。


 ふと視線を感じて振り返ると奏さんがジーッとこちらを見ていた。


 俺と目が合うとプイッと顔を背けてしまう。

 無表情だから怒っているように見えるけど、きっと気のせいだろう。



 ヒーローの帰還みたいな扱いも昼休みまでだった。

 一通り挨拶し終わった頃には、いつもの平和で静かなときが訪れる。

 一人の例外を除いて。


「はい、丹後くん。これ貸してあげる」


 三ツ井さんは満面の笑みでノートを渡してくる。


「ノート?」

「うん。休んでて授業受けてなかったでしょ?」


 実際には毎日奏さんが病院に来て教えてくれたから問題はなかった。

 けどそうとも言えず、ノートを受け取った。


「ありがとう。助かるよ」

「気にしないで。字が下手くそだから恥ずかしいけど」


 謙遜してそう言うが、特に下手くそな字ということもない。

 少し丸っこいけど三ツ井さんのキャラらしくて微笑ましい。


「下手なんかじゃないよ。きれいに纏まっていて読みやすい」

「ねぇ、丹後くん。今日は私たちと一緒にお弁当食べない?」


 ガタッと椅子の音を立てて奏さんが教室を出ていく。

 恐らく食事をしに行ったのだろう。

 奏さんは一人で学校のいろんな所でお弁当を食べている。

 今日はまだ奏さんに挨拶をしていない。

 一番お世話になった奏さんにも一言お礼を言っておきたかった。


「あ、いや。ごめん。ちょっと用事があって」

「そうなんだ」

「ごめんね」


 鞄を持って教室を出たが、既に奏さんの姿はなかった。


 どこに行ったのだろう?

 奏さんが行きそうな所を探してみるか。


 奏さんはその季節ごとに景色の綺麗なところを見つけて食事をしている。

 六月の今ならきっとあじさいだ。

 校庭の隅にある花壇にあじさいがあったはずだ。

 きっとあそこに奏さんはいる。


 そう思って向かったが、奏さんの姿はなかった。

 その後も中庭の花壇や景色がよく見えると評判の三階の空き教室を見て回ったが奏さんは見つからなかった。


 このままじゃお昼を食べる前に休み時間が終わってしまう。

 当てずっぽうに体育館裏の木立のなかに行くと、隠れるようにひっそりと座る奏さんを見つけた。


「ここにいたんだ」

「丹後くんっ……なんでここに?」

「奏さんを探してたんだよ」

「三ツ井さんたちとお弁当食べてたんじゃないの?」

「いや。それは断ったよ。隣で弁当食べていい?」


 そう伝えると奏さんはしばらくなにも喋らず俺の顔を見詰めていた。


「ん? どうしたの、奏さん」

「もちろん隣にどうぞ。そ、そうなんだ……断ったんだ……」


 奏さんの隣に座るとすぐになぜここを彼女が選んだのか分かった。

 木々の隙間から青空が見える。

 若葉の緑と空の青さがとても美しい。


「綺麗だね」

「嫌なことがあるとここに来るの」

「嫌なこと? 何かあったの?」

「あ、い、いや、今日はないけどあった時は来るって意味」

「そっか」


 気付かないうちになにか嫌なことがあったのかと思ったけど、違うみたいだ。

 奏さんの感情を読み取れるようになったと思い込んでいたけどまだまだだ。





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