第25話 阿久津くんの暴走

 阿久津くんは私を見て言葉を失っていた。

 そりゃそうだろう。

 学校でほとんど誰とも話をしないアンドロイド女がいきなり親友のお見舞いに来ていたら、誰だって驚く。


「な、なんで安東さんがここに……?」

「こ、こんにちは、阿久津くん」

「ええー!? お前ら、付き合ってたの!?」

「静かに! ここは病院だぞ!」


 興奮しそうな阿久津くんをなんとか落ち着けさせて事情を説明する。


「つまり安東さんが感情を表に出せるために丹後が手伝っているってこと?」

「このことは誰にも言うなよ」

「そりゃ言わないけど……でもそういうことならみんなで協力した方がよくないか?」


 阿久津くんの言うことも、もっともだ。

 みんなに打ち明ければ私が無表情なのは気取ってるからでも、怒っているわけでもないと理解してくれる。

 ただ──


「それは駄目だ」


 私の心を見透かしたように丹後くんが否定してくれた。


「なんでだよ?」

「そんなことをすれば奏さんは変な同情の目に晒されるだろ? よく分からない気を遣われ、腫れ物に触れるように接してくる。それが奏さんの幸せになると思うか?」

「それはそうだけど……」

「それに奏さんは人と接するのがあまり得意じゃない。気を遣って色んな人に話し掛けられたら余計プレッシャーになり、ストレスになりかねない」


 言いたくても言えなかったことを、しっかりと丹後くんは理解してくれていた。

 さすが丹後くんだ。


「でもさ、丹後。それはリハビリだと考えるのもひとつの手じゃないかな? 多くの人と接すればそれだけ表情豊かになるのも早いかもよ?」

「その可能性はなくもない。でも変化がなかったらどうする?」

「そのときはまた他の方法を考えるとか」

「みんながみんな晃壱みたいに優しい人ならそれで問題もない。でも実際は違うかもしれない」


 丹後くんは真剣な顔で阿久津を見詰めていた。


「はじめはみんな協力的で優しく接してくれるかもしれない。でも一ヶ月過ぎても、半年過ぎても変わらなかったら対応が変わる人も現れるかもしれないだろ。こんなにあれこれしてるのに全然変化が見られない。奏さん自身に問題があるんじゃないのって思う奴が現れないとも限らない」

「あ、そっか」

「病気でも体調でも他人に理解できないものは誤解を生みやすい。かつては鬱病も本人の甘えだとか思われていた時代もあったらしいよ」


 漠然と恐れていたことを言葉にしてもらい、私自身も大いに納得できた。


「だからこのことは誰にも話さず胸の内にしまっておいて欲しいんだ」

「分かったよ」

「ごめんね、阿久津くん。ありがとう」


 丹後くんの分析は素晴らしかった。

 でもひとつだけ肝心なことが抜けている。


 他の誰にも知られたくないのは丹後くんと二人きりで過ごせる時間が増えるからだ。


 まあこれがバレてたら恥ずかしすぎて死ぬから気付かれてない方が好都合なんだけれど。


「しかしそんな事情があったなんてなぁ。俺はてっきり丹後と安東さんが付き合ってるのかと思って焦ったよ」

「はは。ないない。あり得ないだろ」


 そんなに否定しなくてもいいのに……


「でも丹後、安東さんのことを『奏さん』とか呼んじゃってるし」

「それは本人のリクエストだから。普通に考えて俺と奏さんが付き合ってるわけないだろ。ねえ奏さん」

「……ええ」


 ブスッと答えると丹後くんは不思議そうに首を傾げた。

 丹後くんのバカ。

 鈍感なのはいいけれど、もう少し察してよ……



 本当は泊まり込みで看病したかったけど不可能なので仕方なく帰る。

 そして翌日、学校が終わると阿久津くんと共にすぐに丹後くんの病院へと向かった。


 阿久津くんはチャラそうでちょっと苦手と思っていたけど、話してみると意外といい人でビックリした。


 軽口を叩きながらも丹後くんを心配しているし、暇だろうからと漫画をたくさん持ってきていた。


「よう、丹後。退屈してるだろ。いいものを持ってきたぞ」


 病室に行くと既に学校帰りの音色ちゃんがお見舞いに来ていた。

 お兄ちゃんが大好きな音色ちゃんはカットフルーツをフォークであーんさせて食べさせていた。

 嫌そうにしながらも拒まないのは優しい丹後くんらしい。


「おい……丹後……」


 阿久津くんは瞳に暗い光を宿し、恨みがましく呟く。


「昨日は安東さん、今日は謎の美少女……ずいぶんといいご身分だな」

「は? あ、いや晃壱、違うぞ」

「なにが違うんだよ! 今度はなんだ? 喋れない美少女のお手伝いか? なんでお前だけ都合よく色んな美少女が相談を持ちかけてくるんだよ!」


 音色ちゃんはキョトンとして訊ねた。


「この人、お兄ちゃんのお友だち?」

「ああ、クラスメイトの阿久津晃壱だ」

「へ? お兄ちゃん?」

「こいつは妹の音色」


 阿久津くんは唖然とした顔をしたあと、ニマーッと笑顔に変わった。


「クラスメイトだなんて他人行儀だなぁ、丹後! 親友だろ! はじめまして、音色ちゃん」

「は、はぁ」


 態度が豹変した阿久津くんに、音色ちゃんはあからさまに引そいていた。

 阿久津くんがモテないと言われる理由が分かった気がした。




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いつも読んでくださって誠にありがとうございます!

阿久津くんにも新たな恋の予感ですね!


さてこれからどうなるのでしょうか?


これからもよろしくお願いいたします!

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